第6章

 ジョナサンとハイリーはトレイを持って、一緒に列に並んでいた。例えハイリーは大丈夫と言ったが、ジョナサンは絶対に今日の昼で、ハイリーを一人に昼食を食べさせないと決めた。ジョナサンは後ろからの慶浩の呼び声を聞いた時、ハイリーが彼に向かって理解しているような笑顔を見せた。

 ジョナサンはため息をついた。自分の態度はそんなにもわかりやすくないと思っている。事実上、彼は一度もハイリーに彼の慶浩に対する気持ちを打ち上げたことがない。でも今、多分ハイリーはもうそれを知っている──ジョナサンは彼女との長い間の付き合いで、一度も友達以上の興味を示したことがない。多分多くの人にとって、彼らの付き合い方は長年付き合っているカップルのようなものかもしれないが、彼らは心の中ではお互いに対する感情はそういう訳じゃないってよく知っている。

 でも本当のことを言うと、ハイリーに興味を持たない男の子はいるのだろうか?ハイリーは一向に社交の場に参加することを好まない。パーティーにも憧れず、大勢の人が集まって遊びまわることにも興味がない。しかし多くの男の子は廊下でジョナサンたちとすれ違った時、振り向いてハイリーをもう一回見たことを彼は知っている。ハイリーの濃い色の長い髪と瞳はその魅力の象徴で、かつ彼女の口角はいつも他人の言葉に同意しないように上げている。だからその表情は自分に向けていると思い込んでしまい、それ故気になって、その微笑みの中に何が隠しているかを知りたくなる。

 ハイリーは賢いから、彼女ならきっとジョナサンは女の子が好きじゃないことを知っている。ただ彼にはハイリーがどこまで確信を持っているのか、彼の慶浩に対する気持ちを知っているのか分からなかった。もしかしたら、全部知っているかもしれない。

「へい、ジョナサン」慶浩は彼のグループを抜けて、列の中にいるジョナサンに向けて歩いてきた。「俺らと一緒に座ろうか?」

「今日はダメだ」ジョナサンは自分がそう言えたことに嬉しく思い、それに彼の声はいつも通りのように聞こえた。「ハイリーとは少し話がある」

「おっ、少し話があるか」慶浩は片方の眉を上げ、顔をハイリーに向けた。「楽しい昼食時間を過ごせるように」

 慶浩は振り返って離れた。「後で」とジョナサンは言葉を付け足した。でも慶浩はただ後ろに向けて手を振り、振り返らなかった。

「少し話があるか、へぇー?」とハイリーは言った。「昨日も急に私の所に来て、今日も彼らの誘いを断った。何なの?昨日の夜、稽古した時に何かあったのか?彼らと喧嘩した?」

「そうでもない」とジョナサンが答えた。例え慶浩を断ったとしても、ジョナサンは思わず慶浩を追って、劇団がいるテーブルのそばに自分の視線を移した。

 ハイリーのためじゃなくても、ジョナサンは今日に劇団のメンバーと一緒に座りたくないのだ。昨日の夜にアダムと衝突したから、彼はまだ彼らに歓迎されているかどうか分からない。彼は首を伸ばして劇団のテーブルの様子を観察しようとしたが、アダムの表情が見えなかった。

 ジョナサンが三回目にそっちに視線を送ろうとした時、ハイリーは遂に耐えられずに問いかけた。「何を見ているの?」彼女は彼の視線に沿って劇団のほうにチラッと見た。「彼らに混ぜたいなら行けば?」

「いやっ」ジョナサンは視線を目の前にあるトレイに戻した。「ここでいい」

 昨夜ハイリーの部屋で、ジョナサンは彼女にアダムの家で起きたことも、昨日劇団で起きた争いことも教えなかった。彼らはいつものように部屋に籠って、ハイリーはドラマを見て、ジョナサンは床に座って本棚にある漫画を読んでいた。彼らはあまり話していないけど、それだけでもジョナサンの気持ちを落ち着かせてくれた。

 結局、家に帰ると決めた時にも、彼はハイリーになんで彼女に電話を掛けたかを教えず、彼女もそれを聞かなかった。それはハイリーとは関係のない話だと彼は思った。彼自身がその劇団に入りたいと思ったから、元々劇団からもらったストレスは自分で背負うべきだ。

 だけどハイリーが聞いてきた今、どう返事すればいいのか分からない。本当のことを言うと、彼はハイリーにからかわれることのほうを心配している。だから彼はただ肩をすくめ、この問題を誤魔化した。

