第五章 鬼神に近づかないこと(4)

 陸子涼は少し驚いて、失礼ながらも心の中で無意識にここを月下老人の廟だと思い込んでしまった。彼は両手を合わせて身を屈めて参拝しようとした時、ある手が急に現れて彼の肘を掴み、礼儀作法を止めさせた。

 陸子涼は驚いて、顔を上げると怖い青面獠牙の仮面が見えて、またひどくびっくりした。その仮面を被る者があの門神であることに、ようやく気付いた。

 この朝はずっとハラハラとして過ごしていたから、「なんだ?」と彼は態度を悪くして言った。

「冤罪を訴えるのか?直接に私に教えていいんだよ、かわいい子ちゃん」と門神はそっと言った。

「……」陸子涼は彼の手を振りほどき、「こんな所で俺を口説いて大丈夫なのか?あなたの上司は俺たちを見ているのよ」

「そのほうが面白いじゃん」門神は笑い出した。「それに口説いてなんかしていない。かわいい子ちゃんはあなたに対する愛称で、愛情とは関係ない」

「図々しい。陸さんと呼んで」

「お断りする。私はその呼び方が嫌いだ」門神の声は一瞬、微かに冷たくなったが、すぐにまた誤魔化された。「月下老人を探しに来たのだろう?隣に行こう」

「せめて参拝させて、でないとあなたたちの廟公はまた俺を止めて、礼儀を知らないと暗示してくる」と陸子涼は言った。

「あなたなら、参拝が必要ない」

「ハッ、あなたの言葉は通用しないよ。こんな風に来ては離れて、城隍爺に対して礼儀になっていない」

「どうせ彼はいないし、無駄な礼儀なだけ、何でそんなに気になるのか?まだ若いのにもう固くなったね」そう言いながら、陸子涼と肩を組んで、馴れ馴れしく彼を連れ出し、「こんなに早く月下老人を探しに来たということは、赤い糸の相手を結んだだろう?誰だ?どんな男?まさか本当にピュアな男子大学生を見つけたのか?早く教えて、めちゃくちゃ気になる!」

「まさかあなたが城隍ってことはないよね?」と陸子涼は急に言った。

 門神は少し固まった。

「訳もわからずに俺の参拝を止めて、殿内でこんなにも生意気に振舞って……まるで自分の家にいるみたいだ。それに、例え廟の中に本当に門神がいたとしても、門神全員が一人しかないわけがない──」陸子涼は少し目を細めて、「いや、あの時月下老人が言ったのは……」

 ──見るな。振り向いて。彼を私の門神だと思えばいい。

 彼を私の門神だと「思えばいい」。

 じゃ彼は門神じゃない?

 じゃ彼は本当に──

「ストップ!ストップストップストップ!」門神は両手で陸子涼の頭を掴んだ。「もういい。これ以上に頭を回転させるな、物事を複雑にしないで。私はただあなたといい友人になりたいだけ、ダメか?私が誰なのか、そんなに重要なのか、何で真相を追究しないといけないんだ」

 確かに。

 でもなぜか知らないが、陸子涼の心の中に訳もわからない焦りが沸き上がった。この感覚は気味悪く、まるでうっすらとある種の不吉が近づいたのを察したのに、どうしてもその痕跡が見えないようだ。

 門神はもう一度彼と肩を組んで、左の偏殿に近づきながら、「あ、そうだ。死体を運ぶのに力を貸したことを言うな、月下老人はあなたの失敗を望んでいる。もし私が力を貸したことを知ったら、多分めちゃくちゃ怒ると思う──」

「何でずっと仮面を付けているの?」と陸子涼はまた急に尋ねた。

 門神はまた固まった。

 陸子涼は自分の肩に回した腕が硬くなったのを感じた。

「その仮面は、職位に必要があるのか」陸子涼は自分が真相近づいているのを感じた。「それとも……」

「それは彼がわざと付けているものだ」

 澄んだ声がした。

 赤い服を着た月下老人は敷居を跨いで、左の偏殿を出た。昼時ではその性別がわかりにくい幼い顔はもっと幼く見えた。でもその口調は大人っぽくて、少しイライラしてる。「一体それのどこに聞く価値があるのか?彼はあなたを驚かせたくないから、あなたと会う時はいつも仮面を付けていた。全ての神が私と同じようにいい顔をしていると思っているのか?」

 月下老人は鼻で笑った。

「もし彼の素顔を見たら、きっと毎晩悪夢を見るから、さっさとその無駄な好奇心を収めて……」月下老人は視線を落とし、手を回された陸子涼の肩を見つめ、声が急に冷たくなった。「今すぐに手を放して!」

 陸子涼は少しポカンとして、次の瞬間、自分の身に乗せている腕が大人しく引っ込めたのを感じた。

「……」おかしすぎると、陸子涼は思う。

 この廟の順次は一体どうなっている?

 月下老人は強く警告しているように「門神」を何秒か見つめ、それから視線を戻した。振り向いて陸子涼と話す時、その口調には明らかな差があった。「入れ」と緩和して言った。

 でも陸子涼はもうそのオーラで震え上がり、急いで大人しく入った。

 隅にある雨漏れを受け止めるためのプラスチックのボウルは、もう撤去された。左の偏殿は綺麗で明るい、供える台の上に新鮮な果物が置いてあり、線香は空気の中で一束ずつの煙を引っ張り出した。

 仏壇の上、白髪の月下老人の神像は優しそうに目を細めて、微笑んでいるように見えた。

 陸子涼は振り向いて神像を見つめ、「その時は俺を驚かせるかもと心配していたから、彼を門神だと嘘をついた?」と思わず口を開いた。

 耳元から嘲笑う声が聞こえた。

「何、余計なお世話だなと思った?自分がいい度胸をしているから、守りは必要がないと思った?」月下老人は馬鹿を見る目で彼を見つめた。「その時、あなたは死亡を経験したばかりで、かも惨めに殺された幽霊、自分の状態がどれだけ悪いのか知らないだろう。ひどく驚かされた状況で城隍の名を聞かせては、あなたの精神と知恵を傷つけてしまう」

 月下老人は冷笑いして、「何せ世の中でいい人はあまり多くない。例え被害者でも、生前で数えきれないほどの罪を犯したことがあるかもしれない。あなたは良心を背いたことをしたことがあるかどうか、誰にもわからない。死んだ後に城隍に会って、気が狂い程に驚かされた幽霊が多すぎた」と言った。

「ありがとう」

 月下老人は眉を上げて、どうやら気分がよくなったようだ。「そうこなくちゃ。でも、まだ一日しか経っていないのに、どうやって紙紮人形をここまで損傷させた?これらの損傷は不可逆的だから、あまり時間がないようだな、ハッ」

 陸子涼はそのほくそ笑む姿を見て、思わず弄ばれたことを思い出し、ついイライラした。「事前に水に入っちゃいけないとは言っていない!」

「そんなに頭いいから、自分で考えてよ」

「あまりにも俺を買い被りすぎるだろう!一瞬で誰が思いつくのよ!」

「私もあなたが真冬で水に入るとは思いついてなかった。なんだ、待ちきれなくて泳ぎに行った?」

「そう、泳いだ」陸子涼は何とも言えず、「人を助けたところでもう少しで自分を溺死するとは、驚いたものだ」

 月下老人は少しポカンとした。その面白がっているように悪ふざけをした顔は瞬時に収まり、暫く彼をじっと見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る