第七章 彼は俺を殺そうとした(3)

 手術室のドアが開き、「陸子涼さんのご家族はいますか?」と看護師は尋ねた。

 白清夙はすぐに立ち上がって近寄った。

 医者は出て、彼に気づいた。「あっ、白監察医?あなたのご家族ですか?」

「彼は大丈夫ですか?」と白清夙は言った。

 医者は眉をひそめながら、「傷口は処理できており、頭蓋骨に損傷はありません。脳震盪になる可能性はあるが、大抵は大した問題がありません。しかし彼の身体状況は悪い、不思議に思うほどに悪かった。彼はまるで重い病気にかかって、死にそうな人のようでした」と言った。

 重い病気にかかって死にそうな人?白清夙は微かに固まった。

「各データを見れば、彼の体に厳しい問題があるのが目に見えます。しかし俺らはカルテを調べたが、ここ数年に重大な傷病記録はありません。最近は何か異常がありませんか?」と医者は言った。

 陸子涼が住み着いて以来、彼は小涼の面倒をしっかりとしているようにずっと気に留めていた。

 生き生きするほどに状態がよく、例え微熱が続いても元気がよかった。

 しかしすぐに、白清夙は四兄のその電話を思い出した──

『陸子秋は殺されたのなら、陸子涼は必ず一足先に被害に遭ったに違いない。あなたが殺せないほどに好きなあのかわいい子ちゃんは、恐らくもうこの世にはいなかった……』

 そして、白清夙は陸子涼が水に落ちた後、具合が悪いのに病院に対して尋常じゃないほどに強烈な拒絶反応があったことを思い出した。まるで病院に来たら、陸子涼のコントロールから外れるようなことが現れそうになるようだった。

 その上、陸子涼の肌には些細で、常人では気づかれないような異様な触感……

 白清夙は瞼を震わした。

 まさか……

 医者は彼がずっと喋らないままに居るのを見て、彼は突如とした悪い知らせにショックを受けたと思って、彼を慰めながら「まずは彼を入院させて、できれば詳細な検査を受けたほうがいいです。あまり心配する必要はない、今の彼は命の危険がありません。すぐに目覚めます」と言った。

 一晩中、白清夙は陸子涼の病床の傍にいた。

 しかし陸子涼はずっと目覚めなかった。

 彼の頭にはガーゼが貼っており、手元は点滴をしていて、顔は雪のように白く、まるで静かな死体のようだった。白清夙はよく彼の胸元を見つめ、音を立てずに彼の呼吸を数えた。偶に、訳のわからないパニックが心にこみ上げてきた。白清夙は彼の手首を握って、彼の脈拍を確かめた。

 白清夙が何回目かわからなくその手首を掴んだ時、陸子涼は僅かなうめき声を出した。

 白清夙はすぐに顔を上げた。「小涼?」

 陸子涼は眉をひそめて呼吸も荒くなり、額から冷や汗が出て、更に軽くもがき始めた。

「うっ……」

 彼のもがいた力は弱く、白清夙は容易く彼を押さえつけ、彼をじっとさせた。「どうしたのですか?痛いのですか?」

 陸子涼のまつ毛はひどく震えていたが、どうしても目を開けることができなかった。暫くして、彼の喉から極度に怖くて、その同時に非常に微かなうめき声を出した。「いや……いやだ……」

 悪夢を見ていたのか。

 白清夙は腕で半分、彼を包むようにしており、片手でそっと彼の頭上を押さえていた。「小涼、起きてください」

 陸子涼は目覚められなかった。彼は苦しそうに息を呑み、怪我した小動物のように呻き、目尻から涙が零れ出し、パニックしながら呟いた。「兄ちゃん……兄ちゃん……俺を助けて……」

 白清夙の氷のような心は、急に引き締められた。彼は軽く小涼の髪を撫でて、彼の気持ちを落ち着かせようとしたが、小涼は依然として小声ですすり泣いて、あんなにも無力のように見えた。

 それで、白清夙の彼に触れる手はまた止まった。

 白清夙の漆黒な瞳は陸子涼の顔についている涙跡を眺め、「私もあなたの悪夢の中に出ていますか?」とそっと尋ねた。

 彼は淡い血生臭さが僅かに残る手で陸子涼の顔を撫でて、優しく涙を拭った。澄んだ涙は濡れて冷たい、このような触感は、白清夙が少し前に彼の掌紋に浸み込ませた鮮血を思い出させた。

 白清夙は僅かに唇をすぼめた。

「……私もあなたの悪夢の中にいるんでしょう」

 陸子涼は暫くの間、無意識にすすり泣いて足掻きながら寝返りを打って、体を縮み込め、自分を隠したくなるほどに不安だった。白清夙は彼に頭の傷を押させないように気をつけながら、彼の代わりに布団をかけた。そして身を乗り出して、半分彼を自分の腕の中に抱き寄せ、彼が隠れるほどの安全感を与えた。