 この昼食時間、ジョナサンはいつものように、ハイリーと一緒に彼らのテーブルのそばに座っている。ジョナサンは依然として劇団のテーブルから微かな話し声が聞こえるが、彼はハイリーと話すことだけに集中すると決めた。彼にはなんでたったの数日間で、もう劇団のメンバーを彼の脳内から離れられないのか分からなかった。彼にはグループに参加する経験がないから、仲間の影響力を侮っているかもしれない。

 もしくは、彼が慶浩の影響力を侮っている。


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 朦朧している間、ジョナサンは一時のノックする音が聞こえた。彼は微かに片方の目を開けた。しかし彼の視界はぼんやりとして、カーテン下から差し込む一つの丸いハレーションだけが見えた。彼は寝返りを打ち、顔を枕に埋めた。彼の頭の中に浮かんだ考えが今日は土曜日、両親が家にいるからドアを開けに行く必要がないということだ。でもノックの音はまだ続いて、それにノックの音が叩く音に変った。ドアの外に「おい、ジョナサン、起きたのか?早くドアを開けて」と誰かが叫んだ。

 そしてジョナサンは突然外の人がノックしているは自分の部屋のドアであることに気付いた。彼はパッと目を見開いて、電撃でも受けたようにベッドから起き上がった。「何──」

 彼は布団を振り払って、ベッドから落ちそうになった。そんな時にドアはいきなり誰かに押し開けた。ジョナサンは身をかがめ、ベッドの下から自分のスリッパを見つけようとしたが、頭を上げると、ちょうど慶浩の顔がドアのそばに出現したのを見た。

 一瞬、自分がまだ夢の中にいると疑ってしまった。

「おはよう、ジョナサン」慶浩は歯を見せながら笑った。

「神よ!」ジョナサンは飛び上がった。

 彼が今一番したいことは寝癖がついている髪を直すことだが、自分が着ているのはダボダボで変形しているパジャマ代わりのTシャツとボクサーパンツであることに気付いた。慶浩が面白がるような視線で彼をじろじろと見つめているのを見ると、ジョナサンは我慢できずに頬を赤く染まっていった。彼はデスクまで走っていき、椅子の背もたれからジーンズを取り、バタバタと履いた。

「焦らなくてもいいだろう?」と慶浩はアドバイスをした。「君が持っているものすべては俺も持っている。隠すことはない。おっと、ちなみに、そのボクサーパンツは結構いいよ」

「それは違う──」ジョナサンはベッドに座り込んで、探りながらジーンズのボタンをかけた。「なんてこった、なんで君が──」

「君の両親はかわいいよね」慶浩は親指でドアのほうに指した。「友達と言ったら、ここに上がるように言われた。明らかに君を起こしに来てほしかった」

 ジョナサンは手を伸ばして顔を拭いた。今日は絶対に両親に今後、慶浩を彼の部屋に入れないように言い伝えないと心の中で自分に言い聞かせた。でもこの考えが湧いた瞬間に彼は思わず白目をむいた。それはまるで慶浩はこれからもよく彼の家に来ると予期しているかのようだから。

「で、何か用があるのか?」ジョナサンは無理矢理、冷静でさり気ない感じの声で尋ねた。

「何もないよ」慶浩は肩をすくめた。「ただ友達と一緒に時間をつぶしたいだけ」

「劇団の他のみんなは?」

「どういう意味?」と慶浩は言った。「何でここにいないと聞きたいのか、それとも何であいつらの所に行ってないと聞きたいのか?」

「後者だ」とジョナサンは言った。でもこの言葉を口にした瞬間、彼は後悔した。

 彼の予想通り、慶浩は怪しげな笑顔を見せ、目をぐるぐると回った。「何?俺は誰と一緒にいたいのか選べないのか?心配してくれてありがとう、ジョナサン。でも君は俺と他の人の交際状況を心配する必要がないと思うよ」

 ジョナサンはまだ何かを言いたいけど、その時、ジョナサンの部屋のドアはもう一度開けられた。彼の母は部屋を覗き込んで、ジョナサンに向けて笑顔を見せた。「いつ起きるのかと思ってたわ。友達と一緒に降りてきて、朝ご飯を準備してあるわ」

