46 荼蘼

 若い女性が月桂樹を片手で抱えて、もう片手で裏口の扉を開けて店内に入った。彼女はシャッターのスイッチを押して、室内に明るい陽の光を取り入れた。彼女は元気いっぱいの月桂樹を他の植物たちの隣に置いた。もしかしたら月桂樹も自分がここに住んでいたことを覚えているのかもしれない。


 彼女は家にある他の植物たちをそのまま家に置いてくつもりだ。でも彼女にはある種の直感があった。それは月桂樹が再びこの店に戻りたいということである。植物に意識があるのかどうか彼女にはわからないが、彼女の目には、月桂樹はあの位置が懐かしいように見える。


 バックパックを置いて店内を見回った。彼女が頑張って掃除と整理をしてから、滅茶苦茶になっていた店は元の綺麗な姿に戻った。彼女は幾つかの額縁が置いてあるテーブルに向かって歩いた。そして額縁を持って、掛けるのに適切な位置を探していて、昨日終わらなかった仕事の続きをし始めた。


 額縁の中身は色んな植物のイラストである。どれも生き生きとしている。まるで太陽の下に出せば、光合成でも始めそうだ。その中には彼女が持ってきた月桂樹もある。でも描かれた当時と比べると、月桂樹はさらに成長した。これはあの手書きで書かれた注意事項のおかげだ。


 数多くのイラストの中で、一枚だけが小さな黄色い犬のイラストだ。その瑞々しい大きな目は常連客が飼っている子犬――小艾の目と瓜二つだ。それは別におかしいなことではない。なぜなら元々絵のモデルが小艾だからだ。


 最後のイラストが壁に飾られて、白い壁はほとんど額縁に埋め尽くされている。店全体が植物に囲まれて、とても賑やかだ。二階の部屋で見つけた日記帳からわかる通り、これらのイラストはすべて温奈が自らの手で描いたものだ。客に植物を贈る度に、温奈は一枚のイラストを描いて夏朦に贈っていた。本当はもっと沢山のイラストがあるが、残念ながら店の壁のスペースに限りがあるため、残りのイラストは階段と二階に飾るつもりだ。


 若い女性が植物エリアまで歩いて植物たちに水をやり始めた。彼女はしばしばガラス扉のほうを見ていた。彼女が待っている人はまだ来ていない。何かの事情があって遅れたのか、あるいはその原因はあるかわいい小動物のせいかもしれない。彼女は後でまたあのかわいい子の面白い話を一杯聞かせる準備がすでにできている。


 もうしばらく待つと、やっと見慣れた人影が慌てて歩いてくるのを見た。その人は扉に入って彼女を見るとすぐ謝った。

「ごめんごめん、まさか小艾が私のズボンのすそを噛んで行かせないようにするとは。本当にあの子ったら、なんでこんなに人に懐くんだ!あとで彼女の可愛い写真を見せるよ。今携帯の中では全部彼女の写真なんだ。ハハッ!」中年のおじさんは爽やかに笑った。

「うん、後で見るよ。今は先に食材の用意をしたほうがいいんじゃないかな。もうすぐ開店時間だし」

「おっとそうだ。やはりあなたのほうが仕事ができる。ああ、奈奈もあなたのように仕事ができることを思い出した。いつも店のことをうまく運営していた。彼女のおかげで、幸運にも小艾と出会えたんだ。まさかもう二度と奈奈が焼いた大根もちを食べれないなんて……朦朦もそうだった。いつも丁寧に植物たちの世話をしていた。それはまるで自分の子供たちの世話をしているように優しかった。送り出す時も客に何度も説明をしていて、世話するのに何か注意すべきなのかを教えていたよね。はぁ、なんでこんな優しい彼女たちが……」


 おじさんのため息を聞いて、若い女性も思わず悲しくなった。時が流れて、事件からはすでに一年が経っていたが、今でも常連客たちはしばしばこの店の本来の女主人の二人を思い出す。


 彼女たちの犯罪事件は当時人々に大きなショックを与えた。町の住民たちが血桜の下で温奈と夏朦を見つけた時、二人はすでに息を引き取ったが、その顔には幸せそうな笑顔を浮かんでいた。警察の検死を経て、温奈が先に夏朦を殺害して、それから自分の首を切って自殺したことが判明した。常連客たちはは皆驚いた。あの明るい温奈があんなことをするなんて誰も思い付かなかった。ましてやあの二人は生前から誰が見てもわかるほどすごく仲良しなんだから。


