赤い糸の繋がる先は殺人鬼／冰殊靛

第七章 彼は俺を殺そうとした(5)

　頭が痛い。

　陸子涼は手を上げて側頭部にガーゼが触れて、少しポカンとしてから記憶が段々と蘇ってきた。

　そうだ、彼は白清夙に驚かされて客室から逃げた後、誰かに殴られて気絶した。

　陸子涼はマットレスに手をついて、身を起こして座り、頭を押さえた。あの人、あの王銘勝！彼は王銘勝の顔を見たが、どんな顔をしていたっけ……

　陸子涼の頭は切り裂けそうなほどに痛い、傍に置いてあった携帯電話に触れて、時間を確認しようとしたら、視線は急に日付に止まった。

　十二月二十日だ。

　彼の二十五歳の誕生日までは、あと二週間くらいある。

　陸子涼は急に固まった。

　──人身供儀はいつだったのか？

　──二十五歳の誕生日の前日だ。私たちが二十四歳になる瞬間だ……

　陸子涼の指先は急に震え始めた。

　あの青面獠牙の仮面を付けている城隍、最初から訳もなく親しくして、彼に対して「兄」と自称した城隍……陸子涼は相手の身分を疑ったことがない訳ではなかった。あいつが門神ではなく、城隍だと知った後、彼は陸子秋じゃないかという疑惑も猛然と湧きあがった。

　しかしこの考えはすぐに陸子涼に無視された。

　一つは陸子秋が彼の生活から離れて過ぎて、すぐに陸子秋を自分の傍にいる人と結びつけるのが難しい。もう一つは二人がこのような方法で再会するのはあまりにもあり得なかった。離れ離れになった兄弟が急に巡り合ったというよりも、あのボロボロな廟の中にいる城隍が急に新しい友達が欲しくなったと言ったほうが合理的だった。

