第一章 命をかけたとんでもない恋(2)

 陸子涼は完全に沈黙し、信じがたい表情をしていた。

 彼はそこに立ち止まり、唖然として動けなくなった。

 外の豪雨の音が鬼の鳴き声のように、この狭い老朽した浴室に響き渡った。矢継ぎ早にゴロゴロなる雷は陸子涼の記憶の奥に眠っていたことを蘇らせた――

「雨の苦難を共に乗り越える。あなたとご縁がある運命の人」

 よく晴れたある日の午後、苔で覆われた小さな廟の石段で、陸子涼は振り返り、驚いて「何?」と尋ねた。

 話しかけてきたのは小さなビョウの老廟公だった。

 その老廟公は年をとっていて、彼の記憶の中でそのような老人を見たことがないようだった。老廟公はまばらな白髪と濁った眼をして、無気力で、顔には深いシワがいっぱいだった。木陰で笑う様子はとても怖かい。その時、陸子涼は老廟公のその年老いた顔を見ているだけで、この人ならしゃがれた声で話すだろうと想像した。

 けれども、そうではなかった。老廟公は弱まる声をせず、深くてよく通る声をし、歯切れもいいだ。

「せっかく来たんだから。赤い糸を求めてから行けば?月下老人を拝むために来たのだろう」

 陸子涼は「うん」と答えたが、少し笑った後にそう言った。「やっぱり諦めます。求めても応じてくれないのです。今まですでに何軒もの月下老人の廟に行ってみました。一回も『はい』を意味する聖筶シンポエ(あるいは神杯)が出なかったです。ポエを投げ続けると、人が見に集めてきて、囲まれて、本当に恥ずかしかったです」

「でも、今回はまだポエを手に取っていないのに、聖筶が出るか出ないかわからないだろう?」

「廟の殿内に入る途端、突然その気がなくなりました。前ほど求める気はなくなりました。おじいさん、お先に失礼します。また機会があれば、また会いましょう」

「ね。あなた。今日は必ず赤い糸をもらえるのよ」老廟公が言った。

 陸子涼は足を止めて、しばらく経ってから振り返して半信半疑で、また期待の気持ちもあって言った。「本当に?」

 笑顔を見せて、老廟公は皺だらけの手をあげて招いた。「おいで、こっちに来て」

 老廟公は腰屈まり、言葉をかけながら、振り向いて来る道に戻った。

 陸子涼はその場でしばらく躊躇ってから思わず後を追った。

 一年半付き合っていた元彼に振られて以来、陸子涼は何をするにもうまくいかなかった。

 家の水漏れ、盗難被害に遭われて、金銭詐欺にだまされ、バイクの転倒滑走事故、さらに怪我による水泳隊からの引退がスポーツメディアに報道されたことまで不運が続いていた。

 陸子涼は魂を失ったようになっていた。

 彼の悲惨な状況を友人が聞いたとき、失恋で心と魂を失くしたと言った。無理矢理に月下老人を参拝しに連れられた。

「ご縁の赤い糸を求めて新しい恋が始まったら、不運の日々が終結するよ!」

「でたらめ言うなよ」

「あなたが神様の存在を信じないのを分かってる。試しに賭けてみたらどう?お金もかからないし。お線香をあげて、擲筊ポアポエ(ポエ占い)すればいい」

 こうして、今まで神様を拝み、お線香を手にしたことない陸子涼は無理矢理に月下老人を参拝しに連れられてしまった。

 迷信でも一生一度きりだと思っていたのに、赤い糸をもらえなかった。

 月下老人からご縁の赤い糸をいただくのも無理なのか。

 その友達は困ったような表情を浮かべて言った。「あ……大丈夫大丈夫!別の廟へ行こう!」

 それから二軒目、三軒目……どこの廟の月下老人もご縁の赤い糸をくれなかった。

 負けず嫌いな陸子涼は大きな刺激を受けた。

 彼は一人旅に出て、台湾各地で月下老人を祀った色んな廟を巡って、赤い糸を求めて出かけた。しかし、この旅はまるである種の気まずさに満ちた輪廻だった。彼は一人で神様の前に立ち、重ねて重ねて擲筊したけれども、神様は一度でも応じてくれなかった。

 この明石潭湖畔の山の中腹に立つボロボロの小さな廟に来るまで。

「ついて来なさい」

 老廟公の後ろについて、月下老人が祀られている左殿まで戻ってきた。陸子涼はいつもの参拝をしてから、生来初めての赤い糸を手にした。

 赤い糸を入れた小さい袋を手に取ったとき、陸子涼は涙が溢れ、本来の目的を忘れてただただ心が満たされる。

 上機嫌になって、陸子涼は大金額の香油銭シャンユーチェンを奉納した。この時、老廟公は先ほど石段で話した言葉をもう一度言った。

「雨の苦難を共に乗り越える。あなたとご縁がある運命の人」

 その声に向かって、陸子涼は老廟公を見つめた。

「これは月下老人があなたに言ったことである。時がやってきた。あなた、もっと注意を払いなさい。機会が来たら、それを是非掴みなさいよ。その機会を見逃すとまずいぞ、一生独身になる!」

「どいうこと?」喜びが一瞬驚きになってしまった。「待って、一度で勝負か決まるということですか?!今、今何をおしゃっていましたか。雨の苦難を共に乗り越えるって?出会いは雨の日になることですか?」

「ああ、月下老人が長い間私と話をしてなかったんだよ。珍しい、珍しいことや」

 老廟公はそれ以上説明もせず、ただ彼の肩を軽くたたき、左手を掴めて励ましの言葉を言った。「月下老人はその機会を掴まないといけないよと言った。若者よ、機会が来れば把握してるんだ!」

 老廟公の力は意外と強い。痛みを感じるほど手が掴まれたが、「一生独身になる」という衝撃的な話を聞いて、陸子涼は突然めまいがし、チクチクする変な痛みを気づかなかった。

 陸子涼がようやく正気を取り戻したとき、老廟公はすでに左殿を出て行った。陸子涼は痛みを感じた手を振って、赤い糸が手に入った喜びが今のことで半分も消えた気がした。神様なんかを信じていないけど、「ご縁のある人」を見逃がしたら一生独身になるということを考えると、やっぱり不安を感じる。

「そんなに霊験になるわけはないだろう。もう……じゃ、最近雨が降ったら、人が多いところに行けばいいよなぁ」

 廟から出て、急な石段を下りるところ、突然明石潭の方向から大雨が降ってきた。

 激しくて強く降ってきた雨はとても寒い。

 不意に降られた雨を避けるため、陸子涼は急いでリュックサックを持って頭を覆い、来た道の途中にある涼亭まで行って雨宿りをしようとした。この時、突然誰かが後ろから傘を差し出し、彼を傘の下にかぶせた。

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