第五章 鬼神に近づかないこと(6)

 心臓の音が鼓膜の中で激しく鼓動し、頭は真っ白になっていた。

 その『ろく』の字はまるで信じられないほどの奇跡のように、一瞬にして絶体絶命の状況を完全に逆転した。

 陸子涼の胸元に熱い熱意が沸き上がり、まるで沸騰している溶岩のように全ての妨げを切り開き、真っ直ぐに脳に向かって、全ての雑念を燃やし尽くし、一つの考えしか残らなかった──

 白清夙は自分を愛している。

 白清夙は自分を愛しているのかよ?

 陸子涼は瞳孔をひどく震わせていた。大いなる可笑しさと狼狽えの中、彼はまるで呼吸を忘れ、真空の環境に落ちたようだった。

 陸子涼は、誰かに愛されていることをこんな風に直観的に感じたのは人生で初めてだ。

 ここまでに直観的に認識した後、初めてこの人は彼に対して本気だと信じ始めることができる。

 白清夙の彼に対するお世話も甘やかしも、手段じゃなくて本心だった。

「ハハ……」

 陸子涼は急に笑った。

 勝負欲のせいであちこちに求め続けてきた赤い糸は、初めて本物のように見え、そして重みを持つようになった。

 勝手に笑っていると、手首は急に誰かに掴まれ、この静寂な雰囲気を破った。

「一体どんな人と結んだ?」月下老人は冷たくて厳しく言った。

 その厳しい口調に、陸子涼は少しポカンとした。

 城隍もこっちに近づき、声のトーンも同じようにピンと張っていた。

「一晩で六桁目になるなんて、絶対におかしい」と城隍は言って、「私と月下老人はこの場に居て、この法器が間違えるはずがない。まさか相手はあなたの知り合いなのか?」

 陸子涼は彼らを見て、二人は警戒している様子を見せ、全く喜ぶ表情はなかった。それからぼーっとしながら笑顔を収め、「わからない、この人は覚えていない。しかし彼は確かに……」と言った。

 月下老人は手を伸ばして彼の指の根を掴み、両指が彼の薬指にある赤い糸に当てて、目を閉じて赤い糸の向こうに繋がっている人は誰なのか調べた。五秒も経たない内に、月下老人は目を開け、ひどい顔をしていた。

 彼は死ぬほどに陸子涼を睨みつけながら、冷たい口調で「気を付けろと言ったはず、また……」彼は歯を食いしばって、その眼差しには期待した者が立派になれなくて、焦っているように見えた。

 城隍は心の中でがちゃんとなり、「誰?誰と繋がった?」と焦って尋ねた。

「白家のあの邪悪なもの!気が済んだのか!」と月下老人は怒って言った。

 城隍は瞬時に黙り込んだ。次の瞬間、彼は陸子涼の手首を掴んで、月下老人の面前まで強く引っ張って、今までにない冷たい口調で「赤い糸を切れ、今すぐに!」

 陸子涼はそれを聞いて、初めての反応が強く手を引っ込め、背中に隠し、「まままま待って──何で切るのか?邪悪なものっていうのはどういう意味?」

 月下老人と城隍は死ぬほどに彼を睨みつけ、特に城隍、その怖い青面獠牙の仮面はまるでその後ろから透けてきた睨みの視線によって燃やされ、二つの大穴が出来そうだった。

 大きくない偏殿の中、神たちの身に漏れ出る威圧は今までよりも増えており、殆ど跪くように押しつぶれそうだった。陸子涼は少し呼吸を止めて、本能的に二歩後ろに下がり、カチッと廟の扉に寄りかかり、「一体どうしたのか?」と冷静に尋ねた。

 月下老人と城隍は声を発さなかった。

 陸子涼は軽く息を吸い、「彼は殺人魔なのか?」と心の底から一番確認したいことを尋ねた。

 暫く静寂の後、月下老人はようやく口を割った。「殺人魔ってわけじゃないけど……」と彼はいやそうに言った。

 この答えは予想外だった。

 陸子涼は唖然として、「違うのか?彼は本当に殺人魔じゃないのか?」と言葉を遮った。

「私が聞いた話によると、今のところ、彼はまだ本当の意味で人の命を奪ったことがなかった」と月下老人は言って、「だからと言って、彼が危険じゃないわけではない──」

 後ろのその言葉に、陸子涼は耳を傾けていなかった。

 彼は自分の胸を圧迫して、精神を圧迫して、息苦しくさせた大きな石が急に消えたように恍惚として感じた。

 ……殺人魔じゃない?

 白清夙は殺人魔じゃない!

 それだけでなく、白清夙は彼に対して六桁までの重い愛があった!