「ありがとうございます、クリスティン。すぐにジョナサンと一緒に降ります」慶浩は彼女に向けて礼儀よく言った。

 母がドアを閉めた後、ジョナサンは慶浩を睨みつけた。「クリスティン?」と彼が問いかけた。「母さんが君に名前を教えた?」

「称賛をありがとう」慶浩は大げさにお辞儀をした。「俺が望めば、年長者は俺のことを非常に気に入ってくれることになる」

「わかった。なんてこった、信じられない」ジョナサンはため息をついた。

 彼はクローゼットから上着を取り出し、それから慶浩と一緒に階段を降りた。彼、慶浩と彼の両親が一緒にキッチンのダイニングテーブルのそばに座った時、彼は再度このすべてが現実的じゃないと思った──この一生で最もおかしな朝食時間だ。彼はハイリー以外の友達と一緒にここに座ったことがなかった。でも、慶浩?ジョナサンが思う可能の人選の中で、この人がここにいるのが一番信じ難かった。慶浩と何を話せばいいのかすらわからなかった。彼と知り合った時間が短すぎて、前週までは顔見知りの間柄よりも少し親しいくらいの関係だった。彼は慶浩が劇団の友達と一緒にメッシカフェにいる時、どうやって時間をつぶしているのかを思い出そうとしたが、何も思い出せなかった──だって喋っているのは殆ど彼じゃなかったから。

 でも事実上、慶浩は彼を必要としなかった。慶浩はまるで初めてジョナサンの家に来た素振りがなく、ジョナサンの両親と話す態度が自然すぎて、ジョナサンは思わず白目をむきたくなった。彼は慶浩がこの来訪を自分のアドリブ力を鍛錬するチャンスにしていると疑ってしまう。ジョナサンはスクランブルエッグを口に入れながら、慶浩が父とロサンゼルス・エンゼルスの話を語り始めるのを見た。ブルージェイズとの四連戦の話になると、ジョナサンには慶浩のわくわくした表情が演技なのか、それとも本心なのか当てられなかった。

「ディークは完全に運がいいだけ」と父は言った。「彼は一度もオールスターレベルのピッチャーじゃなかった」

「その通りです」と慶浩は言った。「その試合でエンゼルスが場に慣れていませんだけ、おじさん。まだ完全に実力を発揮していません」

 ジョナサンは父と一緒にメジャーリーグの試合を見ていないから、一言も言えなかった。父と慶浩の話が盛り上がっているのを見て、ジョナサンは思わずため息をついた。

「どうしたのか、ジョナサン?」と父が尋ねた。

「君のお父さんのほうが俺と話ができるのを嫉妬しているのか?」と慶浩は言った。

「いや」ジョナサンは手を広げた。「どうぞ続けて」

「だから一緒に見るようにと言った」父は微笑んだ。「それは親子で一緒にできることというのに、あなたはそうしたくなかった」

「野球よりも、僕はバスケのほうが好きだ」とジョナサンは抗議するように答えた。

「じゃあウォリアーズとロケッツのシリーズを見たのか?」と慶浩が尋ねた。

「キャバリアーズとホークスのシリーズを見た」とジョナサンは警戒しながら言った。

 慶浩は目を丸くした。「カルフォルニア人なのに、カルフォルニアのチームの試合を観戦しないなんて!」と彼は叫んだ。「君の栄誉感はどこに行った?」

「本気なのか?」

 馬鹿げすぎるとジョナサンは思った。彼は慶浩がこんなにもスポーツ試合に興味があるなんて知らなかった。うん、いいだろう。もしかしたら、慶浩の体つきを見たときに気付くべきだ。慶浩は明らかにスポーツ試合に興味がある人だ。今思えば、慶浩は筋肉が締まっている腕を持ち、肩幅もかなり広いから、運動が得意なはずだ。ジョナサンは恥ずかしいような感覚を感じた。でもそれは彼が慶浩にカルフォルニア人としての栄誉感がないことをからかわれたせいなのか、それともこの話題では情報が非常に不足していることを意識したからなのか分からなかった。

 これ以上に弱点を晒さないことを決め、彼は俯いてオレンジジュースを真剣に飲んでいるふりをした。でも彼がコップの縁にチラッと視線を送った時、向こうに座っている母が彼に向けて微笑んでいるのを見た。ジョナサンは目をぐるぐると回った。

 朝食が終わり、父にこれからは何か計画があるのかと聞かれた。何も計画はないと教えようとして、だってはなから慶浩が来ることを知らなかった。でも慶浩は彼の言葉を遮った。

「はい、実はジョナサンをバスケに誘うために来ました」と慶浩は言った。

「悪いけど」ジョナサンは目を見開いた。「何を言った?」

「バスケだよ、ジョナサン」慶浩は彼を一目見た。ほんのわずかな瞬間だけど、ジョナサンは絶対に慶浩の目じりに狡猾な微笑みを見た。「忘れたなんて信じられない」

「何を覚えればいいのかわからない」とジョナサンはぶつぶつとこぼした。

 父は驚きに満ちた眼差しで彼を見つめた。「ワオ、だからバスケはするんだね。ただ父さんと一緒に運動したくないだけ、そうだろう?」

「違う──」

 ジョナサンは反論しようとしたが、父は彼の言葉が終わる前に立ち上がり、キッチンを出た。数分後、彼は一つのバスケットボールと空気ポンプを持って、キッチンに戻ってきた。

