第十章 殺人鬼(1)

「君の話によると、君自身が自分の死体を暗渠に隠しましたか?」

 車を運転している白清夙が軽く聞いた。

 車はスピードアップをし、陸子涼の死体を置いてある検視解剖センターへ向かっている。

 陸子涼は目を閉じた。「ええ」

 この前、自分の死体のいる場所を感知できるが、次々と突発的な出来事が起こったので、陸子涼はしばらくの間確認をしなかった。今詳しく感知したいと思いきや、自分の死体が感知できなくて、死体との繋ぎが切れてしまったようだ。

 いったいどうしたんだ?

 陸子涼の手汗がかいた。

 白清夙が移動中にもかかわらず、自分の恋人の死後経歴についての話を聞いてから、瞳がひどく暗くなっていた。彼は心の奥底から湧いてくる残酷な感情を極力抑えようとしていながら、冷静に確認していた。「君の死体がダメージを受けたら、君はどうなります?」

 陸子涼ののどは固いものが詰まっているようで、言葉が出なかった。

 白清夙が無言でアクセルを強く踏み込んだ。

 窓から見える景色がどんどん遠ざかっていった。陸子涼の手がぎゅっと握りしめられ、小さく震えていた。しばらくすると、白清夙が手を伸ばして、彼の手を握り締めた。

「心配しないで。解剖は明後日のことですから、今なら、君の身体は大丈夫のはずです」

「……」

「王銘勝が君を浴槽で溺死させたと言いましたよね?」

「……ええ」

「彼はどんな手口で君をその部屋に連れ込みましたか?」

「細かい部分をよく覚えていませんが、彼は私に何かの飲み物をくれた気がします。彼も同じものを持っていたから、あまり深く考えもしないで……それを飲んでしまいました」

 車内の空気が一瞬で凍り付いた。

 白清夙の身から溢れ出した殺意があまりにも強烈のため、まるで見えるようになっていた。

 陸子涼が少し震えた。

 彼は突然、強い不安に襲われた。

 この不安感は検視解剖センターに到着後、センターの中から天頂まで昇っていく黒いオーラを見た瞬間、ピークに達してしまった。

 検視解剖センターが全体的に数えきれない幽霊に囲まれているようだ。冷たい空気が骨髄まで沁み込んで、目に見える限り、すべてが邪悪な黒いベールを包まれているようだ。それはまるで悪意を抱く邪霊を全員ここに取り巻いてきて、密かに何かを期待しているようだ。

 百鬼夜行の恐ろしい光景が陸子涼の目を衝撃的に泳がせていた。白清夙が無視してセンターへ入ろうとするのを見ると、慌てて手を伸ばして彼を引き戻そうとする。「ちょっと待ってください!」

 白清夙が彼を見つめた。

「君が中に入らないで!」陸子涼は緊張しながら言っていた。「死体安置所の場所を教えてください。自分で探しに行きますから」

「それはダメです」

「でも、ここにいる幽霊たちの様子がどこかおかしいです。君に――」その時、陸子涼は横目でちらっと何かを捉えたので、目を大きくなっていた。「あれ、あれは、血なんですか?」

 白清夙もそこへ目を向けた。そして左側の廊下のタイルの隙間から、何かの液体が流れてくるようだ。

 二人は開いた自動ドアを足早に通り過ぎた。明かりが明滅している廊下に、床に倒れていた女性の遺体を一体発見した。

 彼女の首に社員証をつけていた。頭顱が丸ごと砕け、顔にはろくな肉がついていなくて、骨が露出した。血と脳みそが流れていて、とても恐ろしい光景だ。

 陸子涼が口を塞いで、背を向けてから、からえずきした。

 彼自身の殺人事件現場のほか、今回は初めて死体を見るものだ。血の悪臭が抜け目なく、空気に漂っていた。陸子涼が呼吸するたびに、思わず吐き気がした。

 ですが、白清夙はいつもの顔をして、しゃがみこんだ。近くに散らばった赤いくずを見つめた。あれは赤レンガのかけらに見えるんだ。

 白清夙は立ち上がってから、すぐに陸子涼の手を引っ張って、走っていた。「早くしないと」

 陸子涼の呼吸が乱れている。「あのような砕け散った顔、駱洋も……王銘勝に殺害された被害者の中の一人が、あのように砕けられました!」

「王銘勝はもう普通の人間ではなくなりました。彼が家に忍び込んだあの日、彼の顔がまともに見えませんでした」と白清夙は言った。

「どういう意味ですか?」

「悪霊に触れて、悪霊に操られる殺人鬼は、いずれにせよ正気を失い、純粋な悪しき欲望に屈するものです。彼の魂は以前から汚されていたから、今は恐らく人間の皮を被った悪霊となり、生きている人間のない能力を使い始めているでしょう」

「でも彼はどうして……」

「彼は俺を狙っているのです」

 陸子涼の瞳孔が縮んだ。

 二人は全力で死体安置所まで走っていた。入ろうとした時、影から何かが不意に飛び出してきて、陸子涼に襲い掛かった。

 この人の顔は完全に崩れていて、血まみれの口を開けたまま迫ってきた。これより至極な恐怖はない!

 陸子涼は逃げ切った。「クソクソクソクソ――」

 なんでまた顔が砕けられた幽霊が出てきたの?これも王銘勝に殺された被害者なの?!

 砕けた顔の幽霊がうなりをあげて、再び陸子涼に迫ってきた。彼の狙いは確実に陸子涼一人だけだ。陸子涼の手元には護身用の武器も持っていないし、格闘技もやってないため、本能で身を守るしかできない。拳を上げ、そのキモい顔に強いパンチをした。

 血肉が飛び散った。

 砕けた顔の幽霊が、「カァアアアア――」と叫んだ。

 陸子涼はあの叫びを驚かされたから、もう一発パンチを打った。白清夙は後ろからあの砕けた顔の幽霊を掴んで、容赦なく投げ飛ばした!

 ポカン――

 砕けた顔の幽霊が壁にぶつかって、倒れてしまったが、次の瞬間、なんと這い上がって、またもつれてきた!

 白清夙は素早く陸子涼の前に立った。「遺体保冷庫はその中にあります!」

 陸子涼は少し喘ぎをし、振り返ってドアの向こうへ走った。しかしながら、保冷室の中、すべての保冷庫が開けっ放しで、白い布で覆われた遺体が晒されていた。寒気がして、恐ろしいほど不気味だ。

 王銘勝はもうここに来て、彼の死体を探した。

 死体の悪臭が鼻についたから、陸子涼は壁に手をかけ、気持ちが悪くてからえずきがした。しばらくして、落ち着くと、また走り出した。

 陸子涼の死体はすでにここにはいないんだ。

 保冷室の反対側に別のドアがある。陸子涼は金属テーブルをよけて、ドアを開け、追いかけた!

 ここの廊下はより暗かった。上の蛍光灯がどれでもパチパチと明滅している。黒いベールのような鬼気が明かりの中で流れ、厚く巻きあがったりして、淡く巻きあがったりして、視界を遮った。

 陸子涼はぐるりとまわりを見た。遠くからゴロゴロとローラーを押し込む音がかすかに聞こえたので、左へ追いかけた。まもなく、その音はますますはっきりしていた。

 誰かが担架を押しのけて進んでいた。

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