第五夜:吸血鬼(3)君が狼になった姿は本当に綺麗だ
苔がびっしりと生えた大きな岩の後ろから二つの小さな頭が飛び出し、興味津々な様子で遠くにいる男を見ていた。
「ほら、あいつ変だろう。手に棒を持って何がしたいんだろうな?」
「バカね!あれは棒じゃなくて、杖っていうの!」
「バカはお前だ!あんな形の杖があるかよ?」
「こんなにおバカさんな狼の子二「匹」を持った覚えはないわよ。」
金髪の女性が彼らの後ろにやって来て、二人の子供にそれぞれデコピンを与えた。
「あの人は人間の猟師で、手に持っているのは猟銃よ。それから、許可なく森に遊びに来ちゃダメ、って言ったわよね?」
「痛いよ、おばさん!」「痛いわ、ママ!」男の子と女の子は声を揃えて抗議した。
男の子の肌は色黒で、彫の深い目鼻立ちをし、瞳はルビーのようである。まだ十歳だが、体はすでにかなりの大きさで、体格もがっしりとしている。将来傑出した男になるであろうことは想像に難くない。
女の子は彼より一歳年下で、そのしなやかなブロンドのロングヘアは、さながら黄金を溶かしたかのような美しさである。甘くて可愛らしい容姿で、頬はいつもバラのように紅潮している。
女性は女の子の母親であり、男の子の叔母である。
男の子の両親は数年前に世を去り、満月の荘園という名の屋敷が彼に遺された。
男の子は莫大な遺産を相続したものの、親族が面倒を見てくれることがなく、ふさぎ込む日々を過ごしていた。そこで彼の母親の妹が娘を連れて屋敷に移り住み、彼の面倒を見ることにした。
叔母と従妹がそばにいてくれることで、男の子は次第に親と死別した悲しみを乗り越え、明るさを取り戻していった。
彼は毎日従妹と遊び回り、二人はまるで双子のようにいつも一緒だった。
女性は二人の子供を森から屋敷に連れ帰ると、優しく尋ねた。「さて、デーツクッキーはいかが?アザットは食べる? グリシェン、あなたは?」
「食べる!」男の子と女の子は興奮気味に声を揃えて答えた。
アザットとグリシェンがデーツクッキーを口いっぱいに頬張ったとき、女性は忘れずに再度注意を促した。
「今度森に遊びに行く前には、必ず私に言うこと。それから、もし人間に出会ったら、くれぐれも接触はしないで、すぐに家に帰ること。わかった?」
アザットとグリシェンは素直にうなずき、もう勝手に森に遊びに行かないと約束した。
ミラーズシティで最も栄えているエリアは、中央に位置している首都区であり、その次に東区、さらに南区と北区が続く。一方、西区は最も立ち後れた僻地とされている。
最初に人狼がミラーズホロウにやって来た際、まさに現在西区と呼ばれている土地に住み着いたと言われている。満月の荘園もまた、西区の郊外にある。
人里離れてひっそりと暮らす人狼たちは、普段市民たちと接触することがなく、昔ながらの質素な人狼としての暮らしを営んでいる。
人間の子供は毎日学校へ行き、スケジュールに従って授業を受ける。四方をコンクリートの壁で囲まれた教室で、木で出来た拷問器具のような机と椅子に縛り付けられる。だが、アザットとグリシェンにそんなものは必要なかった。
幼い狼の子は叡智に富んだ狼魔の教えの下で成長していく。彼らの教室は森に、草原に、山々にあり、青い空と白い雲の下、そして星々の下にある。
彼らは言語を、教科書からではなく歌と伝説から学ぶ。この世で最も美しく、最も感情豊かな言語――狼の遠吠えだ。
彼らは大自然から知識を学ぶ。すべての人狼は、天空で最も明るい恒星――シリウスが、テングリ(天空)において彼らを導いてくれている祖先だということを知っている。
彼らは狼の群れから、配偶者への貞節、仲間への友愛、コミュニティへの忠誠を学ぶ。
彼らはまた、人間に見つからないよう自分の正体を慎重に隠す方法も学ぶ。