「ジョナサンが小さい頃はよくこのバスケットボールを抱えて、リビングルームでマイケル・ジョーダンのふりをした」と父は言った。

「父さん、お願いだから!」とジョナサンは叫んだ。

「でも自分がそんなに高くなく、肌色もそんなに黒くないことに気付いたら、目標を変えた」と父は続けて言った。「その後は自分がスティーブ・ナッシュだと言い始めた」

「もういいだろう」ジョナサンは両手を上げた。「その時はまだ五歳だろう?」

「でもその後も続けてナッシュと自称できなくなった」父は微笑んだ。「だってハイリーはあなたよりもドリブルがうまいし、髪もあなたより長い」

「毎回バスケをした時に、ジョナサンはハイリーにぼろ負けするしね」と母が補足した。

 今度、ジョナサンは黙ることにした。

 慶浩は振り返って彼を見つめた。「かわいい過ぎるよ、ジョナサン」と彼は本心を込めて言った。

 ジョナサンは当初、自分にとって大きくて重いバスケットボールを抱え、リビングルームで走ったり、飛んだりした様子を今でも覚えている。昔は確かにハイリーと一緒にバスケをしたが、ただ最終的によく喧嘩になった。バスケットボールはリビングルームの隅まで転がり、彼らはソファーにあるクッションで殴り合いをしていた──もっと正確に言うと、ジョナサンはいつも殴られたほうだった。

「僕をバカにするな」とジョナサンは警告しているように言った。

「別に君をバカにしているわけじゃない」と慶浩は言った。彼はじっとジョナサンを見つめた。「本当にかわいいだから」彼は淡々とした口調で言ったから、ジョナサンにも彼が一体何を考えているのか分からなかった。ジョナサンは視線を逸らし、自分の顔がコントロールできずに赤く染まる前に、慶浩と視線を交わすことを避けた。

 慶浩と父がバスケットボールに空気を入れ終わった後、母は彼らにクランベリージュース一本ずつ渡した。慶浩はバスケットボールを抱え、ジョナサンと一緒に家を出た。

 家のドアが閉めた瞬間、慶浩は大声で笑い出した。「神よ、君の両親はかわいい過ぎる」と慶浩は言った。「毎週末に彼らと一緒に朝食を食べに来たくなる」

「一体何がしたい?」とジョナサンは振り返って、彼に問いかけた。「ただバスケに誘うために来たはずがない。そんなの信じられない。一体何を企んでいる?」

「おっと、でも信じてほしいだ、ジョナサン」と慶浩は言った。「本当に何もするつもりはない。ただ君を誘ってぶらぶらしたいだけ──バスケはただ君のお父さんからもらったアイデアだ」

 ジョナサンはそれでも疑わしく思っている。慶浩は木曜日の夜の出来事を忘れたように見えるけど、ジョナサンは忘れていない。ジョナサンは慶浩が単純に彼と一緒に週末を過ごしたいことをどれだけ願っているだろう。でもそれは有り得ない話であることもよく知っている──そんな物語の主人公みたいな幸運が彼の身に起きるはずがない。

「分かったよ」とジョナサンはゆっくりとこぼした。「で、今どこに行く?」

 慶浩はバスケットボールを上に向けて投げ、人差し指で支え、指先でぐるぐると回させた。「バスケをしに行くよ」

 ジョナサンは一度も公園のバスケットボールコートへ行ったことがない。あそこはいつも大勢の黒人の子供が集まって、ジョナサンは彼らと話す勇気すらなく、ましてや彼らに混ざって一緒にバスケをするなど、いうまでもないのだ。彼は慶浩と一緒に何ブロック外のコミュニティパークへ着いた時、あそこのコート上は既に肌色が黒い少年の群れが集まっていた。

 ジョナサンは喉が渇いてきたと感じた。

「えっと、慶浩、これはいい考えとは思わない──」

 慶浩は彼の言葉を遮った。「いいから、ついてこい」

 彼らは公園の入り口を通り抜け、傍にあるテニスコートを通り過ぎ、バスケットコートのサイドラインの外まで来た。コート上の少年たちは彼らが近づいてきたことを見てひとしきり叫び声を発したが、ジョナサンには彼らが何を言っていたのか分からなかった。

