第8章

 劇場に入った途端、ジョナサンは今日の雰囲気が尋常じゃないことを感じた。でも彼はどこが違うのかわからなかった──劇場のクーラーは相変わらず涼しくて、天井の灯りはいつも通りに真ん中しかつけていなかった。折り畳み椅子もいつも通りにステージの中央にあって、オープンしている半円形に並べられていた。女の子と男の子たちはステージに集まり、ウェスの姿は相変わらずに細かった。でもジョナサンは空気の中に何かが違うのを感じた。劇場内の音はいつになく大きく感じられ、雰囲気はいつよりも落ち着きがなかった。赤い絨毯の半分まで歩いたとき、アダムとウィルは何かを激しく議論しているようで、ウィルの手は空中に大幅に振っていたのを見た。アンソニーは傍に立ち、両手を胸に組んで、顎を上げながら彼らを見つめていた。

 慶浩以外に、ほとんど誰もジョナサンが現れたことに気づいていなかった。

「へい、ジョナサン」慶浩はステージから飛び降りて、ジョナサンのほうに大股に近づいてきた。「ここで会えてうれしいよ」

 ジョナサンは眉をひそめた。「何かあったのか?」

「うん、来週のショーのせいで、全員が少しショートしたみたい」慶浩は声を抑えて言った。「気を付けてよ、ジョナサン。今日は多分五ドンの黄色火薬があるらしい」

「アダムとウィルがどうしたのか?」ジョナサンは目を細めてステージを眺めた。

「こう言えばわかるだろう。五ドンの火薬の内、三ドンはアダムが持ってるんだ」と慶浩は言った。「アダムにとって、この劇は命よりも大事だ。彼は誰かのせいで台無しにされることを許さない」

「そしてウィルが台無しにした?」

「おう、ウィルがどんな人なのか知っている」と慶浩が答えた。「台無しにしたわけじゃなく、ただ言うことを聞かないだけ」

「わかったよ」ジョナサンは深く息をした。

「気を引き締めて」と慶浩は言った。「アダムを怒らせるな」彼はジョナサンの肩を押して、進むように促した。

 もう少しでステージの縁に近づいた時、ジョナサンはアダムとウィルの話し声が聞こえた。

「──馬鹿馬鹿しいとしか思えない!」とウィルは言った。

「おう、じゃあもっといい表現方法があると言うわけ」とアダムは言った。「なら言え、ここで時間を無駄にするな」

「ここはありきたりな展開だ。わかるか?」とウィルは言った。「あまりにも典型的な演劇場面だ。あの教授たちが本当にこういう表現方法を好むだと思っているのか?彼らは数千のブロードウェイの大型舞台劇を見てきた。同じシーン、彼らはもっと多くの予算と資源で、もっと衝撃的なパフォーマンスを提供することができる。何で自ら恥辱を招くわけ?」

「俺たちは高校の劇団だ。神の面に免じて、教授たちが見たいのは野心だ」とアダムは大声で言った。「彼らは俺たちが何をしたいのか、どれくらい完成したのかを見たい。俺たちが作り上げたものがブロードウェイと比べ物になれるかどうかを見たい訳じゃない」

「正直に言うと、アダム」とウィルは言った。「この台本からは全然野心が見えない」

 ジョナサンはウィルの表情をはっきりと見えないが、ウィルがそう言っている時に、きっとニヤリとしているのを知っている。その言葉は彼が隠し持っている刃のようで、ただ彼はそれでアダムの体に刺すタイミングをようやく見つけた。

 アダムの声はジョナサンが予想しているよりも二秒遅れて聞こえた。「何を言っている?」と彼は尋ねた。

「もういい、黙れ。二人どもだ」とアンソニーは言った。「今はタイミングが悪い」

「いや、アンソニー、彼に言わせろ」アダムは振り向いてアンソニーにそう言って、そしてまたウィルを見つめた。「ずっと色々な意見があるのを知っていた。ならこの際一気に話そうか?」

「本当のことが聞きたいのか、アダム?」とウィルは言った。「終わったと思う。わかるか?お前の才能は使い切った。この台本は偽善的でわざとらしい。この台本を通して観客に多くの理屈を伝えようとしただけで、本当のものは一つも感じられない。あの四つの大会を受賞した天才はどこに行った?エイリアンに捕まえられたのか?」

