第五章 鬼神に近づかないこと(2)

 白清夙はしゃがんで、脇に挟んでいた厚い靴下を取って、陸子涼のために片足ずつに履かせた。

「ここに残っていいですよ」白清夙はようやく口を開いた。「あなたが健康になるまで」

 彼は腕を陸子涼の尻に回して、楽勝に彼を竹椅子から抱き下ろした。口で言うよりも、彼は直接に体を動かすことに慣れているらしい。

 両足がスリッパに触れるまで、陸子涼はようやく我に返って、目を輝かせている。「本当ですか?本当にここに残させてくれますか?」

「朝ごはんは自分で出前を頼んでください。食べたら薬を飲んでください。あなたはまだ少し熱があります」白清夙はまた新しいゴム手袋を取り出してつけ、改めて包丁を持ってまな板の前に戻り、もう彼を構うつもりはないようだ。

「何で出前を頼むのですか?」陸子涼は困惑しながら後に付いていき、「もう料理を作るつもりじゃないですか?」

「いえ」

「じゃ何のために朝から鶏を殺していますか?」

「そろそろ殺すときです」

 陸子涼は猛然と口を閉じた。彼は白清夙が包丁の先を慣れているように回し、その鶏を切り裂いて、それからペンチで骨を切り、肺と心臓を取り出すのを見た。その繊細な作業は、鶏を殺していると言うよりも解剖を楽しんでいるようなものだ。

 陸子涼の喉は何故か急に乾くなった。

「それはあなたが飼った鶏ですか?」と彼は何気ないように尋ねた。

 白清夙は頷いた。「気になるなら見に行ってもいい、裏口の外にあります。でも先に朝ごはんを頼んでください。気を逸らさないでください」

「今見ていますよ」陸子涼は出前のアプリを開いて、何気なく弄っていた。思わず厨房の裏口に足を運んで外に視線を送ると、やはり遠くないところに簡単に出来ていたフェンスがあった。あまり大きくないけど、中には鶏の他に、鴨もあった。また何歩か外に歩けば広大な果樹園があった。

 陸子涼は首を引っ込め、「じゃ何が食べたいですか?一緒に頼みます」と尋ねた。

「私は大丈夫です」

「注文が少ないと割に合いません」

「卵入りのコンソメスープ麺です」

 陸子涼の指は少し止まった。数秒後、「え、俺も朝ごはんにこれを食べるのが好きだよね。特に中学と高校の時、満足感があります」と笑って言った。

「今は好きじゃないですか?」と白清夙は尋ねた。

「好き、まだ好きですよ。ただ暫くそんな風に食べていませんでした」陸子涼は彼の後ろ姿を見て、「お粥のことも麺のことも、俺たちの好みは意外と合いますね。少なくとも食べ物に関しては、きっと喧嘩することはありません」とそっと言った。

 白清夙はただ淡々と「うん」と言った。

「どんな鶏は殺すべき鶏なんですか?」と陸子涼は急に尋ねた。

 臓器を整理している白清夙の手はわずかに止まった。

「成熟した鶏です。柿で例えるのなら、果実が熟して膨らみ、健康的な光沢を持つようになったら、摘み取る必要があります」彼は少し頭を傾げて、陸子涼を眺めた。

「私は熟していたくらいが丁度いい果実のほうが好きです。物凄く魅力的です」と白清夙は柔らかく言った。

 その一眼はたんぜんとして、まるで普通の人が相手に相槌を打っている時、礼儀に基づいた見つめ合いで、そしてまた視線を引っ込めたようだ。でも何故か分からないが、陸子涼は鳥肌が立った。

 熟す。

 膨らむ。

 健康的だ。

 ──早く健康になってください、小涼。

 ──健康になるまで、ここに残っていいですよ。

 強烈は驚愕感が陸子涼の心に沸き上がった!

 自分が健康になったら、何が起きる?

 陸子涼は急に抑えきれないように、身を屈めるほど激烈に咳をし、喉の中は淡々と錆びた鉄の匂いが出てくらいに咳をした。でも気が付いたら、白清夙はもう彼の傍に立って、軽く彼を支えていた。彼にはその血生臭さは自分の喉から伝わって来たのか、それとも白清夙の身に纏っているのか、少し分からなかった。

 白清夙はもう一度竹椅子を引っ張って彼に座らせ、彼にお湯を渡して、また軽く彼の背中を撫でた。

 異様に根気よくしたお世話は、陸子涼は思わずまな板の上にあった鶏に視線を送った。

 そのすべてはよく考えればぞっとした。

 卵入りのコンソメスープ麺の出前がもうすぐ届いた。

 二人は厨房の隣にあるダイニングルームまで持って食べた。

 ダイニングルームの中は一つの古めかしくて美しい檜の円卓があり、デザインが優雅の赤い檜のアームチェアと古めかしいペンダントライトに合わせ、独特な雰囲気とこの古い四合院はまるで自然とできているようだ。

 陸子涼は食事をしている時に気を逸らすことはあまりなかった。子供の頃から大人になるまで、彼は口に運んだ食べ物に感謝の気持ちを抱いていた。でも多分さっき驚かされて、また表に表せないせいで、彼はあまり食欲がなく、無頓着に麺を吸い込んでいた。

 長年に渡り競技場で鍛えてきた耐圧性のお陰で、陸子涼は暫しの失態の後にまたすぐに気持ちを安定させた。

 実は、彼はいい知らせを受けた。

 少なくとも徹底的に健康になるまで、彼には命の危険がないはず。

 そして紙紮人形の状態は段々と悪くなり、その途中で何かが起きていない限り、攻略の任務を達成する前に、本当の意味で白清夙の殺意を掻き立てることはないはず。

 たぶん。

 陸子涼は声を立てずに呼吸をした。昨日被害者の夢を見てから、さっき朝から鶏を殺す理由まで、彼は基本的にもう白清夙が殺人魔である可能性を排除できなくなった。

 今から、彼は僥倖を頼むわけにはいかなかった。

 この山城には瞬きもせずに人を殺せるやつはどれくらいいる?

 白清夙は彼を殺した犯人の可能性があった。

 でもそのように推論したら、またいくつかの無視できない疑点があった。

 例えば彼らが果樹園で会った時、白清夙は前日に殺した被害者が元気に現れていることに、何でびっくりしていなかった?

 何でまた彼の口止めをせずに彼を飼っている?まさか白清夙は事件発覚のリスクを負うまで、熟してかつ健康な状態まで養わせるほどに、獲物の状態に対する好みは本当に不可逆的なのだろうか?

 もっと妙なことは、何で白清夙はそこまで彼の好みを分かっていたのか?

 まるで彼らが昔から知り合いだったようだ。

 陸子涼はその長い眉をひそめた。

 おかしい。

 何かがおかしい。

 彼は絶対に何かを見落とした。

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