 慶浩は片手にバスケットボールを抱え、真ん中の方へ向けて歩いて行った。少年たちは足を止め、一人の痩せた体型の子が近づいた。ジョナサンは相手になんで彼らのゲームを中断すると質問されると思った時、相手は手を差し出し、慶浩と手を握り、それから二人は肩をぶつかり合った。彼は慶浩の前に立って、慶浩よりも一回り痩せていて、身長も慶浩より何センチも低かった。だけど彼のバスケットボールを掴む手は力強く、指の一本一本がはっきりと見えた。

「よ、慶浩、久しぶり」男の子は慶浩に向かって言った。

「ハロー、ジェイコブ」

「なんで今日ここに来るのか?」ジェイコブという男の子はその場でターンして、手首を器用に振り、バスケットボールが彼の股の間をすり抜けた。彼はまた手を伸ばしたら、バスケットボールがもう一度彼の手に戻った。

「おう、友達を連れて来た」慶浩はジョナサンに指さした。「入ってもいいか?俺と彼だけ」

 ジェイコブは頷き、ジョナサンに向けて眉を上げた。「運動が得意なようには見えないな」

 ジョナサンはバカにされたくないから、ただ肩をすくめた。「普段はあまりバスケをしない」

「うん、見ればわかる」ジェイコブは口角を上げて笑った。「でも大丈夫さ、お兄さん。他のコートなら、それなりの実力がない限り、踏み入れることすらできないのだ。あんな場所にいる自負しているくそ野郎ども──彼らは君のお尻を蹴飛すよ」彼はボールを上に投げ、手の甲で受け止めた。そしてバスケットボールは彼の腕と肩に沿って、もう片方の腕に転がった。彼は逆手でボールを受け止め、それから人差し指で踏んでいる地面を指さした。「でもここ?そういう格差はやらない、ね?誰でもこのコートに入れる、全員だ、お兄さん」

「えっと、よくわからないけど──」とジョナサンは言った。

「こんな風にうじうじしている人はいないだろう?お兄さん、強気になれ、君は男だ!お兄さん、君は男だ!」ジェイコブは大笑いをし、慶浩に振り向けた。「どこでこの人と知り合った?彼はまるでバービー人形のようだ」

「気が強いバービー人形だ」と慶浩は平然として言った。

「いいだろう、バービー人形」ジェイコブはジョナサンに向けて言った。「君の名前は?」

「ジョナサンだ」彼の声から自尊心が傷ついたという事実が分からないように、彼はできるだけ強気にしていた。

「ようこそ、ジョナサン」ジェイコブは彼に手を伸ばした。「ここじゃ、バスケはただのバスケじゃない。いつか知るはずだ」

 事実から見れば、結果はジェイコブの言うとおりだった。バスケはただのバスケじゃない──バスケはジョナサンを侮辱する究極な手段だった。

 この朝、ジョナサンは人生で初めてのストリートボールをやった。初めてバカのように騙されて弄ばれた。初めてバスケットコートでずっこけて、それに初めて胸元が誰かに肘で打たれ、息ができないくらいに痛かった。

 そう、ジョナサンのスピードは速い──でも速いのは走るスピードだけだった。彼の手と目の協調は意外とうまくいかず、シュートする姿勢もひねくれておかしい、まるで永遠に腕を確実に伸ばすことができないようだった。彼のまずいプレイに対して慶浩は笑いが止まらず、ジョナサンは恥ずかしくてつい地下に潜り込みたくなった。コート上において、意外なことに彼と慶浩の身長が一番高いだった。その黒人の子供たちの強みは身長にあらず、彼らとバスケとコートの間の繋がりにあった。彼らがバスケをする時は勝負に気にせず、ただ遊んでいた。彼らの手にあるバスケットボールはただのおもちゃで、全員がその中から楽しさを見つけたことを彼は段々と知った。

 慶浩について、彼はどんな風にバスケのことを思っているのかジョナサンには分からなかった。慶浩は絶対にストリートボールの強者であることだけを知っていた。慶浩のバランス感覚とスピードはよく、ストリートボールの中で一番強調されているドリブルも難なくこなせた。彼の股下ドリブルもクロスオーバーとバックでパスする動きのどちらも流暢にできた。ボールが彼の手にあると思った次の瞬間、ボールはエンドラインにいるチームメイトの手に渡った。

 慶浩は演技以外、ストリートボールも得意なことをジョナサンには知らなかった。ジョナサンは自分の心がざわついていることを感じられた。でもそれは羨ましさ、嫉妬、もしくは彼の恥ずかしくて認めたくない感情のせいなのか分からなかった。

