第八章 幽霊に尋ねる(4)

 警察側は一晩中捜索を続けたが、殺人鬼である王銘勝の姿も、王銘勝に狙われている陸子涼の姿も見つけられなかった。

 夜明けに近い時に、市轄区の警察署に通報があった。

「し、死体があります!」

 ある中年男性が慌てて通報をした。

「その涵洞かんどうです!その山腹にある城隍廟の後ろの道を真っ直ぐに降りた先に滝があり、その滝の後ろの涵洞です!俺は夜釣りに行って、俺、俺んちの大黃が中に入ってしまったら、死体がありました!」

 近くでパトロールをしている警官が確認しに行った後、すぐに分局に連絡し、刑事などの人が現場に駆けつけて、また暫く経ってから検察官も現場に着いた。

 梁舒任は刑事が差し出してくれた懐中電灯を取り、水溜まりを超えて、中に横たわっている死体を見た途端、頭の中がブンとなった──

 肌寒い涵洞の中、見覚えのある顔をしている若い男性は目を閉じて、かっこいい容貌が青白くて冷たくなり、何の音もなく湿った岩の上に倒れ込んでいた。

 梁舒任は信じられないように早足で前に出て、懐中電灯の白い光で死体の顔に照らして、もっとはっきりと見ようとしているようだった。

 しかし、梁舒任はどれだけ信じたくないとしても、全ての詳細が、彼の頭の中に「陸子涼」という名前を叫んでいた。

 陰気で冷たい涵洞の中、冷たい死体の前。

 梁舒任はその日を思い出した。

 それは梁舒任にとって今までの人生の中で、一番怖い日だった。

 それは高校三年生の時、ありきたりの放課後に起きたことだった。

 梁舒任は図書館で白清夙に約束をすっぽかされた。

 白清夙はいつも時間と約束を守る人だった。このように約束をすっぽかすことはなかった。しかも今日、彼らが図書館に来たのは、単に受験勉強をするだけではなく、急ぎのグループワークを完成させないといけなかった。

 白清夙に電話を掛けても、白清夙は出なかった。

 心配が故に、梁舒任は白清夙の家に行った。

 白清夙の家のドアはおかしい。外からでしか鍵をかけることが出来なかった。梁舒任はベルを鳴らして、またドアを叩いたが、誰も返事してくれなかった。

 もしかしたら白清夙はまだ家に戻っていないのかもしれない。

 梁舒任がそう思って、振り返って離れようとしたら、急にドアの中からこもった音がした!

 誰かが床に転んだような音だった。

 梁舒任の足歩みが止まった。「清夙?家にいるのか?」

 ドアの後ろに、一連の急いだ足音と再び誰かが床に転んだ音が代わりに返事をした。

 ガラガラ──

 次々と物が床に落ちた音がした。

 梁舒任のいつも鋭い心は、急に怖くなってきた。

 梁舒任は直ちにドアを開けて中に駆け込んだ!

 目に入ったのはめちゃくちゃになったリビングルームだった。

 ソファのクッション、鞄、宿題、答案用紙、ペン……全部床に散らばっていた。

 そして雑乱の雑貨の間に、少し血が混じっていた。

 梁舒任の瞳孔は激しく縮んだ。

 彼は目に刺さるほどの血色を見つめ、血の跡を辿ってキッチンに駆け込んで、一生を掛けても忘れられない一幕を見てしまった──

 白清夙はナイフを持って、食器棚の方向を見つめていた。白清夙の冷たい顔、興奮している呼吸、鮮血に染められた手、血を垂れているナイフの先……どの要素も恐怖極まりない。そして、その真っ黒な瞳が見つめる先にはある少年が倒れ込んでいた。

 雪のように白いはずの少年の制服は鮮血に染められ、食器棚の傍に倒れ込んで、じっと動かなかった。

 制服に刺繡された名前も血色に浸食された。

 ──陸子涼。

 梁舒任には、それは彼らの学校の中等部の制服であることがわかった。

 梁舒任の目には驚愕に満ち、全身の血液がまるで頭上に這いあがったようだった!梁舒任は白清夙の手には凶器を持っていることに気にする余裕もなく、直接に白清夙を強く押し退け、陸子涼の傍に駆け寄った。「……後輩?後輩?!」

 陸子涼はうっ、という音を出した。少し茫然としながら目を開けて、両目は空虚に見えた。

 梁舒任は焦りながらどこか傷ついていないかと尋ねようとしたが、梁舒任は急に足音が聞こえた。

 白清夙はナイフを持って、ゆっくりと近づいてきた。

「私の小涼に触るな」

 白清夙はソフトで冷たく警告した。

 梁舒任は本当にぞっとした!

 梁舒任は痩せて小さな後輩を抱き上げて、必死に外へ向けて走った!

 キッチンはオープン式でダイニングルームと繋がっており、梁舒任は陸子涼を肩に乗せ、狂ったように逃げて、ドアのほうに走ろうとした!

 しかし白清夙は音がなくて迅速な幽霊のように、テーブルをすり抜けて、何度も梁舒任の道を塞いだ。

 最後、梁舒任はダイニングルームの隅に追い込まれた。

 梁舒任は息を切らしながら目を見開いて、白清夙の正気を失った姿を見て、とても信じられなかった。

 白清夙が普段抑えている怪しくて危険なオーラが、今や無限に拡大し、この空間を占めて、酸素を圧迫していた。その光を反射できないような真っ黒の瞳がじっと見つめてきて、執着な視線はまるで尖っている刃のようになり、何回も梁舒任の神経を削っていた。

 梁舒任は息苦しさを覚えた。

 後ろには下がる道もなかった。白清夙が一歩近づくと、恐怖の脅威感が倍になって押し寄せてきた!

 梁舒任は陸子涼が怖くて震えているのを感じたから、陸子涼を下ろして速やかに自分の後ろに隠れさせた。

 白清夙の漆黒の目はまるで野獣のように陸子涼を追っていた。その目は後ろに眺め、陸子涼がどこに隠されたのか見ようとした。

 梁舒任は冷や汗を流し、両手が両側の壁に支え、体は後ろに寄りかかり、必死に陸子涼を遮った。

「……」白清夙の視線は最終的に梁舒任に戻った。

 双方は沈黙で対峙していた。

 雰囲気は怖く思うほどに重苦しい。神経はいつでも崩れるようにピンと張っていた。梁舒任は軽く息を整えて、白清夙の手に持っているナイフに視線を落とし、「ナイフを下ろせ」と率先して言った。

 白清夙は漠然とした顔をしていた。

「……白清夙、ナイフを下ろせ!」と梁舒任は繰り返した。

「なんで?」と白清夙は言った。

 なんで?なんでだと?「あなたは人を傷ついている、これは犯罪だ!ナイフを下ろして、俺らに離れさせろ!」と梁舒任は大声で言った。

「あなたが行くなら、いいよ。しかし、小涼は残してもらう」と白清夙はそっと呟いた。

 梁舒任はダメだと叫びたかったが、白清夙の状態がおかしいことを知っていた。感情を高ぶった所で状況を更に悪化させるだけだ。現時点も警察に通報する余裕もなく、梁舒任は白清夙の一挙手一投足をじっと見つめ、深呼吸してから、「彼をここに残して、何をするつもり?」と尋ねた。

 白清夙は一瞬静かになった。

「私は」と白清夙は言った。「私は……」

 手に持っているナイフの先が微かに震え出した。

 梁舒任はそれに気づいて、同時にナイフを持っていない白清夙の片手がずっと血を流しているのを発見した。

 この家に滴り落ちていた血は、白清夙のものなのか?

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