翌日、グリシェンの母親の承諾を得て、アザットとグリシェンは再び森へ遊びに行った。あまり遠くへ行かないことと、人間に見つからないことを約束した。
二人が森の中をぶらぶらと歩いていると、突然キィキィと悲しげな鳴き声が聞こえてきた。
声を辿ってみると、それは黒い縞模様のある野ウサギの鳴き声だった。その後ろ脚をワナ(トラバサミ)に挟まれており、動けなくなっていた。
アザットとグリシェンがかわいそうに思い、ワナから助け出そうとしたそのとき、彼らを止める声がした。「それは僕の獲物だよ」
振り返ると、彼らと同じ年頃の少年が近づいてきた。
褐色のショートヘアに、野外で動きやすい軽装をしており、ハンサムではあるが病弱そうであった。
「あんたがコイツを傷つけたのか?」アザットは冷ややかに問いかけた。
アザットの大きな体つきとその目に宿る敵意に、少年は思わずたじろいだ。
「お願い、この子を逃がしてあげて?」グリシェンが懇願した。
少年は彼らを見て、次に野ウサギを見て、それから残念そうにつぶやいた。「珍しい毛色のウサギだったのにな……いいや、じゃあ逃がしてあげるよ」
これが、アザットとグリシェンにとって初めての、人間との出会いだった。
崔宸曰く、彼の父親はマーモットやイタチなど小型の野生動物を専門に狩る猟師なので、よく森に連れてきてもらうらしい。野生の狼などの大型動物には手を出さないと聞いて、アザットとグリシェンは少しホッとした。
子供たちは最初互いに警戒していたが、次第に一緒に遊ぶようになっていった。
アザットとグリシェンは森に行く前に、いつも大人に報告していたが、崔宸のことを秘密にしていた。グリシェンの母親が彼のことを知ったら、一緒に遊ばせてもらえなくなるのは間違いないからだ。
グリシェンはもともとアザットとしか遊んでいなかったが、今は崔宸が仲間入りした。そのことにアザットは少し嫉妬を覚えたが、最終的に彼らは親友になった。
アザットとグリシェンは最も重大な秘密――彼らが人狼であることすら、彼に打ち明けた。
崔宸はそれを聞いてとても驚いたが、それでも「君たちが人狼でもそうでなくても、いちばん大事なのは僕たちが親友だってことだよ」と言った。
崔宸が、彼らが狼になるところを見てみたい、と言ったので、三人は夜こっそりと抜け出して会う約束をした。
月明かりの下、アザットは黒い狼に、グリシェンは金色の狼に姿を変えた。
多くの人狼の毛皮は金色だが、グリシェンの毛皮は金色の中にピンクを帯びた、非常に珍しいローズゴールドであった。
「君は……すごく綺麗だ」崔宸は彼女をうっとりと見つめ、その口ぶりは賛嘆に満ちていた。
アザットも以前グリシェンを綺麗だと褒めたことがあったが、グリシェンはこの時のように恥じらうことはなかった。
その瞬間、アザットはグリシェンが崔宸を好きなのだと気づいた。
人間社会のことをほとんど知らなかったアザットとグリシェンに、崔宸が新世界の扉を開いた。
崔宸が人間のことを話すたびに、グリシェンは憧れの表情を浮かべながらじっくりと耳を傾けた。
「私も人間だったらよかったのになぁ」グリシェンは羨ましそうに言った。
「でも僕は人狼のほうがいいと思うよ」崔宸は微笑みながら言った。「君が狼になった姿は本当に綺麗だし、活気に満ちていてたくましいよ」
「私はたくましくなんかないよ!」グリシェンは怒ったふりをしながら彼を叩いた。
「君が本当に羨ましいよ」崔宸は寂しげな口調で言った。「僕は小さい頃から心臓病を患っていてしょっちゅう病院に行ってるから、ずっと丈夫な体が欲しいんだ」
次第に三人で一緒に遊ぶ時間は減っていき、グリシェンと崔宸二人きりの時間が増えていった。
アザットは彼らから放置されて一抹の寂しさを覚えたが、グリシェンが幸せであればそれでよかった。