 五月の日差しに照らされ、一時間も経たない内に彼らはもう汗だくになっていた。汗はジョナサンの眉と頬に流れ続け、彼の目にも流れ込み、それで目がチクチクと痛んだ。彼は瞬きをし、汗を追いやるつもりだったが、間もなくある子供が彼に向けて「ボールを見て!ボールを見て!」と叫んでいる声が聞こえた。

 次の瞬間、彼の腹はボールに強く打たれた。彼がよろめきながら二歩くらい後ろずさりし、尻餅をついた。

「はい、ストップ、ストップ」と慶浩は言った。ジョナサンは顔を上げ、眩しい日差しの中で、慶浩が面白がっている顔で彼を見つめているのが見えた。ジョナサンは手で顔についている汗を拭いて、地面に座りながら頭を振った。

「もう手で拭くな」慶浩は彼のそばまで歩き、彼の額と頬を指さした。「今の君は顔に泥を塗っているベトナム戦争の兵士のように見えるよ」

「死ぬほど疲れた」ジョナサンは大きく息をした。どれだけ狼狽えているかを気にする余裕もなく、ただ彼自身が熱くなり、日の光に照らされて蒸発しそうな感覚だった。どれだけベトナム戦争の兵士に見えようが、もう一滴の汗でも彼の目に流れ込んでほしくなかった。彼は掌の付け根で汗を拭いて、それから慶浩が白目をむいて、ため息をついたのを見た。

「まぁいい、君もそろそろ限界のようだし」と慶浩は言った。そして彼は振り返って段々と近づいてきた子供たちに向けて「そろそろ離れるよ、でないと誰かさんが死んでしまう」と言った。

「初心者として、もうよくできているよ」とジェイコブがジョナサンに言った。

 慶浩はジョナサンに向けて手を伸ばし、彼を地面から引っ張り上げた。彼らは子供たちに別れを告げた。離れる前、ジェイコブはよくここに来ていいよ、何事もない時はいつもコートにいると言った。ジョナサンはお礼をしたが、もう自分が二度とここに来ないと思った。

 慶浩は彼を公園の公衆トイレまで連れた。慶浩が上着を脱いで、頭を蛇口の下に差し込み、涼しい水に彼の後頭部を洗わせることをジョナサンは驚きながら見た。一部の水滴が慶浩の背筋の凹みに沿って流れるのを見るに堪えず、すぐに視線を逸らした。

「何している?」と慶浩が尋ねた。彼は背筋を伸ばし、短い髪を後ろに流した。水滴が滴り落ち、一部は周囲に飛び散り、一部はジョナサンの身にかかった。

「え、何でも」とジョナサンは答えた。彼はほとんど慶浩の体つきから目を離すことができずにいたが、彼は意志を頼りに視線を慶浩の顔に送った。

「顔をきれいに洗え、バカ」と慶浩は嫌がりながら言った。「本当に特殊部隊になるつもり?」

 だからジョナサンは慶浩の動きをぎこちなく真似し、上着を脱いで、水で自分の頭と顔を洗った。

 彼が再び顔を上げると、慶浩は自分の上着を帯状に巻いて、首にかけた。ジョナサンは少し迷って、適当にTシャツを自分の肩にかけた。

「で?」ジョナサンは一息をついた。「今から何をする?」

「なんだ、まだ遊び足りてないのか?」と慶浩は言った。「もう十分に恥をかいたと思ったが」

 その言葉を聞いてジョナサンの顔が熱くなった。でも慶浩は大声で笑い出した。「頼むから、ただの冗談だよ」彼は歩き出した。「アイスでも食べる?」

 彼は確かに質問をしたが、でも明らかにジョナサンが答えるのを待つつもりがなかった。ジョナサンは二秒くらい止まって、すぐに速足で付いていくことに決めた。

 ジョナサンは一度も半裸で街に歩いたことがなかった。慶浩と一緒じゃなかったら、こんなことをする度胸があると夢にも思わなかった。でも慶浩の歩く仕草は自然すぎて、まるでいつもはこんな風に街を歩いているようだった。

 慶浩は彼をあるコリアタウンまで連れ、そこにある店の看板は全部韓国語で書かれていた。ジョナサンは一面の正方形、円形と直線しか分からず、一文字も分からなかった。慶浩は慣れたようにその中のある店に入った。ドアが開いた瞬間、甘くて涼しい空気がドアの隙間から抜け出した。慶浩は韓国語でカウンターの後ろに立つ中年の女性に挨拶し、それから彼らは韓国語を連発して対話を始めた。ジョナサンはドアの傍に立って、できるだけ彼女に気づかれないようにした。でも彼らの話題は直ぐにジョナサンになり、彼女が彼を指さし、慶浩が肩をすくめ、表情にあまり変化がなかったことを彼は見た。ジョナサンは特に本人の前で議論されるのが嫌いと認めざるを得なかった。

