今夜私は死のうと思います。

ポピヨン村田

今夜私は死のうと思います。

 唐突で恐縮であるが、私はこれから死のうとしている。


 死に場所には私が幼い頃に住んでいた団地の屋上を選んだ。そこからぽーんと飛び降りて、不恰好な肉塊になってやろうという寸法だ。


 ただいまの時刻は深夜二時。幽霊に生まれ変わるのに、これほど良い時間はあるまい。


 私は、意気揚々と家を出た。


 私の足取りはとても軽い。


 私はさっそく幼き日に私を育んだ我が家へ向かうため、街へと向かった。


 都会の空は真っ黒で、その代わりに店々がとても明るい。


 いつもは見ているだけで胃がキリキリする揚げ物ビールが売りの居酒屋も、明朗会計を謳いながら奥にいかついお兄さんが控えてるキャバクラも、今日は世界を美しく彩る星の瞬きに見える。


 あぁ、我が故郷はこんなにも美しかっただろうか! 私はこの感動を詩に、絵画に、表したいと心から思う!


 私の足取りはとても軽い。


 街は貧しく、苦しく、多くの人は昼には稼げない。


 私が生まれ育ったこの街は、深い夜にこそ人々が活気づく。


 男は鴨にできる無知蒙昧を探そうと目を皿にしてくまなく通りを見廻し、女は顔に白粉を塗りたくって石鹸香る肌で通りを闊歩する。


 私が、幼い頃から見てきた光景だ。


 私が幼い頃から目を背け、街を飛び出すきっかけになった光景だ。


 私の足取りはとても軽い。


 私の心は懐かしさと当たり前に浮き足だった。


 酔っ払いのような千鳥足で街を通り抜けてから、私は浮き足だって団地の階段を登る。


 踊るような気持ちで登る。


 初めて入る屋上からは、ようやく星が臨めた。


 ああ、こんな街でも、星は見えたのだな。


 私は両足の膝に手をついて、この肉体を支えた。


 私の目からボタボタ落ちる涙がコンクリートに染みを作る。


 なんだかガキの時分からクソほど嫌いだったこの街が、こんな他愛のない散歩ひとつでひどく愛おしくなってしまった。


 私は深呼吸してから、袖でぐいと涙を拭った。


 さぁ死のう!


 私の足取りはとても軽い。

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今夜私は死のうと思います。 ポピヨン村田 @popiyon_murata

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