「俺は一度も──」とアダムが答えた。

「ウィル、言葉使いに気を付けろ」とアンソニーは低い声で言った。

「話し合えてもいいが、みんな冷静を保って、いい?」ウェスは傍でそう願った。

 この時、ジョナサンと慶浩はステージに上がった。ジョナサンが背筋を伸ばした途端、慶浩に引っ張られた。「ジョナサン、いいか」と慶浩は小声で言った。「その騒ぎに巻き込まれるな」

「そうならないよ」とジョナサンは答えた。慶浩は手を引っ込め、ジョナサンの腕に微かな温度を残した。

 でもジョナサンはアダムとウィルが言い争いをしている時、見て見ぬふりをするわけにはいかない。慶浩が言ったように、もうすぐショーを迎える。ラスト一週間のリハーサル時間に、劇団は未だに台本のことで争っている。アダムの顔は赤く染められ、アダムでもこんなに怒る時があるんだとジョナサンはひどく驚いた──もしかしたらウィルが彼の台本から野心が見えないと言ったせいかもしれない。それはアダムが一番受け入れないことだ。ウィルの表情は挑発的な態度を帯び、それがジョナサンの心の中に怒りを掻き立てた。ウィルは彼という新しいメンバーだけでなく、何年間も協力関係を結んでいるパートナーに対しても薄情だった。

 そしてジョナサンは大股に彼らに近づいた。

「ウィル、どこに問題があるというのか?」とジョナサンは尋ねた。

 この時まで、ウィルはようやくジョナサンの存在に気づいた。「そしてお前は何だ?」彼は眉を上げながらジョナサンを見ていた。

「台本について議論しているのを聞いたので、手伝いに来ようとしただけ」とジョナサンは言った。「もしかしたら、妥協案を生み出せるかもしれないだろう?今は喧嘩している場合じゃない」

 彼はアダムとウィルを見て、アダムは口角を上げ、あまり嬉しくない笑顔を見せた。「積極的で熱心だね、ジョナサン?」

「この作品はあなたにとって大事なことを知っている。だから一番いいものになれることを望んでいる」とジョナサンは言った。「あなたもそう思っているだろう?」

「邪魔をするな、ジョナサン」とアンソニーは荒い声で口を挟んだ。「これは君と関係のないことだ」

「でも……」

「『でも』はない」とアンソニーは彼の言葉を遮った。「お前は劇団のメンバーすらない、違うか?」

 この言葉を聞いて、ジョナサンは誰かに腹を重く殴られたようだ。彼は深呼吸をして、自尊心を傷つく痛みを感じていた。「僕はただ手伝いたいだけだ!」

「わかったよ、わかった」アダムは片手を上げた。「手伝いたいのなら、手伝わせてやるよ。第三幕の第二場」

 ジョナサンはバッグから台本を取り出し、アダムが言うところを見つけた。このシーンでは、二人の主人公の感情描写がクライマックスになる。アダムが演じるキャラクターはもう内心のストレスに耐えられず、気が狂いそうになり、そしてアンソニーが演じるキャラクターに告白した。この部分はこの劇の中で最も長く、一貫した深刻なセリフだった。ジョナサンが初めてこの台本を読んだ時、アダムの劇に対する真剣さを感じた。

 ウェスがアダムには才能があると言ったこと、ジョナサンは一度も疑ったことがなかった。でも何でアダムはこの劇の台本を書いたのか、彼にはわからなかった——何であんなに賞を取った天才脚本家はこんなにも彼らしくない作品を書いたのか?

 ジョナサンはセリフを読み返しながら、ウィルの言葉を思い返した。

 ウィルはこの作品が偽善的でわざとらしいと言った。あまり認めたくないが、ウィルの言う通りだと言わざるを得なかった。

「もしかしたら……」ジョナサンは恐る恐る言った。「セリフを変えてみたらどうだろう?」

「ジョナサン、さっき言ったことを聞こえてないのか?」慶浩はいつしか彼の後ろに現れ、彼の肩を捕まえた。「静かにしろと言った!」

「悪いが、なんて?」とアダムは言った。「セリフを変える?」

「そう、少し変えるだけだ」話すスピードが遅ければ遮られるから、ジョナサンは切迫して言った。「『これは長くて曲がりくねった道のりだ。私たちは行き交うように走り、常にすれ違っていた。』の部分だけど、もし削除することができれば、もっと自然になる。こんな風に話す人はいない」

「ジョナサン、あなたは舞台劇にどれくらい知っている?」アダムは嘲笑うような笑顔を見せた。「それは映画でも、ドラマでもない。舞台劇のセリフはあなたが想像しているのと違う」