 警察は二人が一緒に開いた朝食屋を詳しく捜査をしたら、店の一階が滅茶苦茶にされた他に、二階の寝室から二着の血塗れの白いワンピースと、夏朦の日記帳を見つけた。


 日記帳に書いてある字の多くは水滴のせいでぼやけているが、それでも内容から知らざる事件の真相を知ることができた。警察は日記帳の記載を辿ってあの山を探し回って、やっと洞窟の中に埋められた死体を見つけた。しかし、いくら崖の近くの海域をサルベージ、潜って捜索しても、その若い男性の死体は見つからなかった。そのため男性の素性は未だ判明していない。


 警察も店内の血痕と小さな丘の傍に停めたハマーの痕跡を辿って、数か月の広範囲の捜索を経て、やっと夏家の娘を見つけた。それでようやく親族が彼女をちゃんと埋葬することができた。


 その日記帳のおかげで、すべての人が事件の真相と経緯を知られるようになった。温奈と夏朦には苦衷があったが、それでも大きな話題となった。自首することではなく死体を捨てることを選んだ二人の行為は大きく批判された。しかし、犯人たちはすでに自殺したこともあって、人々の関心はすぐに他のことに移した。店も温奈の親戚が早く手放したいため、安値で売り飛ばされた。


 若い女性がオークションの情報を見ると、店を買って営業を続けると決めた。彼女は元々フリーランスのウェブデザイナーだから、仕事の時間は結構自由で、客がいない時間でも元の仕事を続けられる。加えて彼女もこの店の常連客で、店のメニューと来店客の構成に対しては手に取るようにわかる。一人で経営するのは多少大変だけど、この店に対する愛顧やあの二人への懐かしみもあるから、彼女はすべての野次を乗り越えたい。この店を存続させて、人々に温かさを届け続けたい。


 おじさんも休日の時に手伝いに来ると言った。日曜日も営業していれば、彼は一日中店に居られる。おじさんのために、本来の水曜と日曜の定休日を土曜一日に変えた。おじさんも平日に毎日大根もちと豆乳のセットを堪能することができて、その懐かしくて習慣だった一年も近い空白の朝食時間を埋められる。


 本来若い女性とおじさんはそんなに親しい訳ではなかった。温奈と夏朦の葬式ではおじさんから彼女に話しかけてきた。葬式に出た人は皆店の常連客だから、温奈と夏朦両方の親族は全員欠席していた。その親族の誰も殺人犯と関わりたくなかった。、最後の少しだけの視聴率を稼ぐ機会も見逃さないため、野次馬のマスコミまで来ていた。


 あの二人は誰よりも優しいことは常連客たちだけが知っている。日記帳に書かれたことがすべて事実だと信じてくれる。


 おじさんは彼女の店を買いたいという考えに対して驚いたが、全力で応援してくれた。彼女に、彼に手伝えるところがあったら遠慮なく言ってほしいと言った。


 おじさんは彼女に、嫌な感じがしないのかって聞いたことがある。

 彼女は迷わず首を振った。彼女はあの二人のことをすべて知っているとは言えないが、彼女たちのことが好きだ。彼女はまだ月桂樹の前にしゃがんでいたあの二人の背中を覚えている。注意事項を彼女に手渡したその手も覚えている。その手は冷たいが、本心から植物に対して思いやりがある心は彼女を暖かく感じさせた。


 彼女は温奈と夏朦の部屋にある物を片付けなかった。警察に荒らされた物はなんとか元の場所に戻したら、最低限の掃除で綺麗を保っている。あそこは温奈と夏朦の居場所だと思っているから、無暗に物を動かすべきではなく、彼女たち二人の思い出を静かにここに眠らせるべきだと彼女は思った。すべての物はそのまま置いてあるが、証拠として持っていかれた二着のワンピースと、彼女が日記帳を読んでから見つけた絵だけが例外だ。


「見て、花が咲いたぞ!」おじさんの手に後で焼く大根もちを持ったまま、興奮して彼女に言った。


 若い女性は植物エリアのほうを見て、あの荼蘼という名の植物には、たくさんの小さな白い花が咲いている。


 その時、店内は滅茶苦茶だったが、幸い荼蘼は無事でそこに佇んでいた。彼女は慌ててこの店を買って、植物の世話をし続けることができるようになった一年目に、うまく白い花を咲いた。事件が一件落着して、色々な手続きも済ませた二年目にも、いつも通りに花の咲く時期に静かに咲いた。


 彼女は自分の眼窩の中から温もりを感じて、花もぼやけて見えた。


 春はもう過ぎていた。荼蘼だけが咲いていて、彼らと共にこの店の新しい生を迎えた。

 それもまるで葬式に飾る白い花のように、彼らと共に桜の花と一緒に散った二人を弔っている。

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