赤い糸の繋がる先は殺人鬼／冰殊靛

第六章 命で償う(2)

　ぽつぽつ、ぽつぽつ……

　その水の音はどんどん近づいて、どんどん近づいて、まるで誰かが水を滴って、こっちに歩み寄っているようだ。

　陰気で冷たい気配が見えない霧のように部屋に入り、肌に張り付けた。陸子涼は固まって、体に鳥肌が立って、瞳を大きく見開いて、死ぬほどに部屋のドアを睨んでいた。

　暫く経って、一つのびっしょりで死ぬほどに白い顔が急にドアの枠から顔を出した！

　心の準備をしたものの、陸子涼はしっかりと驚かされた！

　彼はよろめきながら一歩後ろに下がってから足を安定して、警戒しているようにあの水鬼を睨み、あの一応清楚な顔に何秒間視線を止めて、また急に声を上げて「血だらけで歪んだ顔になるな！」と言った。

「……」顔を変化して彼を驚かせようとした水鬼は、喉から怨念に満ちた唸り声を出した。

「君のことを知っている、昨晩私の夢の中に出てきたあの方だろう？明石潭の中から這いあがり、左足がなくなった、そうだろう？」陸子涼は少し震えて、チラッと雑物の山の中の掛け軸の棒を見て、気を落ち着かせた。

　水鬼は声をからして、「あたな……あなた……」と言った。

「この前明石潭で俺がその妹ちゃんを助けた時、君が俺を水の底に引っ張っただろう？俺に恨みがあるのか？その非難はお門違いだ、俺は君を殺した犯人じゃない、何でずっと俺に付き纏っている！」

「僕は……」

「お名前は！」

　水鬼はずっと邪魔されて、怒りのあまりに胸元からぶつぶつとした奇妙な音を出し、きょうまくが充血していた。彼は恨んでいるように陸子涼を睨み、口を開けて真っ赤な舌を出して、「駱洋。駱洋と言う。あなたは……」と声をからして言った。

　駱洋は死ぬほどに白い手を上げて、陸子涼を指さして、「あなたは……死んだ後に生きているように活動できるのに、何で……何であの殺人犯の正体を暴かない──！」と恨んでいるように言った。

　陸子涼は少しポカンとした。

　駱洋の顔は憎しみに満ちて、感情をコントロールできないと、自分の容貌もコントロールできないようだ。清楚な顔はたちまちに凹んで破裂し、怖い血肉が表に出た！彼のかすれた声は、まるで血を流しているように泣いていた。

「悔しいよ、恨めしい……何で彼を逃した？誰だと知っているくせに、何で彼を暴かない、あ？何で彼を恨んでいない？あなたは、あなたと彼はぐるなんだ──」

　惨めな叫び声の元、駱洋の五官は瞬時に裂けて、血を噴出した。彼はその血だらけで歪んだ顔で突進して、直接に陸子涼を抑えつけた！

　ガランという大きな音がした後、陸子涼は痛みをこらえて、駱洋が大きく口を開いて彼を嚙もうとした動きを見て、彼は瞬時に傍の掛け軸を持って、強く抑えた！

　どうやら白清夙がわざわざ戒めを破ってまで、彼に使った魔除けで精神を安定させるお札の効果はもう切れた。駱洋の怖くて腐った顔は目の前に近づいて、一滴一滴の血が陸子涼の頬に滴って、まるで冬場の氷のように冷たかった。

　陸子涼は息を切らして、喉仏を上下に動かし、「俺は犯人を知らない、誰なのかわからない！」と落ち着いた声で言った。

「王銘勝（ワンミンセイ）！王銘勝──」駱洋は正気を失ったように声をからして叫んだ。「知らないなら、何で彼に殺された──」

　これは陸子涼が死んだ後に初めて犯人の名前を聞いた。

　彼は心を震わせて、抑えきれずにポカンとした。

　たった一秒の間に、抑えていた掛け軸は乱暴に手から取られ、駱洋は彼の首を絞め、声をからしながら「彼は僕のようなタイプが好き、彼はスポーツ選手が好きだ！彼はその気持ち悪い征服欲を満たすのが好きだ！何でそんなに余裕があるのか？苦しまずに死ねたのか──」と言った。

