第十一章 地下室のコレクション(2)

 白清夙は出なかったが、二通目はすぐにかかってきた。悠揚とした楽曲は悪霊の声を抑えた。その瞬間、リアルワールドの雨音が鮮明になってきた。

 白清夙は歩きながら、電話に出た。

 梁舒任の声が耳に入った。上品である検事はこれほど慌ただしく話すことが滅多になかった。『陸子涼は双子の兄弟がいることを知ってるのか?』

 白清夙はうんと返事した。

『さっき、家族がここに来た。暗渠で発見されたあの遺体は彼のお兄さんの陸子秋だった!』

 白清夙ははっと動揺した。

 ありえない。

 いくら双子とはいえ、長年窺い狙っていた陸子涼を見間違えるはずがない。暗渠で見つけたのは間違いなく涼ちゃんだった。

 しかし……遺体がセンターに搬送された後、入れ替わった可能性があるだろう。そもそも、この頃、涼ちゃんの周りに、常に神様が干渉していた。

 白清夙の胸が死んでいるように静かだったが、突然再びドクンと高鳴っていた。彼の胸が激しく鼓動していた。「入れ墨は?陸子秋はあの入れ墨がなかったんだろ」と聞いた。

『入れ墨はまがい物だ』

 白清夙は携帯を持ち手を不意に下ろした。

 ──損害された死体は陸子涼ではなかった!

 まだまだチャンスがあるんだ。

 小涼の魂がまだ離れていなかったら、まだ生き返るチャンスがあるんだ!

 梁舒任の電話はまだ続いていた。『……もしもし?清夙?よく聞け。今日は家にいてくれ。どこへも行くな。あとで警察があんたの家へあんたのアリバイを調査しに行くんだ。王銘勝が殺された……』

 しかし白清夙は聞いていなかった。

 彼は老い廟公がくれたあの大きな傘を手に取って、また雨の中に飛び出した!

 陸子涼が紙紮人形から消えてから、白清夙はあの丘の山腹にある城隍廟を数えきれないほど何度も探しに行った。彼の呼吸が荒くて、足取りが慌ただしかった。山林の間に頻繁に行ったり来たりしながら、山に登るあらゆる道を歩んできた。

 だが、見つからなかった。

 どうしても見つからなかったんだ。

 彼はまるで神様に目を隠されたように、もう二度と小さな廟への道が見えなくなった。

 一方、月下老人の側殿の中で、陸子涼はぐっすり眠ってからすっきりと腰を上げた。

「雨が降っているのか」

 いつの間にか雨水を受けるたらいが床に置かれた。陸子涼は天井を見上げた。あの老廟公がなぜ修理する人を呼ばなかったのかをわからなかった。この廟は本当に修繕の職人を雇う余裕もないほど、貧しいのだろうか?

 陸子涼はプラスチックたらいを跨いで、殿外へ足を運んだ。どこにも月下老人の姿が見当たらなかったし、どこへ行ったのかも知らなかった。この小さいボロボロな廟は元々お参りが盛んではなかったのに、雨の日にはさらに参拝者が一人もいなかった。陸子涼は小さな廊下を渡り、正殿の外で立ち止まった。

 城隍爺の彫像が威厳で粛然に見えた。陸子涼はしばらく彫像を見つめていたが、神様が宿ると感じられなかった。

 彼の気分が突然重くなり、振り返ることなく、寂しげな側殿に戻った。

 この雨が長く降り続いた。

 冷たい風が湿った寒気に包まれ、どんどん殿内に入ってきた。陸子涼はたまらずドアが閉めたかったが、いかんせん彼は現在幽霊の身に戻った。しかも理性が保つ幽霊だった。この世の物体は彼にとってはとんでもない重さなので、ドアを閉めることはともかく、ドアリングを取ることすらできなかった。

 月下老人を待っても待っても帰らなかったため、退屈になる陸子涼は側殿の中であちこち触り始めた。動かないといけない。こうすると、あれこれとくだらないことを思いめぐらさないんだ。あの縁がない恋を思い出さないんだ。

 突然、彼は自分がテーブルの上に供えられた果物を手に取ることができると気づいた。

「供えたものはやはり違うんだな」

 陸子涼は興味津々で果物の皿から丁寧に選び、桃一個を取って、かじって食べていた。

 甘い果物を食べながら、敷居に座って雨音を聞いていた。彼は眼を閉じ、初めて死後に特有な静けさを感じた。世間から遠く離れることはこんな感じだったのか?

 その時、パラパラと雨が傘に当たる音が前方から耳に入ってきた。陸子涼がまぶたを開けると、一人の少女が果物とお菓子を持ちながら階段を上り、正殿に入ったのを見た。しばらくしてから、彼女が側殿に来て、供え物をを並べ、お線香を焚いたら、月老にお参りをした。

「信女……家は……月老星君から赤い糸を賜りますようお願い申し上げます……」

 陸子涼は眉をひそめた。

 赤い糸をお願いした頃の彼はこんな姿だったのか?

 彼は桃を食べながら、少女をじろじろと見ていた。彼女がぬらりくらりと呟いたことを聞くと、「じゃあさ、君はどんなタイプの人が好きなのかを言ってみなよ。言わないと月老はどうすれば知ってるのかい?」と笑いながら言っていた。

 少女はきっと彼の声を聞こえなかったけれども、不思議だったが、陸子涼が指摘していたら、少女は案の定自分の理想のタイプを説明し始めた。

「家柄が良くて、顔が整っている……ん、正直者。金持ちすぎる必要はないが、貧乏すぎることもない……」

 陸子涼を笑わせた。

 陸子涼は、「ええ、これが良い!」と笑いながら言っていた。「俺もこんなタイプがいいと思ってるよ。とても家族思いだろう。」

「じゃあ、なぜあんたがこんなのを選ばなかったのかい?」

 陸子涼は振り向くと、月下老人がいつの間にか戻ってきたことを気付いた。月下老人は敷居を跨いで、うんざりと陸子涼を睨みつけた。「いつもいかれた奴らを選んだじゃのう」

「……」陸子涼は反論できなかった。

 月下老人は少女のお願いを聞き、彼女に赤い糸を与えた。

 少女は嬉しく去っていった。

 陸子涼が桃を食べ終わってから、また飴を手に取った。「本当に彼女に家柄が良い正直者に会わせるのか?」と頬張りながら言っていた。

「他人のご縁を勝手に聞き込むな。」

「じゃあ、廟のドアを閉めてもいい?寒いから。誰かが来ると開ければいいのよ」

「あんたが寒い?」月下老人の手が赤い糸を巻いていたが、話を聞いたら、彼に険しい目つきをした。

 次の瞬間、廟のドアがパタンと閉まった。

 月下老人は果物の皿を押した。「飴なんて食べるな。子供かよ?果物を食べな」

 陸子涼はちぇっと、「なんで誰も柿を持って参拝しに来ないのか」と言った。

 月下老人はあまりの怒りに、危うく笑い出した。「選り好みをするのかい?寒さで死んじまえ!」

 陸子涼はあらためて大きくない果物の皿で選び、最終的にみかんを剥いて食べた。「酸っぱっ」

 月下老人はバカ者を見ているようだ。「飴を食べてから、みかんを食べるのはどこの誰だよ。桃をもう一個食べたら?」

「機嫌が悪そうだね」陸子涼は口の中の酸味を耐え、何とか勇気を出して、次の一房を食べた。「何があったのか?」

 月下老人は返事をしなかった。

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