第1章

「だから、火曜日の夜ね?」ハイリーが聞いた。「時間はこれで確定よね?もう変更はないよね?」

「うん、もちろん。火曜日の夜で大丈夫だよ」ジョナサンが答えた。

 ハイリーは青いプラスチックチェアの背もたれに寄りかかって、オレンジジュースの入った紙コップを持ち、ストローに口を付けながら少し微笑んだ。「よし、食言しないでね。もう十分太ってるんだから」

 たとえ、それが冗談だとわかっても、ジョナサンは思わず頭を下げて自分の腹をチェックした。Tシャツに隠れた筋肉はがっちりしているとは言えないが、絶対に「太っている」レベルではなかった。「ちょっと、毎回ドタキャンしているような言い方するなよ。公平に見たら、いつもちゃんと連絡しておいたし」と、ジョナサンは抗議した。

「うん、そうだね」ハイリーは目をキョロキョロさせた。「あのねえ、前回、あんたが約束の時間の五分後に電話でお母さんの服をクリーニングに出すって言ったでしょ。その前は、英語の授業で誰かのせいで、時間通り会えなかったでしょ。あ、そうそう、まだあるよ……」

「もういいよ、ハイリー様」ジョナサンはお手上げのポーズをした。「僕の母さんがどんな人か知っているだろ?もし、クリーニングに出さなかったら、一か月外出禁止だぞ。母さんは多分『そんなに家にいたかったら、これからは毎日家にいなさい』と言うんだろ。人が他に用事で出かけるかなとかお構いなしだからな。それと、英語の授業のときは──」

「それもう聞いた。二回も言わなくていいよ」ハイリーが白い歯を見せて笑った。「あんたを責めるつもりはないよ。いい、ただそう思うのよ。あんたはいつだって他の人を助けるヒーローだなって。そして、あんたの友達――一番の親友を、ほったらかしにしちゃうけど」

 ジョナサンはハイリーの顔を見つめた。ハイリーの表情は軽やかだった。黒い眉が彼女の顏に温和な表情を表すカーブを描いた。ハイリーは本気ではなかったが、彼女の話を聞くとやはり自分が責められているような気がした。

 ジョナサンはハイリーの言っていることが正しいのはわかっていた。ハイリーが『ヒーロー理論』に言及したのは初めてではなかったが、彼女が以前に使った言葉は『メサイアコンプレックス』だった。ハイリーはジョナサンがいつも他人の頼み事を断れない、誰かのメサイアになりたいことが、まるで人助けこそが自分の使命だと思っているようだと言った。ジョナサンは全面的に否定することができなかった。なぜなら、本当にヒーローになりたいと思う時があるからだ──例えば、学校のいじめっ子がロッカーの傍で他の学生からお菓子をかつあげすることの阻止や、先生がファイルや書類の整理を誰かに頼みたいときに手伝うことといった具合だ。しかし、それは自分のせいではないと思っていた。ジョナサンは誰もが注目されたいと思っていた。たとえその思いが他人に認められても認められなくても。誰しもが眩しいスターになりたいのだ。自分がもっと必要にされたかったのだ。

 しかし、ジョナサンがそのような行動を起こすとき、彼が浴びる注目が微々たるものだったのが悲しい現実だった。もしこれが本当にメサイアコンプレックスなら、効果は少しもないだろう。彼は何者?単なる入学したばかりの新入生。学校を牛耳っている不良たちの間では、ジョナサンは路上の砂利よりも目立たない存在だった。ジョナサンの勇敢な行動を誰も気にしなかった──大半の人間はストレートに彼の存在を気に留めなかった。ただ一回だけ、いじめっ子と不運なオタクの間に割り込んだとき、彼は突き飛ばされ、床に叩きつけられたことがあった。彼に手を差し伸べたのは他の学生でなく、そばに立っていたハイリーだった。ハイリーはジョナサンの代わりにリュックのショルダーベルトを締めてから、低い声で彼に言った「バカ。次のターゲットにされないでよ」

 だから、その通りだ。ジョナサンはメサイアコンプレックスなのかもしれない。しかし、ハイリーは彼に対して自分の好きな女──いや、正確に言えば男のために、友達のことを忘れるような人間だと言ったように。

「もう、頼むから──」

「いや、別に嫉妬してるんじゃないからね?」とハイリーは言った。「本当、あんたがラッキーなのは一番の親友が心の広い現代っ子ということね。確認なんだけど、今回歴史の宿題は何があっても遅れちゃだめよ。本当に大丈夫?」