 陸子涼はこんな風に天から降ってきた巨大な幸運を一度も体験したことがなかった。

「ハ.ハハ、彼を誤解してしまった!」陸子涼は笑って言って、「結局のところ、俺自身が過激な反応をしてだけで、彼は悪いことをしたことがなかった!なんだよ、バカみたい、自分で死ぬほどビビっていた、ハハハハハ──」

 しかし城隍は怒って「何を笑っている、何もわかっていない!彼と関わればいいことはない、私の言うことを聞いて、赤い糸を切れ」と言った。彼は月下老人を見て、異常なほどに興奮し、「早くやれ!」

 城隍は急に怒り出したけど、月下老人はかえって落ち着いた。

 月下老人はその『陸』まで傾いた法器を暫く見つめ、小声で城隍にこう言った。「チャンスは一回しかないと言ったはずだ。赤い糸を切れば、陸子涼は今世を諦めて、運命を受け入れてあの世に行って、生まれ変わるしかなかった。二つ目の選択肢はない」

 城隍はまた固まった。

 明らかに彼は陸子涼の死を望んでいない。

 月下老人の澄んだ瞳には瞬時に濃い皮肉が沸き上がった。

 彼は陸子涼が聞こえない声で、そっと城隍に「そもそもあの時は陸家が彼を見捨てたのなら、今更彼は何も分からないと責めるんじゃない。あなたが少しでも彼を気にかけていたら、こんな絶境に陥ることはなかった!」と言った。

 彼の幼い瞳の中は嫌悪と警告に満ちていた。

「彼は何のために死んだのか忘れるな。あなたが一番彼のことに手を出す資格がない」

 傍に垂れている城隍の手は拳を握り締めた。

 月下老人は視線を戻して、再び陸子涼を見つめ直し、「あなたの運はいいのか悪いのかわからない。六桁までの重い愛は確かに初めて見たが、これ以上に重みを重ねることは、恐らく天を上ることと同じように難しいことだろう。あなたが繋がった人は一般人じゃない、あなたが理解できる方法で言うと、彼は潜在の殺人魔だ。ご飯を食べている途中で、急にあなたを殺してもおかしくない。それに、もし彼に殺されたら……」と彼はそっと言って、「あなたは生まれ変わるチャンスさえもなくなるかもしれない」

 陸子涼の笑みは減ることなく、ただ「彼は大人になっても人を殺したことがないのでは?」と言った。

「うん、まだだ。まだ人を殺していない」月下老人は鼻で笑った。「彼の魂の本質は邪悪なものだけど、珍しく頭が冴えており、自制心が強くて冷静だ。代々神に仕える白家に生まれているのに、小さい頃から鬼神のことには触れず、すべての悪鬼と鬼神たちの彼に対する接触と誘惑を絶った。まぁ、自分の人間性を保つために、精一杯の努力を尽くしたようだ」

 陸子涼のまつ毛は微かに震えた。

 鬼神に近づかない?

 白清夙は彼に鬼神のことに触れるなと言ったが、自分も触れていないんだ。

「しかし、力を尽くしたとはいえ、必ず目標に達成できるわけではない。あやつは不定期の爆弾のように、いつもは平然としているけど、爆発してもほんの一瞬、本当にそうなれば、彼は自分の邪悪な欲望を抑えることができない。そして彼が最も愛しているあなたは、絶対に一番に酷い目に遭ってしまう。それに……」月下老人は冷酷に言い続けて、視線を上に送った。「彼はもうあなたのために、戒めを破ってしまった」

 陸子涼の心はドキッとして、「何?何の戒めを破った?」

「あなたの身にはお札を使った痕跡があった。魔除けで気を落ち着かせるお札、これはあなた自分ができるものじゃないだろう?」月下老人の冷たい声が聞こえた。「彼は小さい頃から鬼神に触れることを拒絶していたのに、あなたのために簡単に戒めを破った。ただ、は、ただ数時間の効果しかない魔除けで気を落ち着かせるお札を使うために!私の腕が悪ければ、あなたも恐らくあのお札によって紙紮人形の体から追放されてしまった!ほら、本当に興味があるものに会った時、彼は自分を抑えられなかった。長年にわたって守ってきたルールは、何の躊躇もなく破ってしまった」

 陸子涼は徹底的に固まった。

 魔除けで気を落ち着かせるお札?

 彼はすぐに夢に出た、あの池の中から這い上がったお化けを思いついた。

 あのお化けが彼の腕を掴んだ時、まるで熱い溶岩に触れたように急に手を放し、手のひらが妙に崩れ爛れた。夢の中で陸子涼は少し戸惑って、自分はお化けにとって毒があるのかと考えていた。

 本当に毒があったのか。

 彼が知らない間に誰かが彼にために、魔除けができる毒の衣を優しく着させてくれた。

 なのに彼は相手のことを両手が血に染まっている殺人魔だと疑ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る