第五章 鬼神に近づかないこと(3)

「食欲がありませんか?」傍から淡々と尋ねた声が聞こえた。

 陸子涼は我に返って、白清夙のボウルはもう底について、そして自分はまだ何口しか食べていなかった。

「あ、いや、ちょっとボーっとしただけです」陸子涼は笑って言って、何事もないように麺を吸い込み、「こんなに大きな円卓を家に置いているのを初めて見ました。これは十人くらい座れるじゃないですか。二人で座るのは贅沢なこと、あなたたちは大きな家族ですか?でも昨日から他の人に会ったことがないようだけど、こんなに大きい家に一人で住んでいますか?」と雑談しているように言った。

「うん、先祖から伝わってきた古い屋敷で、他の人はもう引っ越しました。私は仕事のためにここに引っ越しました」

「仕事ですか?」陸子涼は少しポカンとして、「果樹園農家じゃないですか?」と驚きながら言った。

「……」白清夙は「それはおばあちゃんの果樹園で、私はただ代わりに世話をしているだけです。ここは元々おばあちゃんが住んでいます」と言った。少し止まって、「おばあちゃんこそあなたが昨日起きてばかりに探している神婆です」と言葉を付け加えた。

「ここは本当に神婆の家ですか?!」陸子涼はもっと驚いた。

 月下老人は彼を騙した訳じゃないんだ!

「神婆を探して何をするつもりですか?」と白清夙は尋ねた。

「あ?え……」陸子涼は一瞬言葉を詰まらせ、「ただ……気になっただけです。町で有名な神婆だと聞いたので、結婚のご縁はいつ訪れるかを占ってもらおうとしただけです」彼は本当のことと嘘を混ぜ合わせ、どんどん順調に「これまでにもう何軒かの月下老人の廟を訪ねたけど、どれも赤い糸をくれませんでした。本当にどうしようもなく神婆の所で聞いてみようとしただけです。でも、今ならもう聞かなくても大丈夫です」と言った。

 彼はその魂のこもった瞳で軽く白清夙をちらりと見て、太陽のような笑顔を見せた。彼を惹きつけている目的はかなり強かった。

 でも白清夙は黙り込んだ。

 彼は今回再会した後、陸子涼の身に起きた数々な奇妙な現象を思い出した。

 陸子涼が訳も分からなく彼の家の果樹園に倒れていることも、陸子涼の肌の異様な触感も、それから明石潭を通り過ぎる時、彼を池の中に引っ張った奇妙な力もすべてが含まれていた。白清夙の親指は軽く薬指の指の根を擦れ合った。水の中に引っ張られて陸子涼を助け後、彼は何かに縛られた感覚を味わった。

 でも指をよく見てみると、何も見えなかった。

 白清夙は幼い頃から成長してきた環境と彼の冷淡な性格のせいで、鬼神のことに恐れる、または不吉に感じることはあまりなかったが、今回に限って、彼の心は微かに緊張して、何故か不安になった。

 彼は陸子涼を見て、「それらに触れないでください」と言った。

 陸子涼は一口で卵を食べた。「うん?」

「鬼神のことに触れないでください」白清夙の漆黒な瞳は彼をじっと見て、「あなたは元々危険や災いを招きやすいです。もし鬼神のことに触れれば、より危険に遭遇しやすくなります。かつて誰かに警告されたはずでは?あなたがこの世には神と幽霊が存在していることを分かっても、聞くことも触れることも、信じることもせずに、できるだけそれらを遠く離れて、いつまでも控えているようにしてください」

 白清夙の声は段々と冷たくなった。

「でないと、全ての悪意は再びあなたの身に集まります。いつでも怪我をすることも、命を落とすことも可能です」

 陸子涼はきょとんとした。

 遠い昔の記憶にはさざ波を起こしたようだ。

 確かに昔は誰かに警告された。だから彼は一度も神に拝んだことがなく、廟または幽霊が集まっている場所に触れることなかった。そして幼少期に四方八方から感じた殺意は、彼が避けることで減っていった。