「まただ」ウィルは傍でにやにやとしていた。「新入りのジョナサンはまだ自分のことをプロだと思い始めた」

「そんな風に話すな、ウィル。僕はただ解決策を出そうとしただけ。このままではリハーサルもできない」とジョナサンは言った。

「でも我らの偉大なる天才脚本家は彼の台本を直すことを拒絶している」とウィルは言った。「彼は自分の台本が偉い過ぎて、誰も直すことができないと思っている」

「黙れ、ウィル」とアダムは小声で叫んだ。

「僕は喧嘩をしたくない、ただ議論をしたいだけ」とジョナサンは言った。「このままじゃ何の成果にもならない」

「ジョナサン、もういい」彼の肩を掴んでいる慶浩の手は力を込め、一辺に引っ張った。「これ以上争いが続けば切りがない」

「君は、慶浩?」とアダムは言った。「君はこの台本を初めから終わりまで何回も読んだ。君はどう思っている?」

「ワーオ、ワーオ」慶浩は肩をすくめ、両手を上げた。「俺を巻き込むな。俺は停戦エリアにいる、そうだろう?俺はただしっかりと演劇をして、演劇を終わらせたいだけ。ね?」

「それで誤魔化すな」とアダムは声をからして言った。「このままじゃ本当に演劇を続けられると思う?全員言いたいことがあるなら、一気に話せば?」

 ウェスは傍で無力に口を挟もうとしたが、全員が彼を無視した。女の子たちはステージの隙に立ち、できる限り暴風圏から離れた。

 ジョナサンは振り向いて慶浩を見つめた。慶浩は唇を噛んで、眉をひそめているのを見た。彼の眼差しはジョナサンとアダムの間に何度か行き来して、最後に後ろへ一歩下がった。

「俺に言わせるのなら、ジョナサンと同じ考えだ」と慶浩は簡単にそう言った。「セリフ」

「それで今はコンセンサスを得た」アダムの嘲笑っているような笑顔が再び現れた。「全員この台本に意見があるってことをよくわかった」

「そんな態度で言うな、アダム」と慶浩は言った。「俺らが言ったのは事実であることを知っている。お前は聞く耳を持たないような人間じゃない、そうだろう?コミュニケーションは必須の過程、これはお前が言った言葉だ」

「君たちはこの台本が俺にとって何を意味するのかわからない」とアダムは冷たく言った。

「最高だ、今それを出してくる?」慶浩は白目をむいた。「この台本は俺にとって大事だ、この台本は俺にとって特殊な意味がある。頼むだから、アダム、俺らは劇団にいる、真実か挑戦Truth or Dareというゲームを遊んでいるわけじゃない。プロフェッショナルになれ、ね?全員はただショーをよくしたいだけだ」

「そういう意味だよ」とジョナサンは言った。「アダム、僕はただ——」

「まだ入って何日目だ?」ウィルは急に手を伸ばしてジョナサンの胸元を突いた。「劇場に来て何回目?三回だろう?でも俺らは何年もここに居た。君の考えなんてどうでもいい、わかった?」

 ジョナサンの心の奥底から怒りが沸き上がった。彼は強くウィルの手を振り払った。「そんな風に僕を触るな!」彼は大声で言った。「慶浩が入ってほしいと言ったから、あなたたちはそこまで心を閉ざしていないと思った」

「だから言った、慶浩」とアダムは言った。「彼を入れるのは面倒になるって言ったはずだ」

「へい!」と慶浩は叫んだ。「だから今は俺のせいにするわけ?正直に言え、アダム。俺らの劇団に問題があるのはいつものことだ。例えジョナサンが入らなくても、このこともいずれ起きてしまう。君はいつも正しいわけじゃない、アダム。俺らは君のことを天才と言ったが、本気で天才になったつもり?」

「俺らはもう卒業するんだ!」アダムは歯を食いしばって、彼の声はまるで歯の間から絞り出したようだった。「それで、この劇団で問題があるのは俺だけ?お前も同じだ、慶浩、お前もそこまで気高くなかった」

「うん、だからこの劇団にいるだろう」慶浩は口を歪めて笑みを浮かべた。「類は友を呼ぶ、違うか?」

 慶浩を睨むアダムの眼差しに、ジョナサンはひどく驚いていた。彼のイメージでは、アダムはいつも優雅だった。彼はアダムがこんなに強烈な気持ちを表しているのを初めて見た──でもジョナサンにはそれが怒りなのか、それとも傷ついているのかわからなかった。

