第六章 命で償う(4)

 夕方になり、陸子涼はタートルネックセーターを着て首のあざを隠し、綿のスリッパを脱がし、改めて靴下とスニーカーに着替えた。

 彼は白清夙の仕事場まで迎えに行こうとしていた。

 仕事場まで迎えに行くことは、恋愛対象を追求する時の初歩的な行動、全員がこれを好むわけじゃないが、白清夙の彼に対する愛がそこまで重いなら、退勤してすぐに彼に会えたら、心の中できっと物凄く嬉しいはずだ。

 陸子涼は鍵をかけて、山道に沿って坂を降りた。

 彼は予めネットで評判が高い景観レストランを予約して、白清夙と合流したら、彼と一緒にキャンドルディナーを楽しめ、お腹を満たした後にレストランの庭で散歩しながら話し、そして隣のショッピングモールへ行って映画を見る。家に戻った後は彼が真心を込めて作った夜食を食べて、風呂に入って、また昨日のように白清夙を自分のベッドに誘い込む……

 陸子涼は考えれば考えるほど満足していた。

 彼の微かに曲げている眉と目は笑みに満ちて、まつ毛は夕日の輝きの元、まるで金の光を帯びたように、彼のかっこいい容貌にもっと精緻で魅力的な魅力を増えさせた。彼は白清夙が朝につけてくれたマフラーを付けて、暖かい褐色のコートを着て、細長い足は濃い色の長いズボンに包まれ、特に着飾ることがないが、その一挙手一投足には、彼の立派な体つきを表していた。

 陸子涼は足歩みを軽やかにして、遠方を眺め、すぐに坂を下りた。彼は自分とすれ違った男は彼をチラッと見た後、足を止めたことに気づいてなかった。

 男は冷たい日に黒いパーカーだけを着て、頭に被ったフードは重い影を落とし、例え燦然とした夕日に向いても、はっきりと容貌を見ることができなかった。

 男は陸子涼の後ろ姿をじっと見つめ、乾燥した唇は猛然と上げて、怪しい笑顔を出した。

「おう、おう?」

 男は興奮したように独り言をこぼした。

「誰かに死体を盗まれたかと思ったけど、自分で逃げ出したのか?あなたを溺死したはずだけど?」

 男は急に方向を変えて、音を立てずに陸子涼の後ろに付いていった。

「カメラもあなたが盗んだようだ」彼は喉から激しい笑い声を出した。「まだ生きているとは、ハハ……いいだろう、最高だ。また最初から始めよう?ふふ……」



 山々に囲まれた明石潭は夕日に照らされた元、まるで橙紅色の弦月のようだ。

 広大な月の腹はキラキラと輝き、上に向けた二つの月の先は山林の中に隠れ、細長い水の影に引っ張られた。

 空はどんどん暗くなり、月の腹部分の煌びやかな市区と比べ、二つの月の先がいた湖の岸辺は夜になる度、寂しそうに見えた。

 東尖はまだしも、何家か住んでいる人はいたが、西尖は少し寂しい。一つのそれなりに大きい製薬会社の他に、検死解剖センターと検死解剖センターから一キロも離れていない市立葬儀場しかなかった。

 とにかく、ここの雰囲気はいんしんでおぞましいとしか言えなかった。

 湖を囲んだ桟道に歩く来客たちは、西尖を通り過ぎる時は思わず足歩みを早くして、悪いものに取り付かれないようにしていた。しかし元々ここで働く人にとって、そう気にすることではなかった。

 料理の味は変わらなかった。

 検死解剖センターのドアの前に、何人かのスタッフが揃って、一緒にケータリングカーから買ってきた焼きソーセージを食べており、後で中に入って残業するから、時間を惜しんでお腹を満たし、ついでにお喋りもした。