 最後、慶浩は女性から二つのコップを受け取った。彼はポケットから五ドルの札を取り出して女性に渡してから、ジョナサンに向けて歩いてきた。ジョナサンは彼と一緒に店を出て、外の座席エリアで座った。彼らが座っている四人席の上には大きな日傘があった。慶浩は一つのコップをジョナサンの前に差し出した。

「マンゴー味だ」と慶浩は言った。「マンゴーは食べられる?」

 ジョナサンは頷き、一口をすくって口に入れた。「何味を食べている?」

「キウイ味だよ」と慶浩は言った。「試してみる?」

 彼は自分のコップをジョナサンの前に差し出した。ジョナサンは一秒くらい考えて、それからスプーンを慶浩のアイスに差し込んだ。

 それはおかしな感じだ──慶浩と一緒に全く詳しくないコミュニティの中で座り、一緒にスイーツを食べている。一週間前の彼にとっては絶対にあり得ないことだ。いや──一週間前はおろか、今朝の彼でもこんなことが起きるとは思わなかった。特に木曜日の夜にあんな衝突が起きた後、慶浩はまだ彼を劇団にいさせてくれるかどうか分からなかった。

「うん、だから慶浩、木曜日の夜のことだけど……」とジョナサンは言った。彼の言葉が終わらない内に、彼の声はゆっくりと空中に消えた。

「木曜日の夜がどうした?」と慶浩が尋ねた。

「その後、皆はどうしてた?」とジョナサンは言った。「アダムは大丈夫?何か──」

「怒らせるのが怖い?」と慶浩は手を振った。「別にいいだろ、ジョナサン。誰もそんな些細なことで怒る暇なんてないんだよ。ウェスは彼と話し合って、アダムもそれに同意した。だからそのことはもう解決した、オッケー?」

「分かった」とジョナサンは言った。「でもその日、アンソニーも腹が立っているように見えた」

「アンソニーはいつでも腹が立っているに見えるから、慣れればいい」と慶浩は鼻で笑った。「彼はいつも物事を深刻に見すぎているだけだ。どんな些細なことでも、俺らが適当に言った言葉も、アンソニーはその言葉の中に別の意味があるじゃないか、もしくは何か企んでいるじゃないかと疑っていた」

 アンソニーが彼らに裏で噂話をする行為が嫌いだと警告したことを思い出すと、ジョナサンは何となく慶浩の言っている言葉の意味が分かる気がした。

「いつもそういう感じ?喧嘩ばっかり?」ジョナサンはそれらの喧嘩が彼によって引き起こしていないことを確認する必要があった。彼はじっと慶浩の表情を見ていた。

「いつもそうだ」と慶浩が答えた。「全員が自分の問題を抱えている。わかると思うけど、全員の問題が集まれば、ドカーンとなった。別に驚くことじゃない」

「どんな問題?」とジョナサンが尋ねた。

 アダムは劇に対してどれだけの執着があるのか、ウェスから聞いたことがあった。もしかしたら、それが彼の問題だったのかもしれない。

「どんな問題か……」慶浩は自分のあごをこすった。「例えばアダムは死ぬほど支配欲が強い人だということ。どんなことであっても、従順に従わせないといけない、わかるか?出来ればどんな事でも彼のコントロール下に置きたいと考えているんだ。多分彼は自分が書いたキャラクターが、彼の言葉に従っていることに慣れすぎて、この劇団は彼一人のものじゃない、誰もが彼の言葉を十戒にしないといけないわけじゃないことを忘れている」

 ジョナサンは頷いた。慶浩は彼を一目見た。「なんだ?」

「だから……」ジョナサンは少し考え込んだ。「劇団のメンバーたちは互いに友達だと思っているのか?」

「神よ」慶浩は頭を後ろに倒し、長い息を吐き、そして笑い出した。「何でもすべてのことに明確な答えを求めるわけ?世の中の色んなことに対して絶対的な答えがないこともある、わかる?」

 ジョナサンは真っ直ぐに彼を見つめた。慶浩の答えは彼が考えているほど甘くないことを示していた。慶浩は一口のアイスをすくって、それからスプーンをコップに差し込んだ。何秒か経った後、「俺らは同僚のようなものだ、わかるか?俺らは一緒に仕事をして、多くの時間をかけて一緒にいるけど、それは友達とはまた違う感じだ。君とハイリーのようなものだ」

