第六章 命で償う(9)
白清夙はポカンとして、瞳孔を縮めた。
忽ち、怪奇な恐怖による興奮感は彼が自分にかけていた鎖を打ち破り、頭に這いあがった!
白清夙の瞼はわずかに動いて、邪悪な黒い瞳は野生動物のように、死ぬほど陸子涼を見つめていた。
陸子涼はその尋常じゃない表情と態度に気づかず、恥ずかしそうで、また大胆に『先輩の顔、先輩の外見は……完全に私のタイプです!私は本当にあなたが好きなんです。本気なんです』と言葉を続けた。
白清夙は暫く黙り込んだ。彼は心の中に湧き上った強くて尋常じゃない情緒の波動を抑えていた。暫くして、『外見ですか?』と彼は淡々と言った。
『あ、外見はただのきっかけです。さっきも言ったように、私は暫くの間にあなたのことが気になっていました』陸子涼は口をすぼめて笑って、眉が曲がっていた。『先輩は私の試合を見に来たことがありますよね?試合会場で何回か見かけたことがあります。元々はどの選手のご家族だと思っていましたが、後で気づきました……』彼はまつ毛を震わせて、まぶたを開けた。『いつもこっそりと応援してくれてありがとうございます。あなた以外に、誰も私の応援をしたことがなくて、今日はようやく金メダルを手に入れたので、それをあなたにあげたいと思っています。先輩、あなたは私にとって、まるで……』
陸子涼は言葉を続けず、ただ初々しくて熱意に満ちた笑みを帯びながら白清夙を見つめていた。
まるで何だ?
白清夙は珍しく好奇心を引き立てられた。
しかし彼は聞き出さなかった。だって彼にはよくわかっており、陸子涼は彼を何と似ていると思っても、きっと彼の邪悪な本質と大違いだ。陸子涼の彼に対する好きは表面に留まり、そして彼の好きに与えするところと言えば、確かに彼の優越な見た目しかなかった。
以前なら、白清夙は自分の容貌には気にしないが、今となっては、この見た目も少し役に立ちそうだ──彼は順調に獲物に近づくことができた。
白清夙は暫くの間に陸子涼の身に視線を落とし、『髪はまだ濡れています』と小声で言った。
突然の評価に陸子涼は固まった。
白清夙の声は冷たくて疎外だが、異常に平静としていた。
『あなたは健康を保てなければなりません。髪を乾かしに行きましょう』
それはいつも通りの放課後の時間だった。
白清夙は彼がずっと狙っていた獲物を自分の家に連れ込んだ。
その時、小さい頃から危険にかなり敏感な可愛い獲物は明らかに躊躇っていた。
しかし告白した相手と二人きりになれる時間を逃したくないかもしれないか、もしくは試合の観客席で唯一、彼のために応援してくれた「家族」に対する本能的な信頼なのか、陸子涼の躊躇いは数秒間しか存在せず、彼は甘んじて罠に足を踏み入れた。
それからの全ては、白清夙にとって夢が叶う前のおぼろげな時だった。
陸子涼は無邪気で無辜な子羊のように、彼の危険な領地に踏み入れてしまった──
陸子涼は彼のアパートのソファに座り、彼のドライヤーで髪を乾かし、彼からもらったアイスミルクを飲んで、彼が買ったお菓子を食べて、彼のペンで宿題を書いていた……
ここ数年、白清夙は長い間に彼を影から守ってきた中、偶にある錯覚を覚えてしまった。
自分は陸子涼に対して感情があるように思えた。
子供の頃から育ち上げた鶏は、最後になれば殺すことを知ったとしても、いざという時に心の中でわずかに名残惜しく思えたような感じだった。
その名残惜しさは、今になっては異常に鮮明で無視できなかった。
しかしその同時に、白清夙はよくわかっていた。それは本気で大事にしているわけではなく、ただの病態的な独占欲で、殺意が湧き上がる前触れに過ぎなかった。