ある日、グリシェンの母親は急用のため、屋敷を一晩離れなければならなかった。戻るのは翌日になるため、二人の子供たちにおとなしく家にいるよう念を押した。
夜、アザットは隣の部屋の窓を叩く音を聞いた。音を立てないように窓辺へ行くと、崔宸がグリシェンの部屋の窓に石を投げつけていたことに気付いた。
その後グリシェンは忍び足で部屋を抜け出し、崔宸と対面した。
二人が森へ入っていったのを見て、アザットはふと心配になった。さすがに夜の森は危険だ。野獣に襲われたり他のアクシデントに見舞われたりするかもしれない。
アザットは彼らの跡を追っていたが、見つかったら気まずいのであまり近づかないようにしていた。
グリシェンと崔宸は手に手を取って楽しそうに話して笑い、さらに崔宸はグリシェンの唇にキスまでしていた。
アザットは彼らがすでにこんなにも親密な仲になっていたとは知らず、思わず切なさがこみ上げると同時に、泣きたい気持ちにもなった。
アザットは、このまま見ていたら彼らを引き離さずにはいられなくなるかもしれないと思い、これ以上跡を追わないことにした。
屋敷に戻った後、彼は一晩中はけ口のない憤りに苛まれ、言いようのない苦しみにのたうち回った。
翌朝、太陽がすでに高く昇っているにもかかわらず、グリシェンはまだ家に帰ってきていなかった。
アザットは不安を覚え、グリシェンを探しに行った。
グリシェンと崔宸が残した痕跡を辿ることで、彼らが森を抜けて道路の反対側へ向かったことがわかった。
道路を越えたらそこはもう人狼のテリトリーではない。アザットはこれまで家からこんなに遠く離れたことがなかったので、なかなか踏み出せずにいた。
彼は大胆にも道路を越え、人里離れた地へとやって来た。見渡す限り人の住んでいる気配はおろか、いかなる家屋もなかった。
アザットの心中に疑念が生じた。ここに家がないのだとしたら、崔宸とその父親はどこに住んでいたというのだ?
アザットはあちこちを探し回り、平坦な草原を発見した。テントを張った跡があり、周囲には生活により生じたゴミが散乱していた。誰かがここでしばらくの間野営していたのは明らかだ。
何かが腑に落ちないと感じていると、突然遠くから微かに会話をしている声が聞こえてきた。声の主は崔宸とその父親のようだ。
アザットが聞いたのは、「ひと苦労だった」、「銃を撃てば弾痕が残る」、「生きたまま剥がす」、「高く売れる」などのわずかな言葉だけだったが、それが何を意味するのかは、さっぱりわからなかった。
アザットが声を辿って行くと、ヒグマのうなり声のような音が聞こえ、心臓が飛び出しそうになった――それは彼が初めて耳にした車のエンジン音だった。
崔宸親子が小型トラックに乗り込み、走り去っていくのが見えた。
「待て!行くな!」アザットはすぐさま突進し、「グリシェンはどこだ?」と大声で叫んだ。
だが彼がどんなに早く走ろうとも、車には敵わなかった。小型トラックがどんどん遠ざかり、黒い点となって地平線に消えていくのを、ただ見ているほかなかった。
アザットはしばらくの間何が起こったのかわからず、頭の中に混乱だけが残った。
彼はグリシェンが迷子になったのかもしれないと考え、次にグリシェンも車に乗ったのかもしれないと考えた。そして、崔宸と一緒に帰ってくるであろうと……
アザットは茫然としたまま野営地へ戻ると、落ちているゴミに紛れた一枚の写真が彼の目に入った。
写真に何が写っているのか分かったとき、彼の全身の血液はまるで凍り付いて氷となり、胸が張り裂けそうなほどの悲痛な叫び声をあげた。
写真には一人の男――崔宸の父親が写っていた。得意げな笑顔を浮かべ、左手に一枚の証書を持ち、右手に持っているのは、頭から尻尾にかけて完全にその姿を留めた毛皮――狼の毛皮であった。
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