第六章 命で償う(8)

 白清夙は黙り込んでいた。

「俺は残飯を食べ慣れて、食べ物の見た目の美しさをとっくに忘れてしまって、その時はびっくりしたが、俺はこうの食べ物も盗み食いしたから、一秒くらい躊躇って、一皿のアヒルを食べ切りました」陸子涼は笑った。「後で知ったけど、あの土地廟はすでに廃棄されて、誰も食べ物を持って参拝に行くはずがありません。あのいい人は……わざわざ俺に食事を与えてくれました」

 目の前のテーブルの上にも記憶の中と同じようなオレンジ色のアヒルが置いてあり、そしてアヒルを彫った人はすでに静かに手の動きを止めた。

 陸子涼は急に白清夙の椅子の手すりを掴んで、猛然と引っ張って白清夙を自分と振り向かせた。

「あなたはそのいい人ですか、うん?」陸子涼は手のひらに乗せていたアヒルを、白清夙の前で口に入れて、注意深く咀嚼した。「あなたがその沈黙で疎外、しかし甘い良い人ですか?」

 白清夙は彼の目を何秒間見つめて、彼のみずみずしい唇に視線を落とし、何も話さなかった。

 陸子涼は身を乗り出して彼に近づいた。「やっぱり昔に出会ったことがあります。だってあなたの態度は、どうもおかしいです。あなたは小さい頃の俺を密かに観察したことがありますよね?長い間にこっそりと俺に食事を与えてくれて、思わず俺の前に現れて近づき、俺に触れたことがありませんか?絶対に接触したことがあります。だって俺はうっすらとあなたの顔を覚えて、見覚えがあると思いました……しかし思い出す度、俺の記憶があなたのことを拒んでいるのを感じます」

 白清夙のまつ毛は少し震えた。

「あなたは、俺を傷ついたことがありますか、白清夙……」と陸子涼はそっと尋ねた。

 白清夙の呼吸は急に荒くなった。彼は口を開いて何かを話そうとしたが、陸子涼は急に身を乗り出し、彼にキスをした!

 白清夙の漆黒な瞳は見開いた。

 陸子涼は彼の唇に重ねて、彼のわずかに開いた口に熱い舌が入り込み、敏感な口の中で一回りに舐めて、白清夙が反応する前に退いて、彼の下唇を優しく吸って、それから彼は身を引いてこのキスを終わらせた。

 白清夙がその場に固まって、微かに錯愕した表情を出しているのを見ると、陸子涼は悪戯が成功したように笑った。そして満足そうに唇を舐めてから、一匹の柿のアヒルを持って口に入れて、満ち溢れる甘さを噛み締めた。

「今夜も一緒に寝てくれますか?」陸子涼は不敵な笑みを浮かべて、眉毛が曲がった弧度はかっこよくて魅力的だった。「常夜灯があっても、俺は暗いのが怖いです」

 白清夙は微かに唇をすぼめた。椅子側に垂れてフルーツナイフを持っている彼の手は、関節が白くなるほどに握り締め、彼は自分に置かれた状況がコントロールから外れたことに気づいた。

 彼は断然に断って、陸子涼と距離を置くべきだった。

 しかし事実上、彼は小涼からの誘いを断ることができるはずがないと再び証明された。

 各自風呂に入った後、灯りを消した客室のベッドの上に二人は一緒に横たわっていた。

 古い常夜灯のおぼろげな灯影の中、彼らはそれぞれの領域で寝て、それぞれの布団を抱き、真ん中に少し距離を隔てたが、妙に曖昧な雰囲気を醸し出していた。

 暫しの静寂の後、陸子涼は白清夙のほうに移動し、また近づいて、彼は落ち着きがなく白清夙の掛け布団に手を突っ込んだ。

「……」

 白清夙は陸子涼が彼の左手を引いたのを感じた。

 陸子涼は顔色一つも変えずに嘘をつき、恥知らずに白清夙の耳元に顔を寄せ。彼の低い男子の声で、「怖いから、俺に手を繋げさせてください」と言った。

「……」

 白清夙はまた彼を甘やかせた。

 陸子涼は彼の薬指の指根を揉んでは擦って、それから布団の中に入り込み、何を見ているのかわからなかった。暫くして、彼はまた布団の中から出てきて、白清夙に向けて笑った。

「おやすみなさい」陸子涼は枕に横たわり、ようやく手を止めて目を閉じて、従順に眠った。

 しかし白清夙の鼓動は冷静になれないほどに速かった。眠気などとっくに消え去って、彼の心の奥底に抑え込んでいた暗くて病んでいる欲望は、まさに狂ったように強まっていた!

 魅力的な獲物は手が届く距離にあり、しかも危険を察知できない上、絶えずに近づき、野蛮な振る舞いを取り、そして無邪気に笑いかけた……白清夙は深呼吸して気持ちを落ち着かせようとしたが、息を吸ったすぐに鼻の中には小涼が風呂に入った後の淡い香りに満ちた。

 それは彼と同じシャンプーの匂いだった。

 小涼の全身は中から外まで、彼の匂いと痕跡に浸かったようだった。

 白清夙の額は興奮のあまりに汗が滲み出て、殆ど衝動を抑えられなかった。

 彼はあの日を思い出した。

 それは彼のこれまでの人生の中で、一番特別な日だった。

 あの日、水泳試合会場から颯爽と戻って来た小涼は、校門で彼を止めた。

『先輩!』

 その時、小涼はそんな風に彼を呼んでいた。

 白清夙が振り返れば、髪が半濡れをして、中等部の制服を着た美しい少年が見えた。

 それは彼がこっそりと食事を与えて養って、十三歳まで成長した陸子涼だった。

 陸子涼は息を切らして彼の前に駆け寄ると、笑いながら『待って、待ってください!』と言った。

 白清夙は止まって、気長に彼が息を整えるのを待っていた。

『ハハ、先輩、うん、その、私のことを知らないかもしれないが、この学校に入ってから、あなたのことが気になりました。あなた……私たちは体育館で何回か会ったことがありますが、覚えていますか?』陸子涼は背筋を伸ばして頭を上げて、走ったせいで頬が赤くなり、その瞳はまるで燦然たる日の光に浸かったように、キラキラと輝きながら彼を見つめていた。

 子供の頃から栄養不足のせいで、この時の陸子涼は同齢の人よりも小さくて痩せており、高三に上がった白清夙を相手に、彼の胸元ほどの高さしかなかった。見るに小さくて脆弱だった。

 白清夙は俯いて彼の視線に合わせて、何も話さなかった。

 彼の熱意が冷たい態度に晒されても、陸子涼は落胆することなく、依然として笑みを浮かべながら『私たちのトレーニングを見に来たことがありますね?ほら!』と言った。彼は首元から何かを外し、白清夙の目の前に掲げた。『私は人生で初めての金メダルを取りましたよ!』

 彼は楽しそうに言って、宝を献上するようにその貴重な金メダルを白清夙の手に押し付けた。

 白清夙は指の腹でメダルの裏面に凸凹の触感を感じ、無意識にそれを裏返したら、裏面には誰かにカッターナイフで歪んだ名前──陸子涼を彫られた。

 自分で彫ったのか?

 白清夙の淡い疑惑が浮かび上がった途端、陸子涼が笑ってまた口を開いたのを聞いた。

『先輩、あなたは私の初恋です』

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