 ジョナサンは少しポカンとした。「ハイリーがどうした?」彼はまさか慶浩がハイリーの名前を出すとは思わなかった。慶浩の口から聞くと、何とも言えないぎこちなさだ。

「君はハイリーと一緒に昼食を食べることを選び、俺らと一緒に座ることを拒絶した。それが友達だ。君は選択をし、そして君が選んだのは彼女だ。でももし俺らに別の選択肢があれば、絶対にお互いと一緒に座ることを選ばないと信じてほしい」

「何?」ジョナサンは眉をひそめた。

「オー、まさか気づいていないなんて言わないでね」慶浩は白目をむいた。「劇団は閉ざされた小さな世界のようだ。俺らがやっていることの全ては自分と関係をしているが、自分と『しか』関係がなかった。俺らは学校の中にある別のグループみたいだ、意味が分かる?」

「あなたたちがクールすぎて、誰とも入れたくないと思った」ジョナサンは急いでそう言った。「つまり、自分たちのスタイルがあって──」

「ほら、そういうことだ」と慶浩は言った。「その小説はわかるか?少年たちは一つの透明なドームに閉じられた。外の人は彼らが見えて、でも中の人は外の声が聞こえず、外の人も中の人の声が聞こえなかった。同じ世界に居ても、全く別々の世界にいるみたいだ。俺らの場合はそうだ」

「僕にはよくわからない──」

「いいか、ジョナサン。重要なのは、俺らには選択肢がないことだ」と慶浩は言った。彼は身を前に乗り出し、腕をテーブルに置き、ジョナサンをじっくりと見つめた。「俺の時間は全部劇団に費やしたから、劇団以外の友達がいないのだ」

 ジョナサンは俯いて、自分が集中してアイスを食べているふりをしていた。なぜかわからないけど、慶浩の眼差しを見て、急に苦しくなってきた。

「そして、知っているか、ジョナサン」と慶浩は言った。「それがなぜ、俺が君と一緒にいたい理由だ」

 ジョナサンはもう少しで甘いアイスにむせるところだった。「な……なんで?」

「だって君は俺らに属していないから」と慶浩は言った。「君が俺らに属していないし、これからも永遠に属することはない」

 慶浩の口調からジョナサンはそれがいいことなのか判断できなかった。最後に彼は「分かった」としか言えなかった。

「一つの言葉を贈るよ、ジョナサン」と慶浩は言った。「君のやるべきことをして、無駄な心配をするな。俺らがこれからお互いの結婚式に参加するか否かを心配するより、再来週のショーを心配すべきだ」

 それから、話題は別のことに変わった。ジョナサンはアイスを食べ終わった後、そこにどれくらいの時間を過ごしたのか分からなかった。慶浩の口は彼が想像しているよりずっと凄くて、彼がこんなにも喋れるなんて知らなかった──それに、彼は綺麗事を言うだけじゃなかった。彼は色々なことを知り、自分の将来に明確な目標があった。彼は国内全ての有名な演劇学院に申し込み、これからも舞台と演劇の領域で引き続き発展するつもりだ。彼は裏方よりも俳優になりたい。慶浩が演技の話をすると、ジョナサンは彼の目から舞台のスポットライトが見えそうだった。

 ジョナサンは認めざるを得なかった。この思いかけない朝に、彼が知った慶浩は過去すべての時間にいた慶浩の合計に勝っている──そして彼は本当に好きだ。

 アイスを食べた後、彼らはメッシカフェに行った。彼らは話を続け、何でも話した。慶浩が中学校三年生のルーキーとしての話から始めて、最近上映した映画の話までに終わった。彼らはカフェで簡単な昼食をとって、またそれぞれ一杯のスムージーを飲んだ。ジョナサンはほとんど時間を忘れた。気付いたら、カフェの側面にあるグラスウォールから夕暮れの光が差し込んだ。

 そして慶浩はジョナサンと一緒に歩いて帰った。慶浩はジョナサンの家の前の階段で指を振った。「今日教えたことは一つもばらすなよ、分かった?」

「もちろん」ジョナサンは歯を見せながら笑った。「絶対に」

「いい子だ」慶浩は微笑み、そして振り返って階段を飛び降りた。「じゃあな、ジョナサン。またね」

 ジョナサンは彼が歩道の終わる所に向けて歩いて行く姿を見て、満足そうに息を吐き、家のドアを開けた。

 リビングルームで、ジョナサンの両親とハイリーはソファーに座っていた。ジョナサンが家に入ると、三人の目は一斉に彼を見つめた。

「ワーオ、ハロー、ハイリー」ジョナサンはポカンとした。「何でここにいる?」

「何でここにいる?」ハイリーは微笑んだ。「ジョナサン、何か忘れてない?」

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