第八章 幽霊に尋ねる(5)

 梁舒任の顔に驚愕の色が浮かんだ。梁舒任は手を後ろに伸ばして陸子涼の手を押さえ、音を立てずに陸子涼を宥めてから、もう一度に問い質した。

「何をするつもりか教えて」

 白清夙の薄い唇は微かに動いたが、声を出さなかった。突然、彼は手を上げて自分の手に握っているナイフが見えた。

 白清夙は急に固まった。

 暫くして、彼は目を閉じて、血が流れている手でポケットを触った。

 梁舒任は警戒しながら彼を睨んだ。「何をするつもり?」

 白清夙は携帯電話を出して、電話をかけた。

 通話は一秒くらいで繋がった。

「四兄、こっちに来てくれ」と白清夙は言った。彼は目を開けて、漆黒の瞳はまるで梁舒任を通り越して、隠さられている陸子涼を見つめていた。「一人殺したい人がいる。俺には、どうしても抑えられなかった……」

 殺したい人。

 まだ幼い陸子涼がこの言葉を耳にして、これから先にどれくらいの悪夢を見るだろうと、梁舒任には想像もつかなかった。

 梁舒任は白清夙がナイフを下ろした時に、すぐに振り返って陸子涼を抱き上げ、白清夙の家を飛び出した。

 梁舒任は走り続け、階段を降りて、アパートを出て、街道に着いた。

 更に彼は振り返り続け、白清夙がナイフを持って後を追っていないことを確認した。

 長年の親友が急に怖い兇悪犯になり、梁舒任は自分がこの日を永遠に覚えることを知っていた。

 梁舒任は周辺が安全であることを確認してから陸子涼を下ろした。焦りながら身を屈め、一通り陸子涼の状況を検査した。梁舒任は彼の体に切り傷一つもなく、彼の頭と足だけにぶつかった打撲傷があったことに気づいた。 制服の襟にあった怖い血の跡はついたものだった。

「どこか痛むのか?彼は一体あなたに何をした?」と梁舒任は安心できないように尋ねた。

 陸子涼は少しポカンとしているように見えた。

 梁舒任は連続で幾つの質問をしたが、陸子涼は全文聞こえていないようで、暫くしてからようやく口を開いた。

「あ、私のカバンは中に忘れています……」陸子涼が初めて話した言葉はこれだった。

 梁舒任は信じられなかった。

「先に自分の心配をしろ。俺らは……そうだな、先にあなたを警察署に連れて通報してから、俺らはまた──」

「なんで通報するのですか?」と陸子涼は言った。

 なんで?梁舒任は少し固まった。彼は陸子涼の肩を押さえて、真剣に陸子涼に説明した。

「あれは殺人未遂だ。彼がまたあなたを傷つけないためにも、彼を捉えないといけないんだ」

 しかし陸子涼は笑った。

「これで殺人未遂ですか?私が認知した殺人と程遠い気がします。彼は私を傷ついていなから、殺人の範疇には入れません。もし彼が本当に私を殺そうとしたのなら、ナイフを振り下ろす時に自分で刃物を掴まないです」

「もし彼があなたを殺そうとしていなかったら、ナイフを振り下ろすこともなかった。彼にはその意図があり、更に行動に移した。例え最終的にあなたを傷ついていないとしても、彼が犯罪した事実を変えられなかった」

 陸子涼は少し黙り込んで、顔を上げて梁舒任の顔を眺めた。

「私のために正義を求めてくれる人に出会ったのはこれが初めてです。先輩、ありがとうございます。しかしお気持ちだけ受け取ります。さっきのような……ハハッ、大したことはありません。あれは本当に大したことではありません」

 梁舒任には陸子涼が一体何を経験して、さっきのハプニングが「大したことではない」と思ったのかわからない。

「このまま放っておいたら、また明日にあなたの所に行ったらどうする?明後日は?あなたが忘れかけた頃、彼が再び現れたら?まさか毎日身の安全を心配し、怯えながら暮らすつもり?」と梁舒任は忠告した。

 陸子涼はそれを聞いて、場合に相応しくない日の光のような笑顔を見せた。

「どうしてあなたのような優しい良い人がいるのでしょう?」陸子涼は笑いながら言った。「私は元々今日の運勢が最悪だと思って、凄く悲しんでいましたが、今はそんなに悪くないと思います」

 これでいい人?と梁舒任は心の中で思った。これは普通の人なら誰でもできる反応ではないのか?

「あなたの言う通りです。私が水泳選手になるのなら、積極的に自分の体を守らなければなりません。私は頭から足まで全部が大事です」陸子涼の貧弱な体はさっきの怖い出来事で震えているのに、こんな言葉を言い出した。

「しかし今回はやめておきます。彼が居なくとも、別の人が私を傷つけます。彼が最後の瞬間に刃物を握って私を生かしてくれたのなら、私も責任を追及したくありません。お互いを関わらないことはいいことではないのですか?一人ずつ追及しては……あまりにも疲れます。例え先輩が通報しても、私はそれが起きたことを認めません。静かに生活させてください。でも安心してください。私は懲りました。今後、私はもう二度と……」

 陸子涼は目を落とした。その瞬間、彼は本当に悲しそうに見えた。

 彼は言葉を終わらせず、別れを告げて離れた。

 梁舒任は一人で警察署に通報した。

 しかしすべては解決できないまま終わってしまった。

 梁舒任は陸子涼に合わせる顔がないとずっと思っていた。

 彼は自分の正義感を貫くことができなかった。彼と白清夙はずっと友達で、今日までずっとそうだ。

 彼は白清夙が少し異常であることを知っていた。しかしその異常さは白清夙にうまくコントロールされており、その時を除いて二度と暴走したことがなかった。

 数年の間に、白清夙はずっと記憶の中にクールで控えめの優秀青年、梁舒任は終始、白清夙が繰り返さないと信じていた。

 しかし涵洞の床に横たわっている冷たい死体を見て、梁舒任の信念は重撃を受けた。

 陸子涼の死体はかなりいい状態を保っていた。

 その状態は良すぎて、顔を壊してレンガを縛って、明石潭に遺体を捨てるという王銘勝の一貫の凶暴な犯罪手口とは大違いだ。

「まさか?まさかだ……陸子涼が病院から失踪した時に、白清夙は本当に焦っているように感じた。まさかあれは演技なのか?彼が陸子涼を殺して、ここに隠してから陸子涼が失踪したと通報した?彼は何時に病院に戻った?時間的に間に合うのか?まさか、まさか本当に……」と梁舒任は抑えきれずにそう考えた。

 この時、涵洞の外から動きが伝わり、また誰かが着いたようだ。

 梁舒任は当番の監察医が誰なのか急に思い出した。「待って、清夙に入らせるな、白監察医を止めろ──」

 しかし白清夙はもう中の死体を見てしまった。

 一目だけで、彼は相手が誰なのかわかった。

 白清夙は急に歩みを止めて動かなかった。

 彼は死体を見て、全身が静止しているようだった。

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