　しかし今になって思い出すと、二人が付き合っていくうちの細かい部分は、どれも明らかな手掛かりのようだった。

　彼は仮面を外そうとせず、彼に対して妙な罪悪感を持ち、彼の死亡状態に切迫した緊張を覚え、彼が遭うかもしれない危険に、異常なほどに激しい反応を見せていた。

　あの城隍が表した彼と親しくなりたい渇望と、何かを隠しているような矛盾の態度を結びつくと、まるで何かを隠せば隠すほど露になっていた。

　陸子秋……

　なぜ自分は無自覚に様々な手掛かりを無視し、相手が陸子秋ではないことを願っていたのか、陸子涼は急に意識した。

　だってまだ彼らの誕生日が来ていないから。

　まだ誕生日が来ておらず、人身供儀も行っていないのに、陸子秋が霊体の姿で彼の目の前に現れた……それなら一つの可能性しかなかった。

　陸子秋は死んだ。

　人間界で育ち上げた神が人身供儀の前に死んだら、神格が傷つき、霊体にも大きいダメージを負うことになる。

　長く持ちこたえられず、魂が散り散りになる可能性がある。

　陸子涼の声は微かに震えていた。「いや、あり得ない、あの城隍は恐らく違う……」彼は固まった。

　彼はあの城隍が言ったそれらの本当のようで、嘘のような冗談を思い出した。

　──私たちは絶対に無理だ。

　──例え私が本当にあなたを愛しているとしても、その言えるはずもない原因のために、私も諦めざるを得なかった。

　──昔の借りは今償うよ。何千回でも死体を運ぶのを手伝うよ……

　ほんの一瞬で、陸子涼は自分が病み散らしたように感じた。

　嘘と真実を交じって彼をからかうのは、この世で彼の兄以外に誰もいなかった。

　陸子涼の呼吸は急に荒くなった。「……私のせい？私が死んで、代わりに災いを受ける人がいないから、彼は殺された？」

　もし彼がバカのように殺されていなかったら、誰も陸子秋を傷つけることができなかった。

　しかし間もなく、怒涛の苦しみは断続的な記憶に抑えられたように、次第に冷めていった。

「いや、違う。私は、陸家に設けられた彼を守るための防線の一つに過ぎない、私が死んでも彼は痛くも痒くもない、気づけることさえもできなかった」

　陸子涼はそっと呟いた。

「そう、私とは関係ない。私のせいではない。彼は一度も私に会いに来ていない、全員と同じように私を見捨てた、何で私が罪悪感を覚えなきゃいけないのか？何故だ……」

　陸子涼は独り言を溢していたが、体はコントロールができないように、急に素早く立ち上がり、横の袋の中の服を取り出して着替えた！

　彼は、誰が彼のために用意したのかを考える余裕もなく、携帯電話を掴んで急いで病院を出た。

　夕焼けの中、陸子涼はタクシーを止めた。タクシーは湖に沿ったルートで走り、白清夙の家の山道に着いた時はもう夜になっていた。

　青白い街灯が灯りを付け、陸子涼は車から降りて、曲がりくねった山道に沿って上に向けて走った！

　彼はこの目で確かめる。

　彼はあの城隍が陸子秋かどうかを確かめる。

　その前に、彼は絶対に信じない……

　しかし暫く走った後、陸子涼は急に何かがおかしいと気づいた。

　今までなら日が暮れると、山奥に行けば行くほど、灯りも人影も疎らになっていた。

　しかし今日、山腹にある城隍廟はライトアップされていた。

　陸子涼は顔を上げて眺めると、上の山道には黒い服を着て、黒い獣の仮面を付けている人の群れが見えて、人か鬼なのかわからなかった。

　その仮面を付けている人影は赤い灯籠を持って、長い列になっており、ゆっくりと城隍廟の方へ向けて歩いて行った。

　全員微かに俯いて、恭しくて厳粛な姿勢を取っていた。そして長い行列の中には棺桶を運んでいた。

　あの棺桶は真っ黒で、怖い威圧を放った。赤い灯籠に照らされていると、まるで血色に染められているようだった。樹林の中は怪しいほどに静かで、風でさえも音がなかった。空には厚い雲が立ち込み始め、月明かりを空から押し出した。

　道のりの街灯は何時しか真っ黒になった。

　深い山林の中で、その葬送チームが持つ赤い灯籠は一列の怪しい長い灯りになった。

　──現実の世界は瞬く間に鬼神に近しい存在になった。

　陸子涼は猛然と足を止めた。

　彼は自分の足音がこのエリアで唯一の動きだったことに悚然とした。

　心がドキドキして、彼が戸惑っている最中、あの怪しい葬列の誰かが彼に気づいた。

　葬列のリーダーの顔に付けている黒い獣の仮面がゆっくりと振り返って、彼の方向に向こうとした時──

　突然、ある手が傍から差し出され、陸子涼の手首を強く掴んだ。

　陸子涼は酷く驚かされ、反射的に手を振り解こうとしたが、相手に強く引っ張られた。陸子涼は急に眩暈がして、次の瞬間、城隍廟の後ろにワープした！

　陸子涼は少しポカンとして、猛然と振り返ったら、青面獠牙の仮面を付けている城隍が目の前にいた。

　城隍は下の葬列を眺め、軽く舌打ちをした。「危ない、彼らにあなたを見つかるわけにはいかない。今日は一緒に遊ぶいいタイミングではないよ、可愛い子ちゃん。いい、先に後ろの小道から離れて、私は──」彼は振り返り、急に陸子涼の側頭部に付けているガーゼに気づき、すぐに陸子涼の頭に手を当てて、焦りながら確認した。

　ただでさえ緊張していた声のトーンが、急に苛立ちを帯びていた。「誰があなたを傷ついた？」

　陸子涼はただ彼を見ていて、何も話さなかった。

「どうやって傷ついた？大丈夫なのか？お医者さんは何と言う──」と城隍は焦りながら言った。

　パッ！

　城隍は頭を傾げて、驚きながら目を見開いた。

　陸子涼はビンタで彼の仮面を叩き落した。

　怖い青面獠牙の仮面が地面に落ちた。城隍は愕然とその仮面を見つめながら、まつ毛を激しくなびかせて、暫く固まってからゆっくりと陸子涼に顔を振り向いた。

「……」

「……」

　彼らは鏡を見ているようにお互いを見つめ合っていた。

　恐ろしい沈黙が空中に広がった。

　病院。

　白清夙は空っぽになったベッドを見つめている。

「……」

　その真っ黒の瞳の中は、まるで恐ろしい嵐を渦巻いているようだった。

　ドアの外で警護していた警察官が離れた後、彼はほんの少ししかその場を離れてなかった。

　彼の小涼がいなくなった。

　彼が持ってきた着替えもなくなった。

　……陸子涼は出て行った。

　そして小涼を狙っている殺人鬼も、今も果てしない夜闇に潜み、満を持していた。

　白清夙は深呼吸して、早足で病室を離れ、郭刑事に電話をかけた。

「陸子涼が居なくなった」