第十章 殺人鬼(2)

 陸子涼は風のように猛ダッシュしていた。角を曲がると、彼の命を絶った男が見えた。

 王銘勝だ。

 王銘勝は後ろから追ってきた足音が聞こえたようで、既にたち止まって、追いかけてくる者を待っていた。彼の周りに砕けた顔の幽霊が男二体、女一体の計三体が付いた。どれも担架を見回っていた。その担架の上に横になっていたのは、陸子涼の死体だ!

 陸子涼がピタッと止まり、瞳孔が抑えきれず開いた。

 憎しみと恐怖心がいっぺんに湧いてきた!

 しかし次の瞬間、力尽く我に返った。

 彼の視線が自分の死体にしばらく目に留まった。そして三体の砕けた顔の幽霊をチラッと見た。あの女性の砕けた顔の幽霊の服装は、先程入ってから発見した殺害されたスタッフのとまったく一緒だった。間違いなく同一人物だ。それから、隣にいる男性の砕けた顔の幽霊の一人は、なんと駱洋だった。

 陸子涼の頭皮がいきなりヒリヒリしていた。

 どういうこと?

 なぜ被害者の皆が王銘勝の味方で、従順に振る舞うのか?

 駱洋は彼のことを憎み過ぎて、気が狂いそうなのでは?

「あれ?あれれ、お前か。クスクス、誰だと思ったのにな」

 王銘勝は来る者が陸子涼だとのことを見ていたら、あまりにも驚喜で紫黒色の目縁にくぼんでいる目が丸くなっていた。

「お前が来たら、あの方も来るだろう?あの人が姜姜を止めたんだろ?ね?」

 姜姜が先ほど彼らを攻撃した砕けた顔の幽霊のことだろう。

「あの方」については……

「気持ち悪いこと言うな。被害者のことをそんなに親しく呼ぶな。私の身体を返せ!」陸子涼が不快げに言った。

 王銘勝が大笑いをした。「この間、俺のことを思い出した時、ぴくぴくと全身が震えたのに、今日は、ハハ、よくも俺に怒鳴ってくれたな?死体を返せん。お前を殺した以上、お前は俺のものだな!」

「でたらめを言うな!いったい何がしたいのか!」陸子涼が腹を立てて言った。

 王銘勝は、「お前、クス、お前は本当に俺が殺した奴らの中で、一番かわいいやつだな。俺は今日さ、実はお前を狙っているわけじゃないさ。俺は俺らみたいな人間を見守っている神様を探してる。でさ、お前な、お前はすばらしい道具だよ!」と言った。そして、突然、陸子涼に手招きをした。

 その瞬間、陸子涼は抗しがたい力が彼の魂を封じ込めることを感じた!

 ──まるで見えざる長い鉤が彼を貫いて、強引に彼を連れ込もうとしたようだ。

 陸子涼はなんと思わず、前に二歩踏み出した。

 彼は恐怖におののき、全身全霊であの邪悪な力を激しく抵抗し、どうしても立ち止まった!

 王銘勝が驚喜して、「あれ?お前って、やはり特別だな」と言いながら、拍手をした。

 砕けた顔の幽霊の二体が陸子涼へ突っ走り、彼を掴んで、前に引きずって行った!

 陸子涼は、「放せ!」と叫んだ。

 王銘勝は、「お前は俺の手により死んだ今、もう俺に逆らうことはできないのよ。お前の命が俺に取られたから、俺のものになったのだ。理解しにくいのかい?」

 そう言いながら、王銘勝は突然、お化けのように、あっという間に陸子涼の目の前に現れた。冷たい指は陸子涼の額を押さえた

 陸子涼の目が急に見えなくなった!