「大丈夫」と、ジョナサンが約束した。「火曜日夜七時、メッシカフェでね。ドタキャンしたら一週間分のランチおごるよ」

 そう言うと、ハイリーは小悪魔のように微笑んだ。「交渉成立」

 ジョナサンは今回、自分にとって大きな賭けだとわかっていた。しかし、またハイリーに弱みを握られるわけにはいかなかった。ハイリーを冷遇することは間違いなくジョナサンの本意ではなかった。二人は放課後に同じ道を通って帰っていたから。

 ハイリーとジョナサンが友達にならないはずがなかった。二人は生まれた時から隣同士だった。二人の家の前の庭の間には低いフェンスしかなかったから、幼稚園時代は、毎日登園するときに必ずハイリーと顔を合わせていた。二人の母親はおしゃべりしながら二ブロック先の託児センターへ預けていたのだが、小さい頃のジョナサンは最初ハイリーと目を合わせる勇気がなかった。ハイリーはかなり幼い頃から元気いっぱいの女の子であって、そのエネルギーはジョナサンを驚かせた。彼女が初めて彼に話しかけた言葉が「ハロー」で、それがまるでライオンの咆哮みたいな声だった。幼稚園では、ハイリーはいつも他の男の子と遊戯施設で遊んでいた。彼女はいつもブランコを一番高く漕いで、危うく上で回転するところだった。また、鉄棒での懸垂も他のどの男の子よりも回数が多かった。

 ジョナサンは一つだけハイリーに勝ったことがあった。それはかけっこだった。ハイリーが何度も挑戦を申し込み、ジョナサンもついにはしぶしぶ受けた。二人はマーカーで幼稚園の遊技場に曲がったスタートラインを描いてから、向こうの壁をゴールにした。もう一人の男の子が大声でスタートの号令をかけると、ジョナサンがロケットスタートを決めた。ジョナサンは息を切らしながら壁にタッチして振り向くと、ハイリーはちょうど砂場を超えたところで、壁までまだレース距離の三分の一が残っていた。

 それから、二人は友達になった。二人は一緒に幼稚園を卒業して、一緒に小学校に入学し、一緒に小さな子供から少年少女へと成長した。時が経っても二人の間に距離が生じることがなかった。子供なら異性を避ける時期を経験するが、二人はなかった。思春期にジョナサンはハイリーを見る目が変わることもなかった。実際、彼にとってハイリーが持っている全ての性質に「性別」の項目がなかった。

 そう、あの時までは。およそ六年生の頃、学校である女子がジョナサンに、彼はハイリーと付き合ってるのかを尋ねてきて、彼は驚きながらハイリーが確かに女子であることに気づいた。「女性」という概念が遂にジョナサンの頭の中に入ってきた。そして、もはやただトイレの入口に表示されている名詞ではなくなった。それから、ジョナサンはハイリーの女性としての部分に意識が向くようになった。

 しかし、そのことで二人の付き合い方があまり変わることはなかった。ハイリーはジョナサンの家族同然だった。お互いの家で夕食を食べた回数、そして泊まった回数は他の追随を許さず、二人の関係は一般的な男の子と女の子とは違った。

 そう。だから、ジョナサンがハイリーを冷遇することは不可能であった。

 二人は向かいの席で昼食を食べ続けた。ジョナサンのトレイにはフライドポテト、ハニーマスタードとケチャップがあって、そしてバーベキュー味のポテトチップス一袋もあった。ハイリーはサラダをたくさんよそった。彼はずっとサラダのおいしさはよくわからなかった。特に、ハイリーはソースさえかけないから尚更だった。

 学生食堂の両開きドアを誰かが開けた。今回は少し力がかかっていた。おしゃべりの声が風と一緒に食堂に入り込んだ。ジョナサンは顔を上げて、あの学生たちが見える前に、彼らが学校の劇団のメンバーだということを知っていた。

 声が混ざり合う中、ジョナサンには真っ先に慶浩の声が聞こえた。なぜかわからなかったが、慶浩の声はいつも人の流れを越えて、ジョナサンの耳に届いた。もしかしたら、彼、慶浩のアクセントが原因かもしれない――慶浩はアメリカで生まれた韓国系の人だが、彼が話す英語は普通の白人が話す英語とは異なり、ジョナサンはその原因が彼の家庭では未だ韓国語が主な使用言語の一つではないかと推測した。でも、ジョナサンは彼のアクセントが気にならなかった。むしろ、それが慶浩個人の最も特別な部分の一つだと思っていた。

