第四章 優しさと殺意(4)

 突然、白清夙の首元からの淡い香りを嗅げた。

 なんかジャスミンのようだ。

 彼はさらにその香りを嗅いで、確かにジャスミンのボディソープの香りだ。でも白清夙は出かける前にシャワーを浴びたはずなのに、何で帰る時、身に漂っている草木の匂いが変わった?

 外でシャワーを浴びた?

 でも今は冬の場で、汗をかきにくいし、そんなに頻繫にシャワーを浴びる必要があるのか?

 まさか……人を殺すために出かけた?!

 陸子涼は少し驚いて、全身が仰向けに倒れそうになった!

 彼はびっくりして、落ちそうだと思い、慌てて白清夙を抱きしめたら、「離してください」と白清夙の声が聞こえた。

 自分はもうふわふわのマットレスで横になっていることに気づき、急いで白清夙を離した。「あ、すみません。ありがとうございます」

「布団をちゃんとかけてください。薬を探してきます」と白清夙が言い、部屋を離れた。

 陸子涼は密かに安堵した。彼は白清夙が彼の身に包んでいるコートを外してチェックし、怪しい血痕が見つからないけど、考えれば考えるほど気味が悪かった。ドアの外にいたその顔が破壊された幽霊の姿は頭から消えない。彼は一層のことコートを居間に置き、後で白清夙に持っていかせるようにした。

 これだけ騒いだ後、陸子涼は徹底的に気力がなくなった。彼は布団を使って自分を繭のように巻いて、横向きで寝た。

「寝ちゃダメだ、まだ寝ちゃダメだ陸子涼……」と彼は呟き、「考えろ、頭を使え。今日は絶対に白清夙のその赤い糸を取らないと……十一時の時に……」

 でも熱のせいで頭がくらくらして、彼の意志は結局体と心の二重の疲れに耐えられず、いつしか寝込んでしまった、白清夙が彼を起こすまでに。

「起きてください」

 陸子涼は自分が少しの間に寝た気がして、苦しそうにしていながら目を開けた。「結構遅かったですね……」

「家にあった薬は使用期限が切れてしまったので、外へ買いに行きました」白清夙は彼が呟きながらまた目を閉じるのを見て、軽く彼の顔を撫でた。

「あ?使用期限が切れましたって?ハハ……」陸子涼は頭がぼーっとする時に笑いのツボが浅い。彼は笑いながら起き上がり、薬を取って飲もうとしたが、彼の手に渡されたのは一つのスプーンだった。

 あとペーパーボウルに入れたいい香りがするピータンと豚肉入りのお粥だった。

「この薬は胃を荒らすので、先に何か食べてください」と白清夙は言った。

 陸子涼は少し困っているようにそのお粥を眺めている。この前に出前でこれを頼もうとしたが、今は高熱のせいで、食欲が無くなり、何も食べられなくなった。「頭が痛くて、何も食べられません……このまま薬を飲みたいです……」

 白清夙は漆黒な瞳で静かに彼を見つめていた。

「……いい香りですね」陸子涼は急いでそのペーパーボウルを受け取り、大人しくお粥を食べた。

 お粥の味はかなり良かった。彼は何口か食べたら、急にお腹が空いてきて、このピータンと豚肉入りのお粥の味を堪能し始め、体力も少し回復した。彼は少し気を遣ってそばに座って携帯電話を弄っている白清夙に話をかけた。「このお店は美味しいです。よくこれを選びましたね、ちょうど俺はピータンと豚肉入りのお粥が好きです」

「知っています」と白清夙は言った。

「知っていますか?何で知っていますか?」と陸子涼は驚きながら尋ねた。

 白清夙は何も答えず、彼に視線を送ることすらなかった。ただそっと、「早く元気になってください、小涼」と言った。

 陸子涼は少しポカンとした。小涼というあだ名に突然妙な懐かしさが心に浮かんだ。でも彼が何かを思いつく前、食べているお粥は容赦なく取られた。

「ちょっとした腹ごしらえで、半分くらいで十分です。薬はここに置きます」

「ああ、まだ食べたいです。あと一口でいいです──」

「もう寝るでしょう、まだ明日に食べてください」

 白清夙は彼のために解熱剤と咳止めを買ってきた。陸子涼は自分でパッケージを開けて、顔色一つも変えずに薬が別の何かにすり替えられていないことを確かめてから、大人しく薬を飲んだ。

「寝てください」

 白清夙が立ち上がり、離れようとした時、陸子涼は急に彼の手を掴んで、「待って!」と言った。

 白清夙は彼を見つめた。

「その、俺は……」陸子涼は深呼吸をして、口を開けては閉め、閉めては開け、どうやら口にすることが難しかった。

 白清夙は彼に対して異常なほどに寛容だった。彼は寒い日に床に座り込んで陸子涼を宥められるなら、彼が話したいことを全部話すまで待つ根気も勿論あった。

 白清夙はその場に立ち尽くし、陸子涼に引っ張られたまま、彼が言葉を発するのを待っていた。

 陸子涼は少し躊躇して、ようやく歯を食いしばって、「あな、あなたは一晩付き合ってくれますか?俺は……いや、えっと、一人で寝るのが怖いです」と彼は脱線したお願いを口にした。

 白清夙は一秒くらい黙り込み、瞳の色がより深まった。「暗いのが嫌いなら、明かりをつけたままにすればいいです」

 陸子涼は『あの時俺が怖いのは暗いことじゃなくて、あなたのほうだ』と思わず心の中でそう思った。

 でも当然ながらそれを口にすることができず、「悪夢を見たんじゃないですか。今でもまだ落ち着けません。あなたの家は……かなり歴史的なので、ハハ、ちょっと怖いですけど」と嘘をついた。

「何で入り口ドアの近くに倒れ込んでいましたか?あなたの格好から見れば出かけるつもりじゃなかったですよね」と白清夙は急に尋ねた。

「住所を撮りに行くつもりでした。でないと出前が頼めないです。多分当時はお腹が空きすぎて、それに冷風に吹かれたせいで……」陸子涼は自分が意識を失う前に感じた、まるで全身の血液を浸透した陰気で寒い風を思い出した。

 あの風は少し不気味だった。

 今よく考えてみれば、彼が目覚めた時、大きな鉄のドアが開いていた。白清夙が急いで入って、ついでにドアを閉めなかったのか?

 じゃ外に閉ざされたそのおばけは?

 もう立ち去ったのか?

 それとも……隙をついてもう家の中に入ってきたのか?

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