 手で何回も陸子涼の背中を撫でて、音を立てずに彼を宥めた。

 陸子涼はゆっくりと落ち着いたが、ただ眉がぎゅっとひそめて、顔色はひどく青白いだった。

「怖い時はもうお兄さんを呼ばないでください」白清夙は淡々と口を開いた。「私の名前を呼んでください。私があなたを虐めた全ての人を殺せば、あなたはもう悪夢を見ません」

 白清夙はそっと陸子涼の手を取り、彼の腕骨をこすって、そして彼は頭を振り向いて、陸子涼の脈拍が打つ手首の内側にキスをした。

 少し前の暗い路地の中で陸子涼がそうしてくれたように。

 白清夙の薄くて淡い唇は陸子涼の肌に当てて、「小涼は誰が一番最初に死んでほしいのですか?あなたを傷つけたあの人にしましょうか?彼がどのように死んでほしいのですか?あなたが言えば、私は全部できます……」とそっと呟いた。

 この時、横からノックする音が伝わり、誰かがドアを開けた。

 白清夙は顔を上げて、真っ暗の瞳が梁舒任の視線と交わった。

 梁舒任は白清夙が気絶している患者の手首にこっそりとキスしているのを見て、中に入ろうとした足は思わず止まった。

「梁検察官?何で止まったのですか?」

 後ろから郭刑事の豪放な声が伝わった。

「えっと、コホン、何でもありません」結局梁舒任は入って来た。彼の視線は病床に横たわっている陸子涼に落とし、目の底に複雑な感情が含まれていた。彼は白清夙に向けて優しい声で、「やっぱり外で話そう?」と言った。

 この時はまだ夜が明け、病院の廊下は静けさに包まれていた。

 一晩を徹夜した三人の男はからはしの近くに立ち、コーヒーを飲んで眠気を覚ましていた。

 梁舒任はエレガントで、窓辺に立ってコーヒーを持ち、病院の廊下が瞬時にパリーの街並みになったようだった。

「陸子涼に大した怪我はないと聞いて、元々は彼と少し話せないのかと思ったが、まさかまだ目を覚ましていないとは。邪魔をしたな」と彼は小声で嘆きながら言った。

「何でお前が来た?」と白清夙は言った。

 こんな家宅侵入の案件は、深夜に検察官に行くことはあまりなかった。事件発生からは五時間も経っていないのに、いつものスピードなら、案件はまだ警察側に残っているはずだ。

 郭刑事は我慢できず、「あなたの家に侵入した人の身元はわかりました。彼の名は王銘勝、製薬所の研究員です。あなたの家の監視カメラに彼が映り、ちょうど一台の車が通過して、ヘッドライトで彼の顔をはっきりと照らしていました!俺ら警察はすぐに彼に気づき、彼は少し前に俺らが篩い落とした容疑者の一人でした!」と率先に言った。

 郭刑事は激しく手を上げて、身振りで示した。「あなたが前後に三つの死体を検死した連続殺人事件です。俺らは彼を疑ったことがあり、警察署には彼の資料が残っており、少し比べてみれば、すぐに身元がわかりました」

「捕まえましたか?」白清夙はただそれを尋ねた。

「まだです。しかし俺らは彼の住所を探し、彼にはもう一つの家を持つことに気づいた。南汸街ナンホウカイの古いアパートの四階です」郭刑事は深呼吸をした。「俺らが彼のアパートの冷蔵庫で何を見つけたのか知っていますか?」

 白清夙は一秒くらい黙って、何で梁舒任が自らやって来た理由をすぐに分かった。「左足です」

「そう、左足です!」郭刑事は気音を押さえ、「俺らは湖から左足がない死体を見つけた後、ここに左足が現れ、怪しいと思いませんか?俺らは徹夜してDNA鑑定を行い、被害者の駱洋がなくした左足で間違いないことを確認しました!あのアパートからも大量な血痕が採集され、新型の安眠薬を探し出しました。あの王銘勝……」と素早く言った。

 郭刑事はコーヒーを溢しそうになるほどに高ぶった。「彼は十中八九、その連続殺人事件の真犯人です!神に感謝、神のご加護を、ようやく犯人の身元が分かりました!大勢な人が死んで、危うくは懸案になるところでした。この二か月の間にどれだけの髪が減ったことか!今警察側で捜査範囲を拡大し、必ずすぐにあのゴミを捕まえられます。え、そういえばあなたのお陰です。あなたの家の監視カメラはこの二か月の間で唯一役に立ったものです。画面はHDで、全くぼやけていません!」

 白清夙は答えなかった。この前の監視カメラがぼやけているのは、恐らく悪鬼や悪しき神があの王銘勝の手助けをしていた。しかし今更、急にぼやけなくなった……彼の漆黒な瞳は激しい殺意が浮かんだ。

 梁舒任はそれに気づいて心がドキッとして、彼の肩を掴んで、「白清夙」と厳しく言った。

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