 劇団のメンバーはいつもの席に向かって行き、ジョナサンの視線も彼らと共に移動し、慶浩がグループと歩いている姿を見ていた。彼らがジョナサンのテーブルと平行の通路に来たとき、慶浩はグループ内の別の男子に向きを変えて会話をしていた。その男子の名前はアダムで、ジョナサンとは過去に何回か話をしたことがあった。慶浩はジョナサンを指しながら、アダムに対して眉を吊り上げた。ジョナサンが見ていた間、アダムは唇を噛んで、両手を胸の前で組み、肩をすくめながら「ご自由にどうぞ」とジェスチャーした。それから、慶浩はグループから離れて、テーブルの間の通路を通って、ジョナサンのもとまでやってきた。

「やあ、ジョナサン」慶浩は大きな歩幅でテーブルに来て、手をテーブルに寄りかかった。ハイリーは眉を上げながら慶浩を見ると、慶浩はようやく彼女の存在に気づいたかのように、口角を上げて「ハイリー」と付け加えた。

 ジョナサンはなぜ慶浩がいつもハイリーに対してこのような敵対的な態度をとっているかわからなかった。ハイリーは直接に慶浩に酷いことを言ったことはなかった。実際に彼らはあまり会話しなかった。慶浩が数回ジョナサンを授業が終わった後、パーティーに誘って、ハイリーも参加した。劇団の団員は彼女と仲良くなったが、慶浩だけはハイリーを見て見ぬふりをしていた。

 そのことに誰も気づいていなかった。実際のところ、ジョナサンだけが少し疑問に感じていた。彼らの態度は本当に交流がないように見えたが、ジョナサンは知っていた。慶浩の個性からすれば、彼は絶対話すことがないということがないだろ。彼が誰かと話をしないなら、それは絶対に彼がそうしたくないからだ。

「やあ」

 ジョナサンは無意識のうちに手をテーブルの上から下におろして、ジャケットのポケットに入れた。彼の指がまだフライドポテトの油で汚れていたが、慶浩の前で拳を握っているところを見せたくないから隠した。

 知り合って少し時間が経っても、慶浩と話すときにジョナサンは少ししどろもどろしていた。それは自分が緊張しているのか、あるいは恥ずかしいのかジョナサンははっきりとはわからなかった。自分の好きな男と接しているなら、気持ちはどのようになるのだろう?

 ジョナサンはこれまで誰かを本気で好きになったことはなかった。少なくとも慶浩と出会う前にはなかった。実際、慶浩と出会って初めて、「好き」とは何かを理解し始めた。

 小学生の頃、ジョナサンは自分がハイリーのことが好きだと思っていた。それはなんとなくの好感であり、曖昧とした形容詞であった。ハイリーと一緒にいる時間が好きだった。ハイリーの部屋のベッドに横たわりながら、彼女と一緒に天井に貼られた星空の張り紙を見て、将来は一緒に宇宙飛行士やNASAの研究者になると言葉を交わすことも好きだった。ジョナサンはハイリーが大声で笑う姿が好きだった。彼女の男のような喋り方を聞くのも好きだった。

 ハイリーとの間の暗黙のルールも好きだった。二人ともオレオをミルクセーキに加えることが好きで、スイスチョコ味のアイスクリームが好きだった。イチゴジャムとピーナッツジャムを一緒に塗ったトーストとLサイズのオレンジジュースの組み合わせを朝食にするのが好きだった。ハイリーが目を見開き、頬を膨らませたとき、ジョナサンは彼女が自分に対して「バカ」と叫ぶ準備をしていることを知った。そして、ハイリーが認めたことはないが、スポンジ・ボブのアニメを見るのが好きだということも知っていた。

 ハイリーと一緒にいることがジョナサンに対して呼吸のような自然のことだった。六年生のとき、ハイリーと付き合ってるかと聞かれたとき、ジョナサンは「付き合ってる」というのはこういうことなのだろうかと考えたこともあった。 彼は「ガールフレンド」という言葉を頭の中で考えたことがなかったし、それからも考えたことはなかった。 ハイリーもそれについて彼に尋ねなかった。まるでそれがあまりにも陳腐で幼稚で、二人の関係はそれらの名詞の定義を超えていると思っているようだった。

 他の女の子と一緒にいても、ハイリーと一緒にいるときのような感覚はなかった。しかし、慶浩と接する時は、なんということだろう、ジョナサンにとっては全く違う感覚だった。

 たとえば、心臓の鼓動が早まるような反応だ。ジョナサンは、映画や小説はそうした感情を誇張していると思っていたが、それが誇張ではないことを、今知った。 慶浩がテーブルに立っているということだけで、ジョナサンは手のひらに汗をかいた。心臓の鼓動が聞こえてきそうだった。それが自分の心が乱れている証拠だとわかっていても。

