第四章 優しさと殺意(6)

 白清夙が寝ている様子は大人しかった。彼は仰向けに寝ていて、両手も体の両側に置いていた。

 陸子涼は気を付けながら白清夙の布団を持ち上げ、隙間から差し込む微かな光の助力で、すぐに彼の薬指の位置を特定した。

 緊張のせいで心臓の脈拍が速くなり、試合に出た時でさえこんなにも刺激的に感じたことがなかった。陸子涼は息を呑み、ゆっくりと手を伸ばして、白清夙の薬指につけている赤い糸を掴もうとした。布団の中が暗く、そして赤い糸が細いゆえ、熱のせいで微かに震えている彼の指先は一瞬狙い定められなかった──

 偶然にも白清夙の肌に触れてしまった!

 白清夙の指は少し動いた。

「──!」陸子涼は瞬時に固まった。

 時間はまるで無限に伸びた。

 数分過ぎて、その指はもう何の動きもなかった。

 白清夙は起きていないらしい。

 陸子涼は静かにほっとして、慎重に白清夙の肌を避け、目を細めてまた声を立てずにその赤い糸を掴もうとした──

 ようやく糸を掴んだ。

 彼はより集中して、指にそっと力を入れて、外に向けて引っ張った。一本の半透明で、微かに光っている赤くて細い糸が赤い糸の指輪から引っ張り出された!

 成功した!

 陸子涼は目を輝かせた。

 半透明の赤い糸は徹底的に白清夙の赤い糸の指輪から離れた後、ふわふわとした煙のように、その末端が陸子涼の薬指についている赤い糸の指輪に向けて漂い、そしてさっと吸い込まれて消えた。

 やっと赤い糸が取れた。

 陸子涼は完全にほっとした。

 月下老人からもらったものは確かに使えそうだ。明日にあのボロボロな廟に行って、その天秤法器はどうやってこの煙のように軽い赤い糸を測るのか、自ら確認しないと。

 一大事を解決した後、陸子涼はようやくそのひどく重い瞼を閉じ、ピンと張った筋肉が忽ちに緩み、頭を傾げてそのまま布団の中で寝てしまった。

 目の前でじっとしていた手が急に動き出したのを、彼には見えなかった。

 細長い手を寄せ、手の甲をそっと彼の熱い額に当てた。

 それから厚い布団が持ち上げられ、白清夙は体を半分起こし、目を落として何故か彼の布団に入ってきた人を見つめた。

「小涼?」と白清夙はそっと呼んだ。

 陸子涼は小声で返事をしたが、起こされてはなかった。

 白清夙は彼の柔らかい頭頂部の髪を撫で、彼が少し震えているのを感じた。どうやら寒がっているようだ。熱を出している人なら確かに寒がるけど、おかしなことに、白清夙は彼の身から陰気な気配を感じ始めた。それはまるで冬場に降る激しい雨の時、明石潭で吹く陰気な風のように湿っぽくて寒い。

 白清夙の漆黒の瞳は少し沈んだ。

 彼は布団をかけ直して、陸子涼をそのまま布団の中に居させた。さらに暖房を二度上げて、ベッドから立ち上がり服を着た。

 どうやら小涼は悪夢を見たわけじゃなく、悪意を持つ幽霊とバッタリ会ったようだ。

 白清夙は客室を離れ、居間から強力なライトを持つ懐中電灯と鍵を持って、脇ドアから果樹園に入った。

 夜はもう更け、真っ黒な果樹園の中は冷風に吹かれていた。

 白清夙は懐中電灯を持って少しの道のりを歩けば、煉瓦造りの倉庫が目に入った。鍵を使って何回かカチッという音が鳴りながら鍵を開け、長い間に足を踏み入れたことのない所に入った。

 古めかしい空気の中には淡い線香の香りが漂って、光の束が通り過ぎ、濃くて黒い影が光彩陸離として、うっすらと古い棚の上にはいくつかの金紙の束が積み重なっているのをぼんやりと見えて、暗い隅っこには何個か高い紙紮人形があった。彼らは静かに佇んで、死ぬほどに白い顔には不気味な笑顔を綻び、極めて気味が悪いように見えた。

 しかし白清夙は全く気にせずに、視線を他の所に送ることなく、速足でドアの傍にある高い棚の前に近づき、引き出しを引っ張り出してパラパラとめくり、中から何枚かの黄色いお札を取り出した。

 お札の上には辰砂で生き生きとした字が書かれていた。

 白清夙は少し検査してから、そのお札を持って、倉庫の鍵をかけて離れた。彼には隅っこにいた紙紮人形が一つなくなっていたことを気付かなかった。

 メインの屋敷に戻り、白清夙は銅のボウルを用意してお札を燃やし、黒い屑を水に混ぜて、そして新しいタオルとハサミを持って、陸子涼がいる客室に戻った。

 客室の中はまるで別の季節のように暖かかった。

 白清夙はコートを脱いで、ライトをつけることなく、常夜灯のおぼろげな光の中で、陸子涼を厚い冬用の布団の中から抱き寄せた。

 昏睡状態になっている陸子涼は嫌々ながら軽く足掻いた。彼は寒くて、それに何やらある種の痛みに耐えているせいで、眉をひそめているだけじゃなく、唇も血が出るほどに嚙んでいた。

 それを見た白清夙は手を伸ばして、指先で陸子涼の柔らかい唇を撫で、血を拭き取り、水が入った銅のボウルの中に入れ、混ざり合った。それから彼は長すぎたタオルを半分に切って、銅のボウルの水に浸け、陸子涼の顔を拭いた。

 冷たくて濡れている感触に陸子涼はつい避けたくなったが、両頬がつねられて、しっかりと拭かれた。

 顔を拭いた後、白清夙はまた陸子涼の綿服を捲り上げ、彼の体を拭いた。

 冷たいタオルは胸元から腹まで拭き、彫刻のように美しく引き締まった筋肉が白清夙の目に晒された。拭いているうちに、元々何の雑念もない眼差しに変化が現れ始めた。

 手元の動きが遅くなり、彼の喉ぼとけは上下に動き、タオルを隔てた距離感が、直接に彼を触りたいという欲望をより強まった。彼の漆黒の瞳は真っすぐに陸子涼の胸元を見つめ、それは少しばかり早く上下し、中にある肺は激しく呼吸をしていた。高熱のせいで、彼の心臓も脈拍が早く打っていた。

 上下する度に、美しくて魅力的だ。

 切り裂いて中身を見てみたい。

 小涼の活力に満ち、かつ濡れている臓器をこの手で触れてみたい……

 古い常夜灯は微かに輝いていた。

 光彩陸離たる影に満ちた部屋の中、白清夙の手に持っていた濡れたタオルは、いつしか尖ったハサミに変わった。

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