　殺されたのなら、苦しまずに死ぬことができるはずがない。

　でも陸子涼は覚えていなかった。

　その苦しみの過程も、苦しみを与えた人のことも覚えていなかった。

　陸子涼は息ができないほどに絞められ、彼は口を開けながら、強く駱洋の手を引っ張って、膝を上げて駱洋を蹴って、彼を蹴り飛ばした！

　駱洋は雑物の山の中に叩きつけられ、大きな音を立てた！

　陸子涼の喉と胸元は極めて痛んで、彼は背筋を伸ばして座り直し、苦しみながら喉の骨に手を当てて、抑えきれずに咳をした。口の中には明らかな血生臭い匂いが漂っていた。彼は精一杯に呼吸を整えて、目を上げて冷たく駱洋を見つめていた。

　駱洋が足掻きながら立ち上がり、また突進しようとしたが、陸子涼は軽くかすれた声で「俺は犯人のことを覚えていなかった」と言った。

「そんなのあり得ない！僕が死んだ後に唯一覚えているのが彼だった！」駱洋は信じられないように彼を睨みながら吠えた。

「どうやらみんなの状況は違うみたい、俺はどうしても彼の顔を思い出せなかった。それに俺が死んだ後、俺はプラスチックの椅子すらも動かせないが、君は鍵をかけた鉄の大ドアさえもこじ開けることができる」陸子涼は軽く眉をひそめて、苦しそうにまた何回か咳をした。そのかっこよくて青白い顔に微かな脆弱さを帯び、見ているだけで慈しみを感じた。

　激怒した駱洋は、そのかっこいい顔を見てうっとりして、陸子涼を虐待したいという変な衝動に駆られた。

　陸子涼は声をからして「犯人は王銘勝なら、何で王銘勝の家のドアをこじ開けないのか？ここに来て何の意味がある？」と言った。

　駱洋のまるでブラックホールのような口の中、血が付いた歯の先は獣のように擦り合って、「もちろん彼を探した。一番最初に探したのが、あの忌々しいクズだ！でも、でも彼の傍には……」まるで急に何か恐ろしいものでも思いついたように、彼は本能的にたじろいだ。「悪鬼、彼の傍には悪鬼が居る。僕は、僕は近づくのが怖かった……悪鬼はまるで法術が使えるように、まったく、僕たちとは違うレベルだった」

　悪鬼？

　陸子涼はすぐにあの老いた廟公に取り付く、彼に赤い糸を求めさせるように誘った悪鬼を思いついた。

　十中八九同じだ。

「死ぬ前に月下老人を拝みに行ったのか？赤い糸を求めた？」と陸子涼は尋ねた。

　この訳の分からない問題に駱洋は怒った。「月下老人を拝みに行ってどうする？僕はもう王銘勝と付き合っていたから、月下老人を拝んでどうする！道徳的に許されることではない！」

「付き合っていた？」陸子涼は少し驚いていた。「どれくらい付き合った？」

「一年だ。後の二人の被害者も彼と半月くらい付き合った後に殺された」そこまで言った、駱洋も少し止まって、どうやら落ち着いたようで、その血だらけで歪んだ顔も元の様子に戻ってきた。「え、ちょっと待って、そう計算すれば、前の人が殺されてからまだ数日間しか経っていないなら、あなたはどこから来た？彼とどれくらい付き合った？まさか付き合ってもいないのに殺された？」

　陸子涼はまつ毛を少し震わせた。

　──全部で四人の被害者が存在しているが、彼だけは赤い糸を結んだせいで死んだ。

　あの悪鬼はまず王銘勝を惑わせて一年も付き合った駱洋を殺して、それから連続で二人の好きな交際相手を殺させて、少しずつ王銘勝を殺人魔にした。その後、わざと陸子涼を誘って赤い糸を結ぶように仕向けて、彼と王銘勝を引き合わせ、王銘勝の獲物にした。

　そして彼が獲物になった夜に、バスタブの中で命を落とした。

　よく考えれば、表面的に陸子涼は前の三人の被害者と同じように、ただ不幸にも王銘勝という殺人魔に目を付けられたスポーツ選手だ。実際では、王銘勝は前の三人にしか目を付けておらず、最後の獲物は悪鬼が自ら王銘勝の代わりに選んだ。

　陸子涼は指を握り締めた。

　悪鬼は本当に彼を目の敵にしていた。

　あの時、月下老人はただの悪ふざけと言ったが、まっぴらの嘘だった。実際に、陸子涼もそれが嘘だとわかっていたけど、彼はただ暴きたくなく、自分を欺いていただけだ。

　彼の人生に降りかかった全ての苦しみと不幸の原因は他にあるのだろうか？

　必ず彼の親愛なる兄によるものだ。

　──責任を負わせることも、会えることもできないその人だ。