第二章 死体を盗んで来なければ(6)

 門神の動きが固まった。

 暫く経ってから、驚きを隠しきれずに「はっ?」とこぼした。

 陸子涼のかっこいい顔が綻びた。「ほら、殺人者を避けるのを手伝ったり、死体運びにも手を貸したりしてさ。この命を取り戻すチャンスだって、昨夜あなたが急に側殿に現れたお陰で、月下老人は気が変わって俺を助けてくれただろう」

 その青面獠牙の仮面に忽ち近づき、目を細める。「何故かわからないけど、あなたは俺に対して強い罪悪感を持っているみたいだ。そうなれば、あなたを攻略したほうが楽じゃない?」

 彼は軽く微笑んで言葉を続けた。

「俺が死ぬのを見たくないだろう?あなたが俺を愛せば、俺は生き返れるのよ?」

 門神は徹底的に固まった。

 双方が膠着状態にいると、陸子涼は急にプッと笑い出し、門神の肩を叩いた。「冗談だよ、ハハハ!さっきまでは逃げたり、死体を運んだりして、ハラハラしたよ。ずっと緊張感に飲まれていたから、ちょっとした冗談で気を緩めようとしただけだし、まさか信じるとは思わなかったよ。あなたは神様、赤い糸で繋げるはずがないだろう?冗談だってわかりきったことだから、そんなに驚く必要ないだろう?ハハハ――」

 ようやく門神が口を開いて、「絶対にダメだ」と言った。

「ハハハ、わかってるよ――」

 門神はその笑いが止まらない顔を掴み、真剣に言葉をこぼした。「私たちは絶対にダメだ、かわいい子ちゃん。例え私が本当にあなたを愛していても、言えるはずもない理由のためにも、あきらめざるを得ない」

 その真剣な口振りで陸子涼の笑顔が固まった。

 両者の間に静寂が流れた。

 その青面獠牙の仮面の下から短い笑い声が流れるまで。

「……クソっ!」陸子涼は言った。

 門神は手を離し、その声の中から愉快さを感じられた。どうやら立場逆転で陸子涼をからかったことを楽しく思っただろう。

「心の中で負担に思うことはないぞ。あなたの行動は確かに恋愛詐欺師のように見える。でも人間は生きるためならば手段を選ばない。あなたに惹かれる人ならきっと理解してくれるはずだ」門神はそう言った。

 陸子涼は自分の顔をこねって、「何が恋愛詐欺師だ?もしかしたら、本当に相手を好きになる可能性だってあるかもしれないじゃない?」と言った。

 門神はくすくすと笑った。

 陸子涼は驚きながら、「その笑い声から悪意を感じるけど、門神さん?」と言った。

「何で今まで一人の月下老人もあなたに赤い糸を授けたことがないか、考えたことがある?」門神はそうそう言った。

 陸子涼は言葉を詰まらせた。

「確かにあなたは何回か恋をしたことがあった。でも本質から言うと、あなたに伴侶がいてもいないと同然だ」「自覚はないかもしれないけど、あなたは事実上、人を愛していないだよ、子涼」と門神が語った。

 陸子涼は口を開けて反駁しようとしたが、一時的に返す言葉が出てこなかった。

「悪いことじゃないよ。この点に関して、誰もあなたを責めたりはしない。この前あなたが言ったように……誰もあなたがどんな環境で育ったのかを知らない」門神は話す声のトーンを落とし、彼を励ますように軽くポンポンして、「自分を大切にしている生き方なら、きっと自分の命を取り戻せるはずだ。それで、どんなタイプの人を対象にする?」と言った。

 陸子涼は考え込んで、「落としやすくて、愛に満ち溢れるやつかな?うん……」と答えた。考えながら彼の口角が上がり、「そうだ!優しくてかわいい、うぶで一途な若い男性?出来れば社会に出ていない大学生、お金に困っているのならもっといい。そうなれば容姿で誘惑するだけでなく、資金援助で彼を引き留め、彼を俺にすがりつかせられるし」と言った。

「はぁ?そんな子供のどこがいいんだよ?優しくて思いやりがあり、あなたを妻のように甘やかし、高くてかっこいいマッチョのほうがいいだろう?出来れば彼の弱みを握って、彼を抑えてから、その弱点や性的指向を探し、全部把握してあなた自身が彼の最大な――」

「そんなに意見があるなら、あなたが俺と付き合うの?」

 門神は口を閉じてから横目で陸子涼を見つめる。「楽にいきたいなんて考えないことだ。私たちは絶対に無理だから。でも相手を選ぶ時は気を付けて、それと出掛ける時は変装するように。あの殺人鬼はまだ外にいることを忘れないで。バッタリ逢えたら、絶対あなたのことが分かるはずだ」と門神が話した。

 陸子涼は急に聞き返した。「何であなたも月下老人も彼のことを『殺人鬼』と呼んでいた?まさか俺以外にも他の被害者がいた?……彼が殺したのは一人だけじゃない?」

「心が歪んでいるほど、悪鬼に惑わされやすくなる。あなたを殺したのはもちろん普通の殺人者じゃない。私が知る限り、あなたの他にも既に三人の死者が出ていた」

 会話しながら、二人は山道を下り、山腹にあるボロい廟に着いた。

 門神は足を止めながら、「あ、私はもう離れすぎたからそろそろ帰らないと。でないとあなたを手助けしていることがばれてしまう」と言った。

「罰とかある?」

 門神はただ笑った。「そんなのないから、元気でね」

 そう言って、そのまま消えた。

 陸子涼は空っぽになった前方を見つめ、少しぼーっとしていた。当たり前のような付き合い方のせいで、相手が人間ではないことを忘れかけていた。

 バックパックのストラップを引いて、一人で下山した。

 まずは宿を探さないと。

 元々わざわざここに来て、月下老人を参拝して赤い糸を求めて、当日で帰るつもりだった。だから旅立つ前に宿の予約をしていなかった。ここで暫く残ると決まった今、宿泊問題を解決するのが最優先だ。

 記憶が正しければ、明石潭の街外れに私立の大学があるはず。陸子涼はそこで部屋を借りて、「容姿で男子大学生を誘惑する」計画を実行するつもりだ。

 一日一夜を経てスマホは既に電源を切っていた。陸子涼は歩きながら、モバイルバッテリーを取り出しスマホに繋げた。まずは賃貸サイトで物件の物色しながら、「短期恋愛だけど、付き合い始めれば、お兄さんがよくしてあげるから。毎日大学に送ったり、お迎えに行ったり、欲しいものを全部買ってあげたりして、誰もが羨ましくなるような恋を体験させる……」と口説き文句を考えていた。

紗紗シャシャ紗紗シャシャ!どこにいるの――」

 一人の女は慌てる様子を見せながら叫んでいた。

 陸子涼は顔を上げて、湖上にスワンボートで遊んでいる人々が混乱している様子を目にし、どうやら行方不明になった子供を探しているようだ。

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