 慶浩に初めて話しかけられたとき、ジョナサンはショックで校門のスロープの手すりから飛び降りそうになった。それは一時間目の授業前、ハイリーと他愛のない話をしていた時のことだが、ハイリーとの会話の内容は今となっては思い出せなかった。実際、慶浩が口を開いた瞬間、ジョナサンは自分がハイリーとの会話でどこにいたかを忘れてしまった。数秒間、彼の脳裏に焼き付いていたのは慶浩の声だけだった。

「ジョナサン、だよね?」

 リュックを背負い、ポケットに手を突っ込んだ慶浩は、ジョナサンに対して眉を上げた。

「あ、うん」ジョナサンが返事した。 「どうした?」

「どうした?挨拶するのに、理由なんて必要ないだろ?」慶浩が言った。

「でも、僕は君のこと、よく知らないし」ジョナサンはそう言ったが、その言葉をすぐ後悔した。

 それは慶浩を笑わせた。 「ああ、でも、君が俺を知りたいことを知ってるよ」

「え?」

「まさか、君たちの声が聞こえないと思ってるんじゃないのか?」慶浩は自分の手を伸ばし、ハイリーとジョナサンに指した。この会話が始まってから、慶浩がハイリーの存在に触れたのは初めてだった。「一昨日、放課後に劇場の外ですれ違ったな。彼女に俺が誰なのか聞いたよね」

 ジョナサンは数秒間、何も言えなかった。慶浩に二人の会話が聞こえたことは、本当に知らなかったのだ。彼の頭に最初に浮かんだのはあの出会いのことで、二人の距離がどれくらい近かったか、そして慶浩に自分とハイリーが聞こえるほど近かったかどうかを推し量ろうとした。次に思いついた考えは、「考え」というほどのものではなく、「オーマイゴッド(Oh my God)」というシンプルな三つの単語だけだった。

 慶浩が言及するまで自分の顔が真っ赤になったことに気付いていなかった。

「小さな女の子みたいに緊張しなくていいよ」慶浩が安心させるために言った。「俺、人を噛まないから」

「あ、うん」ジョナサンがそう答えるやいなや、自分が馬鹿だと思った。

「『あ、うん』」慶浩がジョナサンの真似をしてから顔を振った。「バカみたいなことをしないでくれ、オッケー?」

 ジョナサンはまた同じ言葉を言いそうになったが、間一髪でやめて、ただ肩をすくめた。それに慶浩は微笑んだ。「スマートじゃん」と彼は言った。「またな」と。

 慶浩は学校のドアを押し開けて入っていった。ジョナサンは、ハイリーが彼の肩をぽんと押すまで、彼の後ろ姿をじっと見ていた。 彼はまばたきをして、突然、ハイリーがまだそばにいることを思い出した。

「おーい、ジョナサン」とハイリーは言った。「このままだと手のひらから血出ちゃうよ」

 ジョナサンは自分が拳に握りしめて、手すりを押し付けていることに気づいたのはそのときだった。彼はようやく、手のひらに刺すような痛みを感じた。 彼は手のひらを開いて、腕を振り払った。

「夢、叶ったわね」ハイリーがからかうようにジョナサンに微笑んだ。

「何を言っているんだよ?」ジョナサンは手すりから飛び降りた。

「慶浩のことよ」とハイリーが言った。「あんたと友達になりたいじゃない、パーフェクトじゃん」

「バカ言わないでくれ。慶浩の話し方を見たか? 自惚れ屋だぞ」ジョナサンが言った。

 二人は一緒に校門に向かって歩いた。「でも、あんたはそれが好きみたいね」ハイリーが目を細め、口の端に悪戯っぽい笑みを浮かべた。「ワオ、ねえ、あんたのその目つきを見てよ」彼女は首筋を手であおいで息を吐いた。

「バカにするなよ」ジョナサンはまたそう言った。

 しかし、その日の午前中に受けた授業で、ジョナサンはほとんど何も聞いていなかった。 脳内では慶浩との会話が何度も何度も再生され、そしてハイリーが正しい、自分はそれが好きなのだと自分に言い聞かせた。

 そして今、慶浩が目の前に立つと、彼の心の中にあった緊張感がよみがえった。

「ランチは美味しかったかい?」 慶浩が尋ねた。

「うん」とジョナサンは答えたが、慶浩が昼食の話をしに来たのではないことは知っていた。「どうした?」

「うん、いいね。 あの、ジョナサン、手伝ってほしいんだ」と慶浩は言った。

 その瞬間、ジョナサンの頭の中に無数の可能性が浮かんだが、どれももっともらしいとは思えなかった。慶浩が?彼の助けが必要なのか?