 彼は安全に生きて、そして大人になった。

 ただ時間が長く過ぎて、彼はこの習慣を鍛え上げた警告をすでに忘れてしまった。ただ無意識に自分は庇護されないことを知ったから、廟に行って拝んだことがなかった。

 友達が無理やりに彼を連れて赤い糸を求めていかない限り、こんな方法で失恋の気持ちを整理することは一生思いつかないだろう。

 今よく考えれば、彼は確かに廟に行って赤い糸を求める途中で事故が起きて、惨めに殺された。

 もし月下老人に拝みにいかなければ、彼は死なない。

 白清夙を見る陸子涼の眼差しに変化が現れた。彼は声をからして、「何で……あなたは誰ですか?どれくらい知っていますか?」とようやく聞き出せた。

「それはどうでもいいです。私の言葉を覚えてください、小涼。もう忘れないでください」

 白清夙は食器を片付いて、また陸子涼の携帯電話を取って、自分の電話番号を入力した。

「お腹を満たしたら先に薬を飲んでください。ゆっくり休んで、何かあったら私に連絡してください」と白清夙は言った。



 山腹の上にある小さなボロイ廟、四合院の古宅と同じ山道にあった。

 白清夙は仕事のために出かけた後に続いて、陸子涼も急いで出かけ、道に沿って山に登り、月下老人を探して昨日引っ張り出した赤い糸を測ろうとした。

 彼の心に少し不安があった。

 朝の「鬼神に近づかないように」という警告を聞いた後、今更月下老人を探し行くことも、何だか白清夙に隠れて浮気をしてるみたいで、もしバレたら……

 白清夙が鶏を殺している時に使った包丁と、その鶏が瀕死にした時に出した人のような叫び声がまた彼の頭に浮かんだ。

 背中にひどい汗が出た。

 陸子涼は歩みを速めた。早く行って、早く帰らないと。

 暫くして、見覚えのある小さなボロイ廟が目に入った。この廟は元々人気がなく、今はまだ早いかつ平日なので、廟の中には一人の客もなかった。

 陸子涼は左側の殿に向けて走り出そうとした時、後ろから誰かに呼び止めた。

「おう……赤い糸を求めに……来たのか?」

 老いてかすれた声で陸子涼は驚かされた。振り返って見ると、明らかにその老廟公だった!

 老廟公は親切な笑顔を出そうとしたが、顔の筋肉を動かせば、全てのしわが深い渓谷のように刻まれ、より怖く見えた。老廟公は手招いていた。「来て……こっちに来て……」

 陸子涼はその時の恐ろしい記憶を一瞬にして思い出し、ぞくぞくとした眼差しで「いえ、大丈夫です」と言った。

 老廟公は優しそうに「まずは正殿に行って……挨拶しないと……メインの神様を拝んだ後……また側殿に行って……」と言った。

 陸子涼は少し固まった。その時彼と話した老廟公の声が大きくて元気で、言葉が連続的だったが、何で今日はこんな風に震えている?だからその時に彼を赤い糸を求めに呼び戻したのは、本当に老廟公の身に宿っていた悪鬼だった?

 陸子涼は考えれば考えるほど怖くなった。この廟の常連客でない限り、異様に気づけるはずがない!

「おじいさん、大丈夫ですか?体のほうはどうですか?」と彼は思わず尋ねた。

 老廟公は「あ」と言って、「大丈夫……大丈夫だ……」と笑って言った。正殿に指をさして、「参拝には……順序がある……先に……正殿に行かないと」

「わかりました、すぐに行きます。ありがとうございます!」陸子涼は急いで言って、すぐに逃げた。

 失礼だけど、老廟公のあの顔は、多分彼の一生のトラウマになったのかもしれない。

 冬の陽の光は暖かい。正殿に踏み入れた後、陸子涼は自分が一度もこの廟のメインの神様が誰なのか注意したことがないことに気づいた。彼は気になって頭を上げると、仏壇の上には威厳のある神像が目に入った。

 彼はまた上に刻まれた文字を見た。

 城隍爺チンハヮイエだった。

 ここ城隍廟チンハヮミョウだったのか?

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