 そして、一つの大きな音がすべてを断ち切った。ジョナサンはその音に驚いて飛び上がり、彼は他の人と一緒に音がした方に振り向いて、アンソニーが彼の台本を重く地面に捨てるのを見た。彼は自分の鉄の椅子の傍にあるカバンを手に取り、肩にかけた。

「何をしている?」とアダムは尋ねた。

「こんなのが嫌だと言ったはずだ」とアンソニーが答えた。彼の声は低いけど、はっきりとしていた。「自分のやるべきことをするのがそんなに難しいのか?」

「おいおい、アンソニー、そんな大袈裟のことを言うな」と慶浩は言った。「俺らはただ議論していただけ──」

「何をしているのかどうせもいい。こんな雰囲気とパターンにはうんざりだ」とアンソニーは言った。「俺はただ劇を終わらせたいだけ。でも今ならもういい」

「アンソニー」とアダムは言った。

「もうやめた」とアンソニーは言った。

「アンソニー、話し合える」とウェスは言った。「これも議論の一部」

 アンソニーは彼を一目見て、そして頭を振った。「ごめん、ウェス。もういいんだ」

「その必要はない、アンソニー」アダムは身を乗り出し、手を伸ばして彼の腕を掴もうとした。「俺らはもう──」

 アンソニーは体を横に向いて、彼の手を押しのけた。そして二三歩でステージの縁に歩み寄り、飛び降りた。劇場の入り口まで近づく途中、彼は一度も振り返らなかった。

 例えアンソニーの手を上げた動きが本当にアダムに触れなくても、アダムの反応はまるで肘で腹をひどく打ったように、瞬時に後ろに下がり、背をまるめた。ジョナサンは驚きながら彼を見つめ、アダムはまるで空気が抜いたように、急に物凄く落ち込んでいた。

「アンソニー!」とアダムは叫んだ。彼はステージの縁に向けて走り、一緒に這い降りるようとした。しかし最終的に彼はただステージの縁に立ち、揺らいでいる姿はまるで強い風に吹かれているようだった。

「なんだよ。アンソニー!」ウィルは彼の後ろ姿に向けて叫んだ。「その必要がある?そのまま立ち去るのか?自分が一番偉いみたいに?」

「黙れ!」アダムは振り返って、ウィルに向けて叫んだ。「黙れ、くそ野郎!」

 劇場は静けさに包まれた。ウィルまでアダムに驚かされて、唇を噛んで、ぼーっとして彼を見つめていた。

「彼は行ってしまった」アダムは荒っぽく自分の髪を掴んで、ぶつぶつと呟いた。「神よ。彼は行ってしまった」彼は強く自分の額をつねって、彼は行ってしまったと同じ言葉を繰り返すばかりだ。

 ウェスは彼に向けて歩み寄った。

 ジョナサンは傍にいる慶浩が重く息を吐いたのが聞こえた。彼は振り向いて彼を見て、慶浩の視線は彼の身に落としているのを気づいた。

「もう彼は戻らないことを知っているだろう」と慶浩は言った。

 ジョナサンは音を立てずに頷いた。

「そして君は黙ることの意味を学ぶことがないだろう」と慶浩は言った。

 ジョナサンは信じられないように彼を見つめた。「何?」

「それに巻き込むなと言ったはずだ。アンソニーも君と関係ないと言った」と慶浩は言った。「なのに頑なに言った。だから今は嬉しくなった?うん、ジョナサン?」

「それは僕のせいじゃない」とジョナサンが答えた。「全部が僕のせいじゃない」

「そう、これは君のせいじゃない」慶浩はさっと振り向いて、顔を彼の顔に近づいた。「俺らの間に色々な問題がある!でもそれは君がそのバブルをはじける人になってもいいということじゃない、わかった?神の面に免じて、俺らはもうすぐ卒業する!何で君は俺らに最後のことを終わらせてくれないのか、この簡単なことだけだ!」

 ジョナサンは慶浩の挫けそうな表情を見ていた。彼の心臓は締め付けられたようにチクチクと痛んだ。

「君は俺らに属していない、ジョナサン!」慶浩は彼に向けて叫んだ。「俺らの間で救世主になろうとするな!」

 その言葉はまるでレンガのように、重くジョナサンの顔にぶつけた。彼の目はチクチクと痛み、彼は唾をのんだ。彼は前にハイリーが言った救世主コンプレックスを思い出した──例え今ハイリーは彼の傍に居なくても、でも彼女の言う通りだ。忌々しい救世主コンプレックスだ。

