第四章 優しさと殺意(3)

 陸子涼はめまいがした。

 彼は鼻でうめき声を出し、頭がくらくらして一秒くらい意識を失った。我に返ったら、白清夙が地面に座り込んで、自分は白清夙と面と向かって彼の太股の上にまたがっている。顎が彼の肩に乗り、自分は白清夙の腕の中に抱かれている状態になっていることに突然気付いた。

 白清夙の手のひらは彼の後頭部からうなじまでに撫で続け、彼の脆弱なうなじを反復に揉み、丁度いい強さで一回一回と撫でた。まるで駄々をこねて、飼育している柵から逃げ出そうとしている子羊を宥めているようで、または漫然として彼の首を直接に折って、言うことを聞かせようかと考えているようだった。

 陸子涼は撫でられたせいで、一面の鳥肌が立った。

 命にかかわる部位が完全に握られ、彼は怖くて仕方がなく、喉から微かなうめき声を漏らした。間もなく殺されそうな巨大な恐怖が、忽ちに彼の虚無なる記憶から飛び出し、悪夢が繰り返されるような感覚が全身に廻った!

 その古い浴室の中で目を覚めた時、もしいつかまた殺人鬼の手に渡ったら、絶対にもうそう簡単に命を落とさないって陸子涼は考えたことがある。

 しかし本当にそんな時になったら、彼はびくとも動けなかった。

 深刻なトラウマはまるで突然に崩壊した地面の如く、一瞬にして彼のバランスを崩させ、果てしない深淵に落とした。

 陸子涼は歯を震わせ、微かにむせびながらこう言った。「ころ……」

 殺さないで。

「もう大丈夫です。ライトはもう付きました」白清夙はぎゅっと彼を抱きしめ、彼のうなじをつまんでいる手を下に滑らせ、彼の背筋に沿って一回一回と撫でた。口調は淡々として「そんなに暗いのが苦手ですね」と言った。

 陸子涼はまつげを震わせ、失神した瞳の中から、ゆっくりと茫然とした感じが流れてきた。

「廊下にあるのはセンサーライトです。さっきはずっと動かなかったので、急に消えてしまいます。大丈夫ですよ。何も怖いものはありません」と白清夙は根気よく説明した。

「……」

 陸子涼はポカンとした。

 白清夙は何を言っている?

 陸子涼はゆっくりと瞬きをし、ようやく洪水のような恐怖から理性を取り戻した。白清夙がどうやら彼が突然訪れた暗い環境に怯えていると勘違いし、だから彼を宥めていることに少しずつ意識した。白清夙の腕の中から暖かい体温が伝わってきて、まるで一つの思いもかけない暖流のように、陸子涼の身に染み込んだ。

 白清夙が彼の背筋に一回一回と撫でるにつれ、暖流が彼の全身の毛細血管に拡散し、一瞬にして湧き上がったトラウマと恐怖感を少しずつ宥めた。

 陸子涼はゆっくりと湿ったまつげを落とし、暫くポカンとして、最終的に目を閉じた。

 彼は急に自分が愚かだと思った。

 何を考えていた?

 何から逃げようとした?

 例え白清夙が彼を殺そうとしても、逃げる必要はないだろう?

 彼らはすでに赤い糸で繋がっている。

 全ては彼自身が決めたことだ。

 陸子涼は何回か深呼吸をして、直ぐに気持ちを切り替えた。彼はこわばりながら手を伸ばし、心の中で少しあがいて、最後は白清夙の背に手をまわした。

 白清夙が人を殺めた確率は未だに大きい。

 白清夙に殺されるか、それとも白清夙から十分な愛をもらえるかは、彼次第だ。

 白清夙は自分が抱かれたことを感じた時、少し固まって、「落ち着きましたか?」と言った。

 陸子涼ははっきりとしない声でうんと言って、苦しそうに咳をしてから、「実は、ドアの外には何もありません。悪夢を見ただけです。さっき起きた時、まだ起きていないと思いました……冬の日に床に座って、俺を宥めすかしてすみません。はぁ、俺は子供じゃありませんし……」

「病気は人の精神を弱めてしまいますから、別に恥ずかしがることじゃありません。なら今外へ出てもいいですか?」と白清夙は平然として言った。

「外へ出てどうしますか?」

「病院に行きます」

 陸子涼はようやくこのことを思い出し、シュッと立ち上がり、彼の顔を見て「大丈夫です。行かなくてもいいです。本当に大丈夫です!さっき倒れたのは、それは……」と強調し、閃いてそう言った。「お腹が空いたからです!」

「何も食べていませんか?お粥を作ったはずですが?」と白清夙は言った。

「お粥ですか?ハハッ」陸子涼は彼の肩を叩いた。「厨房で自分が一体何を作ったのかを確認しに行ってください!普段から料理を作らないでしょう?それと棚の中にある缶詰め、賞味期限が十年も過ぎています!十年ですよ!あり得ません。ここに食糧は多そうに見えますが、実際に食べられそうなものはほとんどありません」

 白清夙は彼が一気にめちゃくちゃ喋っているのを聞いて、「元気そうな振りをしていますが、無理をしているように見えますけど」と言った。

 陸子涼はドキッとして、咳をしながら笑って言った。「ただの熱です、この程度はどうってことはありません。家に解熱剤はありますか?二つ飲んでから寝れば大丈夫です。その……まだあまり力がなくて、部屋に戻るのを手伝ってもらえますか」

 白清夙は無表情のまま彼の腕を引いて、自分の首にまわした。

 陸子涼は少しぼうっとして、まだ反応できないうちに、お尻が抑えられ、腰が抱き留められ、そのまま抱き上げられた!

「おい!ちょっと、ちょっと待ってください──」彼は死ぬほど驚いた。

 果樹園農家という職業のおかげ?白清夙の力はびっくりするほど大きい。陸子涼はまさか成人した後にまたこんな姿勢で誰かに抱いて歩くことを信じられなかった。

 彼は怖くて仕方がなく、白清夙を力強く抱き留めた。彼はまるで遊び惚けて高い木に登って、結局降りられなくなった猫のように毛が逆立ち、全身がピリピリした。「降ろ、降ろしてください!」

「力がないのでは?」

「あります、力があります!」

 そう言って、陸子涼は自分の尻が叩かれたような感じがした。

「いい子にしてください」白清夙は淡々と言った。

 陸子涼はまたびっくりした。元々熱があるせいで微かに赤くなった頬は、徹底的に赤く染まった。彼はようやく大人しくなり、顔を白清夙の首に埋めて、この羞恥心によって赤く染まった熱が収まるのを待っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る