第九章 一目盛以上の愛(2)

 倉庫の地下室はいくつかの大型の多宝格を使って、ざっと間取りを取った。一番大きい「部屋」の中は大きなベッドとデスクが置いてあり、明らかに人に住ませるような場所で、あるべき家具は全て揃っていた。

 陸子涼は白清夙の背中から降りて、ゆっくりとこの環境を見渡した。

 ライトは明るくて、空気の中にも普通の地下室にある湿っぽくて息苦しい匂いがなく、逆に乾燥してすっきりとしていた。所々が綺麗に整頓されており、埃一つもなく、寝具からさえも日光を浴びた良い匂いが漂っていた。

 陸子涼は少し黙り込んで、ようやく入ってからの初めての言葉を発した。

「俺をここに閉じ込めるつもりですか?」

 果樹園の奥の倉庫の地下室……

 確かに映画の中の殺人鬼がやりそうなことによく似ていた。

「ただの仮住まいです」と白清夙は言った。「ここは隠蔽しており、主な屋敷よりも安全です。家に忍び込んであなたを傷ついた人は、未だに捕まってのないので、あなたがそこにいると、私は安心できません」

 白清夙はデスクの前の木の椅子を引っ張ってきて陸子涼に座らせ、手を伸ばして彼の頭の傷をもう一度検査しようとしたが、陸子涼は無自覚に避けてしまった。

 白清夙が固まっただけでなく、陸子涼自身も少しポカンとしていた。

 言葉にできない静寂が二人の間に広まった。

『ハッ……』陸子涼は急に心の中で思った。『何故彼と一緒に戻って来た?』

 さっき彼が月下老人の殿内で言ったその言葉で、また希望を持ったのか?

 昨晩は死ぬほど怖くて、必死で彼の傍から逃げたかったのに、こうもあっさりと連れ戻された。

 陸子涼は背もたれに寄りかかり、頭を俯いた。月下老人が彼に赤い糸を切らせた時、何故彼は躊躇した……

 前方、白清夙は跪いて、微かに頭を上げて陸子涼を見た。

 陸子涼はポカンとして白清夙と見つめ合った。

 白清夙の手は横に伸ばして、横の棚から一つの鞘がついているナイフを取り出したのを見た。鞘から尖った刃を出し、キンという音がして、ライトに照らされて驚愕の光を放っていた。

 陸子涼は殆ど何も感じられないように、その怖い刃を見つめていた。

「これが俺の呪いだろう」と彼は心の中でそう思った。

 誰かと親しくなりたいと思った度に、誰かに酷く傷つけられる呪い。

 陸子涼の視線は刃から離れ、急に手を伸ばして軽く白清夙の顔に触れた。

「結局、あなたは俺を殺すつもりですね」

「違います」

 白清夙はナイフを陸子涼の手のひらに乗せた。「もし脅威を感じたら、そのナイフで私を刺してください」

 陸子涼の空っぽの瞳の中は、ようやく再び少し波打った。今日彼にナイフを渡したのは、これで二人目だ。彼は一体どれだけ無力そうに見えたのか、誰もが彼に自衛するための武器を手渡さずにはいられなかった。

 ずっと少し茫然とした陸子涼の視線は、ようやく白清夙に焦点を合わせ、白清夙の様子がはっきりと見えた。

 今の白清夙は非常に狼狽えているように見えた。

 全身がびしょ濡れになり、濡れた前髪は額の前に垂れており、水が止まずに滴り落ちていた。地面は冷たいのに、白清夙は跪いて、単に陸子涼が隠そうとした目を下から見上げるためだった。

 陸子涼は彼と暫くの間に見つめ合っていた。

 コロン──

 ナイフは地面に落ちた。

 陸子涼は白清夙の顔を押さえ、「教えて、あなたの想像の中に、あなたは俺をどうしたいのですか?」と真剣に尋ねた。

 白清夙は、彼がすぐにこの質問をすると思ってもみなかったようで、薄い唇をすぼめて、首に力が入って頭を横向きにしようとした。「小涼……」

 陸子涼は両手で彼の顔を固定して、彼を逃がさなかった。「一回だけチャンスをあげます。今言わないのなら、今後言いたくなった時、俺も聞きません」

 それを聞いて、白清夙は頭を横向きにする力をやめた。

 これは明らかに自白するチャンスだけでなく、彼が許しを得られる大切なチャンスだ。

 白清夙の瞳は黒く、深淵のように黒く、何の光も反射できなかった。彼の髪についている水滴が滴り落ち、涙のように肌に沿って流れ落ち、彼の冷たくて奥まる顔に脆弱さを増した。

 この問題に対して、白清夙は明らかに躊躇って、深くて静かな瞳の中はもがいており、自分の本当の考えを口にすれば、取り返しのつかないことになってしまうことを心配していた。

