第七章 彼は俺を殺そうとした(4)
白清夙は顔を上げて彼の視線と交わった。
その眼差しに梁舒任の心は締め付けられた。
「未だに何故王銘勝が急にあなたの家に侵入したのかわからないから、軽率な行動を取るな。彼はあなたの家にレンガを持ち込んだから、明らかに犯行する準備をしていた。連続殺人魔の心理状態は普通じゃない、もしかしたらあなたが連続で彼が殺した三人の被害者を解剖したせいで、あなたに気づいて興味を湧き始めたのかもしれない。陸子涼があなたの家に居なければ、怪我を負ったのはあなたかもしれない!」
「彼の目標は元から陸子涼だった」と白清夙は言った。
「──!?」梁舒任と郭刑事は揃って驚いた。
「昨晩出掛けた時、誰かが密かに私たちの後に付いているのに気づいた」と白清夙は冷たい声で言った。「彼が狙っているのは小涼だった。三人の被害者は全部スポーツ選手、小涼は彼好みのタイプだった」
悚然とした静寂が辺りを包んだ。
郭刑事は息をのんだ。「……くそ、つまり昨晩彼は人を殺そうとしていましたか?!」彼はコーヒーの紙カップを握り締め、驚愕ながら言った。「そうだ、彼はいつも先に被害者を気絶させてから、気を失った被害者を溺死させた。そして相手の顔を打ち砕いてから、明石潭に投げ込んで死体を捨てました。彼は確実に陸子涼を気絶させました」
「この前の検死報告書でも言ったように、被害者の顔を傷ついた凶器は恐らくレンガだと疑っていた。王銘勝が深夜に私の家に侵入したのは、恐らく小涼が熟睡した後、新型の安眠薬を小涼の体内に注入し、彼を連れ出すつもりだろう」と白清夙は言った。
「しかし事故があって、彼は直接に陸子涼とぶつかり、焦っている瞬間にレンガを持ち上げた」梁舒任は少し考えて言った。「しかし、今回はこれまでの彼の謹慎な行動スタイルとは違うようだ。彼はあなたたちを尾行したのなら、家には陸子涼一人だけじゃないことを知ったはずなのに、何故急に冒険的になったのか?二人とも成人男性、一対二は非現実的過ぎ、彼は陸子涼が一人で外にいる時を選んで手を出すべきだった」
白清夙は昨夜、陸子涼の心的外傷後ストレス障害の状態を思い出し、「小涼は彼と知り合っているかもしれない」とそっと言った。
梁舒任と郭刑事は驚きながら彼を見つめていた。
白清夙の冷たい指先はコーヒーカップを軽くこすって、病室の方向を眺めて、その瞳の奥には恐ろしく感じるほどに冷たかった。
「小涼はもしかしたら何か取っちゃいけない物を持っているせいで、犯人の不安を引き起こし、私の家に侵入せざるを得なかったのかもしれない」
白清夙は郭刑事を見つめた。
「私の代わりに小涼を保護できる人を派遣してくれない?私は家に戻って確認してみる」
◇
病室内、陸子涼は一日中ずっと昏睡状態だった。
彼は自分にとっての最悪な悪夢の真っ最中だった。
夢の中では、夜は暗くて星がキラキラと輝いており、彼は父親に導かれて池の傍に来た。
その池は小さくて深くなさそうに見えたが、八歳の子供にとっては深海のように底が触れられなかった。
一人でここに遊びに来るなと兄は何度も陸子涼に警告した。
しかし今日は、父親が彼と兄を連れて遊びに来た。
──多分安全だよね。
その時、陸子涼はそう思っていた。
母親の悲鳴が聞こえるまでは。
「あああああああ──」
母親の凄まじい声はまるで怨霊が大泣きしているようだった。
「いやぁあああああ!彼らはまだ子供、彼らは泳げませんよぉ!ううっ、彼らは死んでしまいます。そんなことをしちゃいけません!やめてください──」
「……彼女を引き離せ」ある低い声がそう言った。
それはおじさんの声だ。彼は家族の中で最も地位が高い人で、家主であり、誰も彼の言葉に逆らうことができなかった。
そして陸子涼は自分の母親が傍から強く引き離され、横に転んで、麻紐で強く縛られているのを見た。
陸子涼は驚かされて、短い足を踏み出して傍に寄ろうとしていた。「お母さん……」
しかし父親の手は鉄のペンチのように、彼を死ぬほどに掴んでいた。
陸子涼は小獣のように激しく足掻いていた。「うっ!」
「痛いって」
ずっと黙ったままの兄は急に口を開いた。兄は元から父親と手を繋げておらず、その時彼は傍に近寄って、直接に父親の手を解いて陸子涼の手を自分の手に収まっていた。
「お母さんは──」と陸子涼は驚きながら言った。
「シー」陸子秋は小声で言った。「お母さんは大丈夫だ」
「今は何をするつもり?何で後ろにそんなに多くの人が来たの……」と陸子涼は尋ねた。
陸子秋は暫く彼を見つめて、彼に向けて笑った。「ずっとこの池に遊びに来たかったじゃないのか?みんなが水遊びに付き合ってくれる、楽しそうにしてよ」
毎回陸子秋がこのような真実と偽りが交わっている嘘をつく度、陸子涼はすぐに気づけた。陸子涼は双子の兄を見て、後ろで操り人形のように朴訥な父親を眺め、心から恐怖が湧き上がった。
その恐怖が頂点に達したのは、池の中から半透明で恐ろしい大きな手が突き出ているのを見た時だった!
「あああぁっ──」
陸子涼は恐懼な泣き声を出し、その大きな手に捕まれた小さな体は、瞬時に水の中に引っ張られていった!
