第十一章 地下室のコレクション(4)
陸子涼は軽くゾッとした。
彼は顔を上げると、月下老人の後ろに、黒い服を着た二人の鬼差が立っていたことを見た。彼はもっと後ろに見てみたら、陸子秋の姿がいなかった。
「……」陸子涼は囁いた。「そうか」
月下老人は中に入って、紙と筆を取り出した。「君に陳冤状を約束したので、あらためて書くけど、まだ何か願い事があるのかい?申してみな」
先ほど果物を食べてから、また飴を食べた生き生きとした姿と比べると、陸子涼は少し黙り込んでいたように見えた。
「特にはない。これでいいんだ」と陸子涼は言った。
月下老人はしばらくの間考え込んでから、筆を持って書き始めた。
「あのとき、もう一回のチャンスを与えてくれて、ありがとうございます。俺、本当にありがたいと思っている」
月下老人は筆を止め、拳を握りしめた。
「俺、元々神様に対して、いい印象を持っていなかった」陸子涼は小さく笑った。「まさか本当に俺のことを恵んでくれる神様がいるなんだね」
月下老人が書き終わった陳冤状を折りたたみ、黒い封筒に入れて鬼差に渡した。そして、月下老人はこう言った。
「それは、君自身が努力して獲得したチャンスだった。人生とは、神に希望を託しているものではないから」
二人の鬼差が扉から出て、ちらっと後ろを見て、陸子涼についていこうと指示した。
陸子涼は最後に月下老人を見て、「ん、じゃ、行くわ。お参りが盛んで……ありますように?早く雨漏れを直してね」
彼は鬼差たちに目を向いて、敷居を跨ごうとするとき──
「君は君たちの赤い糸の重さを知りたくないのか?」
陸子涼は急に立ち止まった。
すると、彼はある力に引っ張られ、二歩後退した。古びた木造のドアが、再び彼の目の前にバタンと閉まった!
陸子涼は身を振り向いたら、鬼差が入ったときに隠されていたあの天秤法器が、またもや供物台の上に現われた。
月下老人の若い顔には何の表情もなく、澄んだ瞳が彼を見つめていた。
「君、まだ測っていない赤い糸はあるのかい?」
陸子涼は口を開いた。「……ある」
白清夙とデートしたあの夜、彼は白清夙の身から一本の赤い糸を手に入れ、彼の赤い糸でできた指輪の中に収めていた。
月下老人は手を上げ、指先をひねると、ぴかぴかと光っている一本の赤い糸が陸子涼の手から漂って、天秤へ飛んでいった。
陸子涼は自分の心臓がドクンドクンと高鳴っていると感じた。
赤い糸がゆらゆらと舞い落ち、木の円盤に落ちついた。
……パン!
天秤の両側が激しく揺れて、チェーンがシャランシャランと鳴っていた!もう生き返るの見込みが明らかにないのに、陸子涼は思わず息をのんで、目盛りを示す赤い糸の輪の動きを見つめていた。なんと数字の「
六と二分の一目盛りのところで止まっていた。
陸子涼は黙り込んでいた。
陸子涼は白清夙と別れてから、ずっと敢えて無視したあの悲しみが、突然鼻の奥に湧き上がっていた!
