第二章 死体を盗んで来なければ(7)
陸子涼は明石潭の湖面に視線を送る。彼の視力はよくて、他人よりも専門知識があるため、岸辺から二十メートル離れた場所でも、直ぐにその異様な水波に気付いた。
その水波は水しぶきすらも起こせず、すぐにまた沈んでいった。
陸子涼はすぐにでも板張りの道に駆け抜け、バックパックやコート、靴などを投げ捨て、水の中に飛び込んだ。
冬の湖は身を染みるほどの冷たさを持っているが、陸子涼はまるで影響されず、湖の魚のように潜って、たった数秒でその溺れた女の子が目に見えた。
細長い足を動かし、スピードを上げながら女の子のほうに向かい、掴んでから水を出ようとしたら――。
動けなかった。
陸子涼は驚いて視線を下の方に送ると、漆黒の影が女の子の足を掴んでいることに気付いた!
その影はどうやら陸子涼の視線に気付き、急に体を具現化した。手も足もあり、頭まであった。そして滅茶苦茶にされている顔を上げて彼を見つめ、あまり直視できない血だらけの歪んだ顔が見えた。
「──!」陸子涼はびっくりして、一瞬息を止められずに大量な泡が口と鼻から溢れ出した。
お化けがいた!
うわああぁぁぁ水の中にお化けがいた!
陸子涼は驚きのあまり、足を上げて容赦なく蹴った!でもあの
その水鬼はこのような攻撃に耐えられず、ゴミのように蹴り飛ばされた。
陸子涼は急いで女の子を抱え、逃げるように上を目指しながら泳ぎ続けた。
淡い金色の陽の光は水面にキラキラと輝く水紋を作った。ゴール目前なのに、何故だか知らないけど、陸子涼は急に体が重くなり、まるで水を吸収しすぎて、動くことさえ困難になった。
今までにない体験だった。
まるで体が鉛に繋がれたような感覚で、ただ沈んでいくだけ。
陸子涼は一瞬ドキッとして一生懸命に筋肉を動かし、上を目指すことに専念した。ただ泳げば泳ぐほど、スタミナが落ちるスピードは尋常なく早い。いつでも無くなりそうな感覚だった。
何かがおかしい。
陸子涼は苦しく感じ始めた。思い切って上を向けて泳ぐと、頭の中に月下老人の言葉が浮かんだ。
「……暫くの間、この紙紮人形があなたの体になる……」
紙紮人形。
紙……!
陸子涼の瞳孔は一瞬にして収縮した。
そうだ。彼はもう既に生きている人間ではない。
この紙紮の不気味な体は普段から水にちょっと触れたところで何の問題にもならないけど、こんな風に水に入り浸ることはできるはずがない。
壊れてしまう。
本来なら余裕で対処できる状況が命取りの危機に変わってしまった。このままだと絶対にこの体を失ってしまう。赤い糸を結ぶ機会すら手に入れないまま、徹底的に月下老人からもらった復活のチャンスをなくしてしまう。
陸子涼の瞳の奥から強烈な悔しさが湧き上がる。
月下老人はわざと紙紮人形の弱点を教えず、自分が失敗するのを待っているはず。前のように冤罪を晴らす手紙一つで鬼差に引き渡し、早々にあの世に送り届けるつもりだ。
なら尚更生き抜くべきだ。
陸子涼はその頑固さと負けず嫌いのところを頼りに、全身の力を駆使し上を目指す。
少し先にある人影が近づいてきた。どうやら女の子の救助を手助けする人のようだ。
陸子涼はスタミナが足りない上、自身の安全確保すら難しい状況で、潔く女の子をその人に引き渡した。その人は彼の異様に気付かず、女の子を連れて一刻も早く上を目指した。泳いでいる陸子涼はどんどん苦しく感じ、目の前が段々と真っ黒になった。全身の強烈な痛みに耐えながら、その人の後ろに付いて漸く水に出ることができると思ったその瞬間に、すねが急に誰かに強く掴まれた!
「──!」
顔を俯くと、またしもその血だらけの歪んだ顔とバッタリと目が会った!
水鬼は何時しか彼に追い付き、足を掴み、水の奥深くまで引っ張っていった──
「う!」
耐えられないほどの痛みが電撃のように全身を巡った!大量な泡が口と鼻から溢れ出し、陸子涼の体は力を失いつつ、視界もぼやけいった。そして彼は再び水の奥深くまで連れ込まれた。
痛い。
寒い。
息ができない……
陸子涼は苦しさで眉をひそめた。そっと目を開け、落ち着きを取り戻してから最後の力を使って、はるか遠くにある水面に向けて手を伸ばした──
血のように鮮やかな赤い糸が、あっという間に彼の指先から飛び出した!
俺を助けて。
心の中でそう思った。
誰でもいいから俺を助けてくれたら、何でもしてあげるし、欲しいものも何でもあげるから……
俺から何でも欲しいものを奪っていいから。
俺を利用するのも、痛めつけるのも、それとも俺を犬のように扱って慈悲を乞わせられるのも……ましてや誰にでも見せたことのない真心を捧げてもいいから。
全部あげるから。
全部あなたにあげるから。
生きられるなら、どんな代償でも払うから……
鮮やかな赤い糸は湖の中で速いスピードで伸び、女の子を助けたその人の横を通り過ぎ、水面を抜けた。人が集まっている岸辺まで飛んでいき、通り掛かった男の人の手にきつく結んだ。
その瞬間、赤い糸は強く引っ張って──
ざあ!
男の人は群衆の驚く声を背景に、未知な力によって水の中まで引っ張られていった!
凍りつく様な寒さを感じられる冬の湖の中から雪のように白い泡がぶつぶつと湧き上がった。
赤い糸で繋げられた両側は、運命のようなものを感じた。
不思議に水の中に引っ張られた男の人は我に返った後、すぐに凄いスピードで沈んでいく陸子涼に気付いた。
男の人はその細長い黒い瞳を細める。
それから、体勢を整えて陸子涼の方に向けて速いスピードで泳いでいく!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます