第八章 幽霊に尋ねる(6)

 現場にいる全員は思わず白清夙を見た。

 白清夙はずっと測り知れない人で、彼と長年に仕事の付き合いをしたところで、彼の感情が露になったのを見たことがなかった。彼のクールな顔はまるで彼自身のタグのように揺るぎなく、何事に対しても漠然とした態度を取っていた。

 しかしこの至極に寒い滝の涵洞の中、全員は白清夙からある種の強い感情の起伏を感じた。

 相変わらずにその波乱のない顔のはずなのに、白清夙の身にある爆発しそうな感情は、声を立てずにその場にいる全員に衝撃を与えた。

 暫くの沈黙の後、白清夙は足を踏み出して、ゆっくりと死体の傍まで近づいた。

 彼は何も話さずに沈黙を保ったまま手袋を付けて、しゃがんで自分の仕事を始めた。

「……」

 梁舒任もしゃがみ、顔色を変えずに白清夙を観察していた。彼は白清夙の動きが優しいことに気づいた。以前検死した時にすっきりとして死体を弄ぶやり方と比べて、白清夙の柔らかい動きの中から心が引き締められているほどの大切さが滲み出ていた。

 梁舒任の心は動揺していた。しかし何か言う前に、白清夙が喋り始めた。

 その声はいつも通りに淡々としていた。「初歩的な死因判定は溺死、死亡時間……おおよそ五日前、環境要素を考慮して、四日の可能性もある」

 四日?

 梁舒任と刑事たちの顔はまるでお化けでも見たようだった。

「は?」

「まさかハハッ」

「それはあり得ないですよ監察医、だって夜明けの時はまだ──」

 白清夙は構うことなく、言葉を続けた。

「他殺の可能性は非常に高い。ここ、両手には防御性の傷跡があったが、多くはなかった。もしかしたら、被害者が被害に遭った時にはもう意識がはっきりとしなかった。頭部には明らかな外傷があり、腕には針孔があり、薬物を注射された可能性がる。詳細な状況は……」

 解剖してからわかる。

 白清夙は急にその言葉を言えなくなった。

 彼は再び固まったように静止して動かなかった。

 頭の中が疼きだし、まるで何らかの怖い力が、彼の頭の奥深いところで何回も牢屋のドアを揺すった。

 白清夙の瞳が黒くなり、瞳孔は極度までに収縮し、呼吸が早くなり、心臓が猛烈に引き締まっていた。

「清夙?」

「清夙──」

 白清夙は立ち上がった。

 彼は手袋を脱いで梁舒任の手の中に置いて、「ちょっと出かけてくる」とそっと言った。

 梁舒任は二歩で彼に追いつき、彼の腕を掴んで声を低く抑えた。「正直に言って、お前が──」

「違う」白清夙は彼を見ることなく、瞳は涵洞の外の山道を眺め、怖い眼差しをしていた。「俺じゃない。しかしお前らが王銘勝を捕まえられなかったら、もしかし……」

 白清夙は唇をすぼめ、梁舒任を振り解き、大股で外に出た。

 彼は車を止めている下の方に向けず、山道に沿って山林の中を歩いた。

 空には黒い雲が広がり、月明かりは隠れており、遠くから雷が轟いていた。

 暫くして、土砂降りの雨が降りしきった──

 白清夙は耳鳴りを感じた。

 真冬の雨に打たれているのに、彼はまるで寒さを感じられないようだった。綿々とした雨はまるでこの世とあの世を切り分けるバリアのように、前に進めば進めるほど、真実と鬼神の世界はぼやけて分けられなくなった。彼は一人でこの誰も近づかない場所に入り込み、ふと見上げると、この場所を埋め尽くしている幽霊の海を見た。

 数えきれないほどの幽霊がざわざわと取り囲み、陰気な雰囲気が四方八方から湧き、一口だけ吸い込めば、人の意識を凍らせることができる。

 これらの幽霊は口を大きく開け、白清夙に向けて何かを叫んでいるようだった。

 白清夙には聞こえなかった。

 彼は鬼神に近づかないようにしていたから、自然と鬼神の声を聞く能力を失った。

 しかし今回、白清夙は自ら幽霊の海に入り込み、その幽霊のような人影に向けて一言を聞いた。

「陸子涼はどこに居る?」

 彼は尋ねながら前に進み続けた。

 彼は涵洞の中に横たわった人は、ここ数日間に一緒にいた小涼ではないことを知っていた。

 それは陸子涼が亡くした体、ただの空き殻だ。

 長年から白清夙が求めていたのは、実は陸子涼の魅力的な血肉の体だった。彼はその血肉が柔らかい肌を解剖し、流れ出た鮮血を触り、中から暖かい内臓を取り出して、細かく弄びたかった。そして弄んだ後に、しっかりと大事にしまっておいて、永遠にそれのお世話をする。

 彼はその過程を何千も何万回も想像したことがあった。

 彼は夢でも陸子涼を解剖したかった。

 しかし本当に解剖のチャンスを目の当たりにした時、白清夙はめまいがするだけだった。

 いつから、彼が憧れているのは陸子涼の体ではなく、彼の魂だったのか?

 彼の陸子涼に対する感情は何時から変わってしまったのだろうか?

 陰気で冷たい幽霊の海の中、白清夙は幽霊に問い質しながら、抑えきれずに自分に問いかけた。

 もしかしたら、陸子涼が彼の果樹園に倒れていた日からかもしれない。

 高校で最後の瞬間に手を止めた時から、体育関連のメディア以外に、白清夙は二度と陸子涼に会ったことがなかった。彼は自分の魂の奥深くの邪悪な姿を抑えながら、普通の人に装って、堪え忍びながら控えめに何年もの時を過ぎていった。

 しかし彼は一度も陸子涼のことを忘れたことがなかった。

 陸子涼は長い間に彼の心の片隅に住み着いて、そのあまりの長さはまるで一生叶えられない夢のようだった。だから陸子涼が突如として果樹園の中に現れた時、白清夙の心は想像を絶するほどの衝撃を受けた。

 まるで急に天から授けられたプレゼントを受け取ったようだった。

 彼のような極めて邪悪な人でも、プレゼントを受け取れる日があるんだ。

 彼は期待を胸に秘めて彼のプレゼントに触れると、このプレゼントの触感は記憶の中と少し違うことに気づいた。

 だから彼の好奇心と探求心が掻き立てられた……

 彼は知らぬ間に、陸子涼の魅力的な魂に触れ始めた。

「陸子涼はどこに居る?」

 白清夙は何度かこの質問をした。

 彼の耳元に雷の音、雨の音と断続的な耳鳴りが交じり合った。しかし幽霊たちが口を大きく開いて話した言葉は、依然として彼の耳の中に静けさとなった。

 白清夙は冷たい顔をして、引き続き前に向けて進めた。

『……廟……』

 白清夙は猛然と固まった!

 彼は振り返って声の出所を見た。

『山……隍廟に……』

『彼は山腹の城隍廟にいる』

 白清夙は聞こえた。

 彼の永遠に焦らず余裕のある足歩みは、走り始めた──

 山腹の城隍廟はすぐそこにある。

 滝の涵洞から上がったこの道は、ちょうど城隍廟の後ろに通じる。

 白清夙はこの世とあの世の境をぼやけた雨を通り抜けて、しっかりと山林の地面に踏み締めた。彼は大雨の中でダッシュして、その城隍廟まで走り続けた。

 彼は廟の塀の後ろの小さいドアから駆け込み、廟の領域に踏み入れた。

 中に入ってすぐ、白清夙は左手の薬指の付け根に無視できないほどの異様感が現れたのを感じた。彼が手を上げると、いつしかそこに一つの赤い綿線で出来た指輪が増えたことに気づいた。

 この赤い糸は知らず知らずのうちに彼に直感を与え、彼を案内して月下老人を祭る偏殿に向けて歩いた。

 深夜の静かな廟の中、雨の中で揺らいでいる灯籠の下。

 白清夙は階段を登って、偏殿の古い扉を押し開けた。

 彼は彼の小涼を見つけた。

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