 魂の底に戦慄が走った。

 この異様な戦慄が極めて強くて、大きい波が上から押し寄せるよう、彼の意識を深い暗闇に押して込んだ――

 その暗闇の中、陸子涼は雨音が聞こえた。

 雨は傘に当たり、パラパラと小さく鳴いた。そして、傘の穴から下へ滴り落ちてから、髪に辿り着いた。

 とても寒かった。

 あまりの冷え込みに震えが止まらなかった。

 山道の階段が曲がりくねって、下りていく。陸子涼が振り向くと、赤い糸を手に入れたあの日、傘を差し上げた人が見えた。

 王銘勝の笑顔が近くに見えた。

 王銘勝が彼に、「一緒に山から下りろよ?」と呪文のように呟いた。

 彼は何かの力に蠱惑されたように、無意識に王銘勝と一緒に傘をさして、山から下りて行った。

 王銘勝が、「もう遅いから、一緒に食事しない?」と言った。

 彼はそれで王銘勝と夕食を食べた。

 王銘勝がまた、「さっき買ったばかりだから、飲んで。駅まで送るよ……」

 彼はそれで王銘勝から手渡されたオレンジジュースを、飲んだ……

 無関心でぼんやりとしたイメージの中、王銘勝は優しい微笑みをしていたようだ。

 今あらためて見ると、王銘勝の口角が最初から最後まで不気味に上がっていった。

 陸子涼が怖くて深呼吸をした。

 王銘勝に完全に支配され、命が奪られた過程が頭の中で、一瞬にして膨らんでいた――

 彼は王銘勝の古いアパートに連れ戻されたことを思い出した。

 自分が短い間に意識を戻って、蠱惑から抜け出し、力尽くで抵抗していたが、王銘勝にひどく打ち倒した。

 床に倒れ込んでから、王銘勝にもっと強い薬を彼に打った。そして、彼は古くて小さい浴室に引きずり込まれた……

 床に鮮血が長く引きずられた。

 王銘勝が興奮しながらカメラを浴槽の端に設置し、彼に向って撮影をしたことを思い出した。

 浴槽の中、冷たい水が徐々に満ちていくことを思い出した……

 強烈な恐怖心が渦のように荒々しく押し寄せてきた。陸子涼の動揺している理性を激しく洗い流していた!

 陸子涼は苦しくもがいていた。手足に力が入らなくなり、震える一方で、コントロールすることすらできなかった。魂の底にある、殺人犯に対する大きな恐怖心が一瞬で彼の背中を屈ませ、服従させる。

 なるほど、そういう仕組みなのか。

 陸子涼の両眼がだんだん曇っていた。

 被害者が死ぬ瞬間の恐怖心は、殺人犯の支配を成し遂げた。

 人類の本能に刻む生存欲はこの場で、人を弱くさせ、屈服させた。

 陸子涼は死ぬ前に体験したすべての苦しみが刻々と繰り返しているのを感じた。

 彼は一秒でも屈服しなければ、王銘勝の邪悪な笑い声の中で、百回も、千回も死なないとならなかった。

 浴槽の冷たい水が徐々に満ちていた。胸に浸かっていて、口に、鼻にまで浸かっていた……

 重苦しい窒息感が心臓と肺を引き裂いた。

 痛い……

 陸子涼は力ずくであがいたが、苦しみがますます深刻になってきた。

 自分が狭い浴槽の中に沈んでいくと感じた。

 体が底を通り抜け、より深く暗い水中へ沈んでいった。

 水の中が王銘勝の邪念を全部凝縮してしまったようだ。残酷に取り扱える陸子涼の五感がますます増大され、この黒い水に浸された。目には王銘勝のあの興奮している顔が見えるようになっていた。耳には王銘勝の歪んだ邪悪の大笑いが聞こえるようになっていた。

 王銘勝が犯した様々な犯罪行為は、次々と陸子涼の耳と目に入り込んだ。

 陸子涼は、ほかの四人の被害者が遭った暴行を自ら体験していたようだ。

 彼は我慢できず、被害者の皆と一緒に悲鳴を上げ、死ぬまでもがき、血が続々と流れ出し……結局、死に至った。

 恐怖心と絶望は、この黒い水が最も渇望していた甘味のようだ。

 この果てしなく黒い水の彼方と奥底に、悪霊の集団が囲んで、眺めて、そして高鳴っていた。

 陸子涼の意識がどんどん落ちていた。水の一番奥底に沈んでしまった……

 この世で最も邪悪で恐ろしい脈流に触れた。

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