陸子涼の目から一粒の涙が零れ落ちてきた。
白清夙は叶わぬ夢のようだった。
白清夙にひどく傷つけられ、あまりにも痛かったので、白清夙のことをすっかり忘れたいと思っていた。それでも心の奥に、二人の間にご縁があると密かに期待していた。
陸子涼は手を上げ、涙を拭いた。少し鼻声で冗談めかそうとした。
「たった一回のデートで、重さが一目盛りの半分も増えたね。残念ながら、八目盛りまではまだまだの距離だからね」
月下老人は陸子涼の顔についた涙跡をしばらく見ていて、そっと言った。
「幼い頃、親に捨てられて、君は愛情が欠けてしまう定めなのだった。なのに、君は明らかにそれを変えたくなかった。私は相手がどんな人であっても、君は最後までも自分の心を捧げることはないと思っていた」
月下老人は手を伸ばして、陸子涼の指の根元に添えてから、中からもう一本の赤い糸を引き出した。
陸子涼は天秤へ漂っていったこの糸を呆然と見ていた。
「ご縁は二人を繋がっているので、もちろん一人の糸だけ測らないもの」
陸子涼に属するあの赤い糸は木の円盤の上に落ち、元にある糸と融合してから、淡い金色の光を放った。
木の円盤は下に押し付けると、目盛りを示す赤い糸の輪が再び動いた。なんと「
陸子涼の目がゆっくりと見開いた。
「陸子涼、君の赤い糸はもはや羽毛のように軽やかではないね」
月下老人は手を上げ、天秤の反対側からあの暖かい光の玉を取り出した。
「愛する人のために自分を犠牲にするなんて……この重さを見せてくれたのが君だなんて」月下老人はその光の玉を陸子涼の目の前に差し出して、やむを得ずため息をついた。「君は失敗してなかった。悲しまないで」
陸子涼の濃密なまつげが瞬き、涙がまたこぼれ落ちた。彼は呆然と、必死に贖うった自分の命を抱きしめ、とまどっていた。
「でも……でも俺の死体はもう……」
「君の死体は大丈夫だ」
月下老人は彼の肩を押して、そっと言った。
「目を閉じろ」
陸子涼はあまりの驚喜に動揺していた。彼はよく考えることもできず、ひたすら目を閉じた。
意識が暗闇に堕ちる前に、また月下老人のため息が聞こえた。陸子涼を戻らせることは、月下老人にとっては非常に難しい決断だったようだ。
「自分のことは自分で守らなければならない。今後、もしもそれができなくなると感じたら……」
月下老人が呟いた。
「私の供物台の下に隠れてきなさい」
◇
雨が丸一か月間降り続いてから、春爛漫の時期を迎えていた。
冬季にわたって続いていた王銘勝連続殺人事件が、遂に幕を閉じた。
この事件に実はまだ多くの疑問点があった。特に、四人目の被害者の身元確認については、検察官と警察官を非常に困惑させてしまった。しかし、最後に検視された遺体は、陸子秋であることが確認され、それにその死亡推定時刻の後、多くの警察官は生きている陸子涼が病院に入ることを見たので、最終的に殺害された者は陸子秋で間違いないと判定された。
死因は白清夙監察医が暗渠の中で判断したのと完全に一致した。
被害者と間違えられた陸子涼は、未だに行方不明だった。
丘の中腹にある城隍廟で彼を見かけたという人もいたようだ。
担当の検察官と刑事は何度も自ら訪ねて行ったが、何の成果もなかった。
天気は快晴になりつつあった。
多忙な地方検察署内、梁舒任は滅多にない隙間を取り、白清夙のオフィスのドアをノックした。
相変わらず、中からは何の返事もなかった。
梁舒任はそのままドアを押し開けた。案の定、白清夙は昨夜、彼が仕事が上がる前に見たように、机の前に座ってキーボードを叩いていた。
オフィス中が散弾銃で撃ちまくられたように散らばっていた。
机の上にも床にも、さまざまな事件の資料が埋まりつつあり、パソコンの周りには飲み終わったコーヒーカップがあちこちにあった。よりおぞましいのは、閉鎖空間に漂うまぎれもない死臭だった。
梁舒任は重ねた修養を使い果たして、なんとかその場で鼻を覆っていなかった。「また五日連続で当直に入ったそうだ。シャワーを浴びずに五日間も現場や病院を走り回っていたわけじゃないよね?」
約一分経って、梁舒任はすでに中に入って、全ての窓を開けて換気をしていたところで、白清夙はようやく口を開いた。
「浴びた」
では、この死臭はどこからなのか?梁舒任が振り返ったら、椅子の上に着替えた汚い服が山積みになっていたことを見たら、「あ、あれか」と嘆いた。
「事件なの?一緒に行こう」白清夙は言った。
「行きたくても行けない。あんたらの主任から強制休暇を命じたけど、通告読んでいないんだろ」と梁舒任は答えた。
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