 ジョナサンには自分の顔がそんな風に見えているのかわからないが、慶浩は夢から覚めたように瞬きをした。そしてジョナサンは自分がもうここに居られないと思った。

「ごめん」とジョナサンは小声で言った。「本当にごめん」

 彼は慶浩の傍を通り過ぎて、畳椅子の横から自分のリュックを手に取った。

「神よ、ジョナサン」慶浩は彼の後ろで言った。「子供のように逃げないでくれる?」

「ジョナサン、お願い」傍のスーリーはそう願った。

 ジョナサンはステージを飛び降りた。彼は後ろのほうで慶浩が大声で彼の名前を叫んでいるのを聞いたが、彼は決して振り返らなかった。彼は振り返ることを恐れていた。彼は自分がステージから離れなければ、上にいる人々に彼の目の周りが赤くなっている様子を見られると思った。



 ジョナサンには自分がどこへ進めばいいのかわからなかった。彼はただ自転車に乗って学校を離れ、脳内でさっき劇場で繰り広げられていた全ての会話を再生し続けた。彼の視線はぼんやりして、目じりの涙は風によって何度も吹き乾いた。

 昨日なら、もしかしたら慶浩は彼のことが好きだと思うかもしれない。しかし二十四時間を経て、彼の白昼夢は慶浩本人によって打ち砕けた。

 本当のことを言うと、彼は自分のことを何だと思っている?彼はただの目立たないルーキーで、常に間違ったことをした。それに、彼がどれだけ努力しても、グループの中で役に立とうとしても、最終的に失敗してしまった。

 もっと最悪なのは、今は誰にも頼れられなかった。彼はハイリーを見捨てて、そして劇団を壊してしまった。今の彼には居場所がなく、安心して隠れられる隅がなかった。

 気が付いたら、彼はコミュニティ公園の外に立っていることに気づいた。金属のフェンス越しに、何人か黒人の子供たちがコートで走り回っているのが見えた。ジョナサンは少し躊躇した。何で自分はここに来たのかわからず、自分が引き続きバスケに触れたいのかどうかもわからなかった。でも彼は自分が昨日のようにバスケをして、疲れ切った感覚が恋しいことに気づいた。その全世界が消えて、自分の呼吸と鼓動しか残らない感覚だ。

 もしかして今なら、彼にはバスケの特効薬が必要かもしれない。

 ジョナサンは自転車を止め、ゆっくりとバスケットコートに入った。どうやって自己紹介すればいいのかわからないから、初めに彼はただ窮屈にそこに立って、コート上の誰かが彼に気づいてくれることを密かに期待していた。

 ある黒人の子供は彼が馬鹿みたいにコートの傍に立っているのを見たから、声を出して叫んだ。そしてジョナサンは人の群れからジェイコブを認識した。ジェイコブが彼を見た時、すぐに満面の笑みを見せた。

「よ、驚いた」ジェイコブはコートの傍に近づいた。「何でここに居る?」彼はジョナサンの傍を覗き込んだ。「慶浩は?」

「えっと、もしかしたらバスケの治療が必要かもしれない」とジョナサンは息を吐いた。「そして慶浩……彼は暫くここに来ない」

 彼はジェイコブが問い詰めることを少し心配して、それなら慶浩が消えたことについて、どう説明すればいいのかわからなかった。でもジェイコブはただ楽しそうに彼の肩を叩いた。「問題ない、兄貴。ジェイコブの所に来れば大丈夫。コートに入れ」

 だからジョナサンはコートに入った。この日、彼はコートで日が沈み始める頃、空が淡い紫色がかかるまでバスケを続けた。コートを離れた時、彼は自分の手足は体と分離したように思え、まるで道に歩む人は彼じゃなく、もう一人の無感覚で平静、何も考えられないほど疲れている少年のようだ。

 ジョナサンはゆっくりと自転車に乗って家に帰った。彼の両親は夕食をキッチンのテーブルに残したが、ジョナサンはほとんど食べられなかった。彼は豆と肉じゃがをテーブルに残ったまま、パンをサラダボウルに放り込み、そしてボウルを持って自分の部屋に戻った。

 食事を始める前に、彼は少し躊躇して、そしてこっそりと部屋のカーテンを開けた。彼は隣の家のハイリーの部屋の窓から明かりが差しているのを見たが、彼の視線はハイリーのカーテンによって遮られた。ジョナサンは窓から一歩下がり、テーブルの前に戻った。彼はサラダボウルからパンを取り出したが、暫くの間に噛み締めることができなかった。

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