ざあ──
粘稠な冷たい水が頭上を覆いかぶさった!
息苦しさが湧き上がり、陸子涼は激しくもがいて、粘稠な黒い水の中で必死に四肢を動かし、息をしようとした。彼はその半透明な大きな手を振り解き、ようやく水面に出ることができたが、瞬く間にまた引っ張り込まれて、水の底に浸かった。
まるで地獄の残虐な体刑のように繰り返し続けていた。
何かが体内に浸み込んで、棘が付いた触手のように血管を引き裂き、陸子涼の耳元は悲鳴が響いて、彼自身のものと母親のものもあった。
極度な痛みが五感を引き裂いた。ある時、陸子涼は自分が痛すぎて幻覚が現れたと思った。彼の耳は濃くて黒い水の中に浸かっているのに、まるで遥か遠くにある声が聞こえそうだった──
「……旦那様、本当にこうしないといけませんか?」
「もう間違う訳にはいかない。悪鬼が集結し、俺らは城隍を守らなければならない」
陸子涼の肺の中にある最後の空気は、一連の破裂した気泡と化した。
「……そんなに悲しむ必要がないだろう?終わったら、溺死したほうはあなたに残す、俺は生きた方を連れて行く」
「嫌だぁ……」
体は沈み続け、陸子涼の瞳孔の焦点は合わなくなっていた。
「子涼」
陸子涼の失神した瞳は微かに動いた。兄の声だった。水の中でくぐもった声だったが、明らかに近くにいた。
「子涼、どっちが生きようと相手を恨まないでくれ、ね?」
「子涼?返事して……」
陸子涼は力が抜けたように目を閉じた。
自分は生き延びたほうではないと、彼は知っていた。
天才的な陸子秋と比べれば、彼は何をしようにも平凡極まりなく見えた。
彼は力を使い切ってこの池の中に生を求め、苦しい悲鳴に苦しめられて体力を無くしたのに、陸子秋は言葉を紡いで彼と話せることができた。
陸子涼は悔しく思った。彼は悔しくて、苦しくて、怖く感じた。
彼は自分が家族に捨てられたと知っていた。
全ての血のつながった家族は、この溺死のせいで、彼をないものとして扱われた。
水の中で沈み続けていなければ、陸子涼は必ずひどく泣くだろう。顔が涙に埋め尽くされているほどに。大切な人々から不意に死を免れない深い水の中に突き落とされるって、こんなにも怖いことだった。
昨晩の家族パーティーでは、全員が彼を甘やかしていたのに、次の瞬間に彼らは岸辺で彼が死ぬのを見ることができる。彼らは全てを計画していた。
昨晩のパーティーはお別れだった。
陸子涼が意識を失う前に、自分が微かに口を開いたと思った。
「お兄ちゃん……助けて……」
彼は自分が何を言ったのかわからなかった。
彼の声は粘稠な黒い水に飲まれ、広大な静寂の中に沈んだ。
彼の魂はまるで黒い水の底に沈んで、この世の中で最も邪悪で恐怖な脈流に触れたかのようだった。
巨大な邪悪と暗闇は彼の頭を占拠し、災いを招く凶悪な獣のように彼の体内に入り込んで、そこから彼の魂の最深部に住み着いていた。
その後、彼の記憶には空白があった。
そのまま陸家に追い出されて、外の屋敷に住んでいた時まで飛んでしまった。
「記憶には空白がない。君はただ昏睡状態にいただけだ」
ドア越しに、陸子秋はそう言った。
陸子涼は返事しなかった。その時彼は一人で「新しい家」の真っ黒の小さな部屋の中に居て、膝を抱えて床に座り、無表情のままじっとしていた。
ドアの外、陸子秋は彼を呼んだ。「子涼?」
陸子涼は相変わらず動かず、目はボーっとしていた。
陸子秋は少し黙った。「もう永遠に会わないかもしれない。外に出て別れを告げてくれないのか?」
陸子涼は喋らなかった。
重い静寂はかつて親しかった兄弟の間に漂って、陸子涼が陸子秋はもう離れたと思った時、ドアは急にドンと押し開けられた!
陸子涼の精神状態は不安定なまま、ひどく驚かされた。次の瞬間、彼は陸子秋にぎゅっと抱き締められた!
「お兄ちゃんは早く強くなるよ。その前に死なないで、絶対に死んじゃだめだ。お兄ちゃんは会いに来る、お兄ちゃんはこっそりと君を守るから」陸子秋はぎゅっと自分の弟を抱き締めた。「お願いだから、生きてくれ!全力を尽くして生きてくれ!」
いつも元気いっぱいの陸子涼は、この時は生機を失った人形のように静かだった。
陸子秋は自分が狂いそうになると思った。「聞いているのか?聞いているのか子涼──」
「おじさんが言った人身供儀は何時なのか?」と陸子涼はそっと呟いた。
陸子秋は彼が反応を示したのを見て、泣いたり笑ったりして彼の顔に手を当てて、彼の額に額をつけた。
「二十五歳の誕生日の前日。私たちが二十四歳になる瞬間だ」
陸子秋ははっきりと彼に教えた。
「お兄ちゃんは一番強大な城隍になって、徹底的に家の支配から抜け出す。その後、お兄ちゃんはきっと……」
お兄ちゃんはきっとなんだ?
陸子涼は覚えていなかった。
実際のところ、さっきの全てにおいて、彼は全く覚えていなかった。夢の中だけ、こんなにもはっきりと再現できた。
陸子涼はゆっくりと目を開けて、自分は病院のベッドに横たわっていることに気づいた。
病室の中には彼以外に誰もいなかった。
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