彼の邪悪で変態な魂によって、彼は決して命を大事にすることができないと彼の血族が繰り返して彼に言った。彼の子供の頃からの行動は何回もこの定義を証明して、今になっては彼自身もそれに信じて疑わなかった。
名残惜しい、憐れむ、大事……すべては暫しの錯覚だった。
白清夙は、初めての被害者は犯人にとって、いつも一番特別な人だと聞いたことがあった。
彼にとって小涼はこの世で一番特別な人、自然と彼の数少ない柔らかい感情を引き立てることができた。
計算してみれば、初めて街でお腹を空かしていた小涼を見つけてからもう五年が経った。
白清夙は気長に陸子涼を長い間に養って、元々は陸子涼が成人した日に手を出すつもりだったが、だってその唯一無二の年は、獲物が成熟した時を象徴していた。しかし陸子涼の健康で紅潤な様子を見て、彼は自分がその時まで待てないことに気づいた。
今の陸子涼の状態はちょうどよく見えて、彼の心の中の獲物の理想状態にぴったりだった。
邪悪な殺戮欲望が狂ったように強まり、白清夙は獲物を仕留める楽しさを一刻も早く味わいたかった。
陸子涼に何問か数学の問題を根気よく教えた後、白清夙はキッチンに行って少しの柿を切った。彼が獲物に食事を与えるのはこれが最後だった。
彼は獲物の健康で満足げな様子が好きだ。
白清夙は、アパートに戻って以来、彼が陸子涼に対して繰り返している世話は、実は彼が無意識に悪念との抗戦であることに気づかなかった。彼は無意識のうちに自分がもたらしそうな暴行に時間稼ぎをして、魂の中の邪悪な面が支配権を握るのを防いでいた。
彼は自分が小涼を傷付けないことを密かに願っていた。
しかし比べてみれば、善良な思いがあまりにも弱く、彼には気づくことができなかった。
白清夙が一皿の柿のアヒルを持って出た時、陸子涼はすでにソファの肘掛けの上で眠ってしまった。
丸一日の試合で体力を消耗しすぎたのか、たった数分の間に陸子涼はすでに熟睡して、彼のボサボサとした黒髪は垂れており、紅潤な頬もソファの布によって柔らかい弧度ができ、手に握っていたペンも落ちそうになり、今にも深淵に落ちてしまいそうだった。
白清夙は息を呑んだ。
素晴らしくて魅力的な獲物は彼の領地の中で、完全に警戒を緩んでいた。
これは断ることができない誘いだった。
──彼を殺せ。
いつもなら上手く魂の奥底に抑え込める邪悪な声は、毎回陸子涼を相手にすれば、まるで血生臭い匂いを嗅いだ凶悪なサメのように、白清夙の完璧な守備は何層も破られ、はっきりとした誘惑な声を出していた。
──早く彼を殺せ!
白清夙の瞳は怖いほどに黒かった。
彼はその場に立ち尽くし、魔が差したように陸子涼を長い間に見つめた。
壁に掛けていた掛け時計はチクタクと鳴り、白清夙はようやく足を動かし、キッチンに戻った。
「あなたの身に何かがおかしい、小涼。あなたは心に悪意を持っている全ての人を、あなたに対して狂わせている」
白清夙はそっと言った。
「あなたは唯一私を狂わせることができる人だ……」
リビングルームのソファの上、陸子涼は何も感じられないほどにぐっすりと寝ていた。
そして一本の切れ味がいいフルーツナイフが段々と近づいてきた。
異様で緊張した雰囲気が空間の中に広がった。
まるで五年前に二人がボロボロの小さな土地公廟で出会った瞬間から、運命の歯車は彼らをこの残酷な瞬間へ導くようだった。
しかし、現実はそうじゃなかった。
怖い凶器を握っているその手は、元々……丁寧に用意した柿のアヒルを届けようとしただけだった。
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