 一行が笑いながら話していたが、白清夙がドアの中から出てくるのを見ると、瞬時に黙ってしまった。

 恐らく少し礼儀悪く思ったのか、一人の女の子は気が付いた後、急いで挨拶をして、「えっと、終わりましか、白監察医?お疲れ様です」と言った。

 他の人も続々と口を開いた。

「最近は案件が多いですね」

「家に帰りますか?確か東尖に住んでいますよね。東尖のほうはあまり店がありませんね」

「一緒に焼きソーセージを食べてから帰りませんか?」

 白清夙は冷たいように見えるが、実はかなり丁寧で、「大丈夫です。一度警察署に戻らなければなりません」と簡潔に言った。

「あ、残業するのは私たちだけじゃないですね!」

「市区のほうが賑やかだから、確かに焼きソーセージでお腹を満たすことは必要ない、ハハハ!」

「白監察医はこの一日に、また湖を一周回りましたね。」

「今は早めに暗くなったので、車の運転には気をつけてください!」

 白清夙は簡単に挨拶をしてからその場を離れた。

 彼の車はそう遠くないところに止めて、車のエンジンをかけてすぐ、携帯電話にメッセージが届いた。白清夙はさりげなくチラッと見て、本来ならば無視するつもりで、手もシフトレバーを握ったが、次の瞬間、メッセージを送った人が誰なのか意識した後、彼はもう一度携帯電話の画面に視線を落とした。

『仕事は終わりました?晩ご飯は外で食べますか?』陸子涼からのメッセージだ。

 白清夙の顔にはあまり表情がないが、携帯電話の画面を眺める時間の長さから彼の心の中の驚きを露わにした。

 彼は携帯電話を手に取って、『どこで食べますか?』と返事をした。

 陸子涼は予約したレストランの場所を彼に送った。

 白清夙はチラッと見て、直接に陸子涼の電話をかけて、「もう出かけました?」と尋ねた。

『そうですよ』

「歩きですか?」

『ちょうどバスが来ました。市区まで乗っていきます。仕事は終わりました?』

「地検署(地方検察署)のバス停で降りてください。一緒に行きましょう」と白清夙は言った。

 通話の向こうの陸子涼はそっと笑ったようで、まるで一つの柔らかい爪のように心を搔きまわすした。

 白清夙は喉仏を動かし、クーラーから吹き出す暖房が少し暑すぎたように思い、手を伸ばして風口を調整した。

 彼は陸子涼が笑みを含みながら、『これはデート、知っているのでしょう?』と言っていたのを聞いた。

 白清夙は何秒かを黙って、「また後で」とそっと言った。

 電話を切った後、白清夙は殆ど制限速度を達している程度のスピードで地検署に戻り、一刻を争って仕事を片付いて、そして地検署のドアの前に立ち、彼の小涼が迎えに来るのを待っていた。

 彼は遠くないところにあるバス停を眺め、一台ずつのバスが止まっては離れ、また止まっているのを見ていた……

 時間が異常に長く感じた。

 でも白清夙は少しも焦れたく感じたことがなかった。それに反して、彼の心の奥底は、ある種の奇妙で病んでいる喜びを生み出していた。期待、満足、興奮、全部が命取りの罠のように、こっそりと彼の波乱のないクールな顔の下に隠し、誰も異常がわからなかった。

 陸子涼が積極的になる度に、彼はいつも変な満足感を感じていた。

 まるでその一番欲しくて愛しい獲物が、一歩ずつに自分がかけた罠に近づいているのを見たが、しかし全然危険を察知していないようで、思わず獲物が罠に捉えそうになるその瞬間を期待してしまう。

 あれはきっと完璧な瞬間だ。

 その時、着信メロディーは興ざめするくらいに鳴り始めた。

 白清夙は容赦なく電話を切る前に、一秒だけ注意を払って着信画面を見た。

 小涼はそのバスに乗ったのだろうか?

 白清夙の視線は交差点の向こう側で交通信号を待っている湖を回るバスを見つめ、思わずにガラス窓の列を覗き込み、陸子涼の姿を見つけようとしていた。

 携帯電話が再び鳴り始めた。

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