 ジョナサンの表情すべてが慶浩に読まれたようだった。「うちの劇団に参加してほしい」慶浩はそう言った。

「えっ?」

 何だって。今出てきた無数の可能性の中で、これはジョナサンの頭にはまったく浮かばなかった。「演技」を自分と結びつけて考えたことがなかったからかもしれないし、慶浩や劇団が自分とは違う次元に存在していると感じていたのかもしれない。ジョナサンは、慶浩が手を挙げ、目の前で指を二回鳴らすまで、唖然とした表情で慶浩を見つめていた。

「うちの劇団に金髪の奴いるの知ってるよね。巻き毛のアダムのことじゃなくてベンだ。背が高くてガッチリした体型の奴」と慶浩は言った。「前に会ったことがあるんじゃないかな。一緒にハンバーガーを食べに行ったときその場にいたよ」

 ジョナサンは慶浩が言ったその男子のことを覚えていた。彼は慶浩や他の劇団の主要メンバーと同じ、上級生だった。ベンは少なくともジョナサンから見ればいい奴だったが、ベンが自分から話しかけてくることはなかったからよくわからなかった。上級生がみんなそうなのかどうかはわからないが、新人のことを真剣に受け止めず――悪口を言うわけでもなく、まるで気づかないかのように無視するのだ。ベンは他の劇団メンバーとの関係が良好なのだ。ハンバーガーを食べる時は、みんなが当たり前のようにポテトをベンの前の箱から取り出して食べていた。

 ジョナサンは頷いた。「うん、覚えているよ」

「だろ」と慶浩が言った。「それで、やつは次の演劇に出演する予定だったんだけど、このバカは二週間後に引っ越すらしい。つまり、本番の日に、このあんぽんたんはもうこの町にはいないってこと」

「引っ越し?」とジョナサンは言った。 「でも、みんな卒業を控えているのに、なぜ――」

 慶浩は思わず横に手を振った。「なぜ引っ越すかは知らない。あいつも言わなかったし、俺たちも敢えて聞くことはしなかった。今わかっているのは、役が空いたままということ、そして親愛なる脚本家様が大切な脚本をそのままにしておきたい、ということだけさ」。慶浩は身を乗り出し、ジョナサンの顔をじっと見つめた。「それで、助けて欲しいんだけど?ん?」

 ジョナサンはその演劇のことを知っていた。先週、学校の入口を入ってすぐの廊下で、掲示板に大きなポスターが貼られ、その前にチラシの入った小さな箱が置かれていた。

 演劇のテーマは人種差別(主役の男性二人はちょうど白人と黒人が一人ずつだった)、そして近年話題になっているLGBTの問題(主役の二人は最後に恋人へ発展した)であり、ジョナサンは公演を見に行く予定だった。

 しかし、自ら役者として出演することは?それは完全にジョナサンの想像外だった。

 慶浩の目からまるで炎が燃え上がっているような熱意を感じた――しかし、それは自分が考えすぎだとジョナサンは知っていた。彼は歯を食いしばっていた。これは貴重な機会だ。校内で最も人気のグループのひとつに加わるだけではなく、これから二週間、慶浩と一緒に演技に臨むことになるからだ。

 ジョナサンはいつも、自分が何をやるにせよ、卒業するときに振り返ってやってきたことを誇りに思えることを願っていた。

 だから彼はまた頷いた。「ああ、もちろんだよ」ジョナサンは、まるで今日のランチに何を食べるか決めるように、その決断が大したことでないかのように、リラックスした声を出そうとした。「あの、僕はいつ皆と練習するんだろう?つまり、君たちはもう最終リハーサルの準備をしているんだよね?」

 慶浩は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、肩をポンと叩いた。

「最後の段階からさ」と慶浩は言った。「それじゃ、火曜日の夜、劇場に集合でいいか?」

「もちろん、大丈夫だよ」とジョナサンは答えた。

「パーフェクト」慶浩は背筋を伸ばした。「火曜日に会おうな、新人さん」

「うん、また会おう──」

 ジョナサンが言い終える前に、慶浩はもう立ち去ろうとした。ジョナサンは彼がグループのいる場所へ戻るのを見た後、向かいに座っていたハイリーがコホンと咳をした。

「あ、どうした?」ジョナサンがハイリーに目を向けた。

「あのね、何か忘れてるでしょ」ハイリーが眉をしかめて、口角を半分上げて微笑んだ。

 その瞬間、ジョナサンが突如思い出した。来週火曜の夜。彼らは歴史の宿題をやる予定だった。最悪だ。

「一週間分のランチ、ありがとね、ジョナサン」ハイリーが平静とした口調で言った。

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