 長く経った後、白清夙はゆっくりと口を割った。

「私はあなたを切り裂きたいです」

「他には?」

「直接にあなたの体温を感じたいし、あなたの内臓に触れたいです。あなたが苦しんで、無力な声が聞きたいです……」

 白清夙は陸子涼の手を握って、目を落として彼の手首にキスをした。「ごめんなさい。昨晩、私は急にこの邪悪な欲望を抑えられませんでした。本当にコントロールできませんでした。私がナイフを持って近づいたのは、実はあなたと相談したかったのです」

「相談ですか?」

「私は、あなたを切り裂いて私に見せてもらえないかとあなたに聞きたかったのです。私はあなたを元に戻すことを保証します。あなたを縫い直して、あなたが健康になるまで、一生懸命にあなたの面倒を見ます」

「……」

「私はあなたのどんな望みでも叶えさせるし、あなたの面倒もちゃんと見ます。その後、もしあなたが離れたいのなら、いつでも離れます」白清夙の唇は陸子涼の手首の内側に当てて、「私は悪い人です」と小声で言った。

 陸子涼は彼の話にショックを受けた。

「ごめん、あなたが私に近づいたのは、私と付き合うためだと知っていたのに、私があなたを家に住まわせたのは、あなたを殺そうとするためでした。自分の性癖を満足したくて、病気になったあなたの面倒を見て、あなたが私のお陰で元気になったのをこの目で見て、そしてあなたを切り裂きます。私は元々そうなことをするつもりでした。しかし昨晩、私はあなたを殺したいだけでなく、私もどうやら……あなたと恋をしたいと急に気づきました」と白清夙は言った。

 陸子涼は非常に驚きながら彼を見つめ、暫くしてまたおかしく思った。彼は最初に白清夙から取った「六目盛になるほどに重い」赤い糸を思い出すと、「あなたはとっくに私と恋をしたいよ、バカ」と呆れたように心の中でそう思った。

 白清夙は頭を上げて彼を眺めた。「小涼、私はあなたが好きです。でも私は……」

 陸子涼は彼の続きの言葉を待っていた。

 しかし、白清夙はそっと唇をすぼめた。

 そしたら、白清夙は立ち上がって暖房を付けて、たんすから着替えを取り出した。「あなたも濡れています。先に濡れた服を着替えましょう。シャワールームはそっちにあります。タオルで体を拭くだけで大丈夫、自分でシャワーに入らないでください。走らないで、急ぐ必要もありません。私は、主な屋敷に行って救急箱を取ってきて、あなたの頭についているガーゼを交換します」

 そう言って、振り返って離れた。

 陸子涼はその場に取り残された。

 陸子涼は暫く静かに座って、白清夙の言いつけ通りにして、走ることも焦ることもなく自分の状態を整った。すっきりとした暖かい服に着替えて、鏡に映った自分の青白い姿を見て、陸子涼は急に笑顔を浮かべた。

 殺人鬼の誠実さ。

 なんと大切なものだろう。

 誰にでも好きな人の前で心の闇を述べる勇気があるわけではない、特にこのような病態的で邪悪な発言だ。

「切り裂いて触って、また縫い直して元に戻す?」陸子涼は笑いながら嘆いた。「本当に変態だ」

 彼は階段の方向を見て、それはいつでも逃げられる方向だけど、不思議なことに、陸子涼は白清夙の極めてぞっとさせる発言を聞いた後に、逃げるという考えを浮かべなかった。逆に、白清夙がそのような狼狽えて従順な姿で自分の内心を曝け出し、気を付けながら彼に見せるのを見て、彼の心はドキドキし始めた。

「俺を切り裂くと言ったのに、俺が逃げないなんて、チッ、変態は移るのか?」

 自分の命が脅かされているのに、白清夙の傍に残りたいのか?

「俺は本当に狂っている」

 今回、白清夙は長い間離れていた。

 どれほど経っても彼の姿が見えないから、陸子涼は地下室で歩き回り始めた。

 ここは恐らく白清夙が幼い頃、節目の時におばあちゃんの家に短期滞在した際、追い出されて寝ていた倉庫だ。

 後に仕事関係で引っ越した後、ここは白清夙がコレクションを置く場所になっていた。

 瓶の中に浸けている様々な古い標本は多宝格を占めており、更に標本を作るための工具、溶液や骨格、臓器模型など、何でもあった。陸子涼は幾つの棚を通り過ぎて、生命科学の博物館を訪れているようで、見れば見るほどに驚かされた。

 一番階段に近い多宝格に近づいた時、陸子涼は真ん中で最も目立つ大きな格の中は、何年も重宝された標本の瓶ではなく、精巧な彩りのガラスの箱が置いてあった。

 恐ろしい雰囲気に包まれる中、それは場違いなほどに綺麗だった。

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