41 添い寝

 温奈は突然壁の向こうからごく僅かな足音が聞こえた。時刻はすでに深夜だけど、多分夏朦も温奈と同じように眠れないだろう。温奈は仰向けに寝て天井に向けた。その目のクマがこれ以上にその純白な肌を汚さないように、夏朦にホットミルクでも淹れようかと考えていた。隣の部屋の扉が開かれた音を聞いて、温奈はベッドから起きてホットミルク計画を実行しようとした。


 でも足が床につく前、外からまた別の音が聞こえてきた。


 コンコン。


 落ち着いたノックの音が暗闇の中で二回響いた。温奈は最初、それが自分の聞き間違いかと思ったけど、再び同じような音を耳にすると、ベッドから降りて扉を開けに行った。


 扉を開けると、すぐ枕を持って扉の前に立っている夏朦が見える。温奈の両目はとっくに時間の経過で暗闇に慣れていて、明かりをつけていなくても、彼女の女神の姿がはっきりと見える。


「奈奈、一緒に寝てもいい?」


 彼女の女神は小さい声で言った。あまりに小さい声で、温奈はそれが夢の神のささやきかと思った。温奈の脳が反応する前に、体がすでに動き出して、うなずいてから扉を開いて夏朦を部屋に入れた。そして、温奈は細い腕の持ち主が彼女の枕の傍に枕を置いて、その雪のように白い身体が彼女がいつも寝ていた位置に横になったのを見ていた。


 温奈は静かにベッドの縁に座った。温奈の素敵な夢を驚かせて逃げ出させるのを恐れて、一つ一つの動きが慎重になっている。温奈は仰向けに寝ている夏朦を見つめている。濃密な睫毛が瞼と共に動くのを静かに見ていて、鼻筋から唇までの輪郭や、普段長い髪に覆われた耳も今だけははっきりと見える。


「朦、眠れないの?」

「うん、眠れないの。奈奈もそうでしょ?」


 夏朦は温奈に向かって、隣の空いている場所を叩いて温奈に横になってもらうとした。温奈は少し躊躇っていたけど、こっそり自分の手をつねって夢ではないと確認してから布団に入った。だけど温奈には横に向く勇気はなかった。今、相手の鼻息を感じられるほどに、夏朦との距離が急に縮まり過ぎた。自分と密着しているわけではないけど、手が届くところにいる。


「奈奈、覚えてる?昔もこんな風に一緒に寝てたことを」

「そんなことあるのか?」温奈はあやふやな返事をした。


 もちろん覚えている。温奈はそれを忘れるわけがない。


「多分大学三年生の時のことだ。理由は忘れたけど、あの日も眠れなくて、あなたがあなたの部屋で一緒に寝るようにと言った。呼吸の音に催眠効果があるから、あなたの呼吸を聞いている内に眠れるって。結果、本当にすぐに眠れたよね。奈奈は本当にすごい。色んなことを知ってるし、人を安心させる不思議な力もある」


 彼女たちは大学時代に共に学校の寮に住んでいたが、二人別々に一人部屋に住んでいた。その頃は今のように、二人の部屋は隣同士であった。温奈も最初はそのことに気付かなかったが、自分から夏朦に話しかけてから、初めてその不思議な縁に気付いた。


 ただし、呼吸の音に催眠効果があるというのは嘘だった。温奈はただ夏朦が残って一緒に寝てほしいだけだった。そして無邪気な夏朦は温奈の言葉を信じて、すぐに隣で夢の世界に入った。あの夜、温奈は一晩中に眠らずに憧れの目で彼女の女神を見つめていた。


 こんな禁断の距離のせいで、温奈は手を伸ばしてその髪を触る勇気すら湧かない。神に相対して、許されるのは敬慕のみで、他の邪念は一切許されない。


「奈奈と一緒にいたこの時間は本当に幸せだよ。あなたと知り合えて、一緒に店まで開いたことは、本当に嬉しかった。奈奈は優しくて、いつも私が必要とする喜びをくれている」


 温奈は静かに聞いている。心に触れたその言葉のせいで涙が出そうだ。こんな近い距離で泣いたらきっと夏朦に気付かれてしまうから、温奈は歯で口の中を噛んでいて涙を我慢した。


「奈奈、もし私が父さんと一緒に海外に引っ越したら、あなた一人は寂しくなるの?」夏朦は優しい口調で探っていた。

「寂しいなるだろうけど、あなたがどんな選択をしても応援するし、あなたの選択に喜ぶよ、それがあなたが長い間悩んだ後に選んだ答えだから。孤独を感じるのは少しの間だけだから、私のことはそんなに心配しなくてもいいのよ」


 喜ぶのは本当だが、孤独を感じるのは少しの間だけというのは嘘だ。

 少しの間だけな訳ないじゃん。でも大丈夫だ。温奈は植物の皆と残されたマグカップと一緒に慣れていくのさ。


「本当に?」

「本当よ」

「私も考えてたの、たった一人の家族が離れたら寂しくならないかって。母さんが亡くなってから、私は再び失うことをずっと恐れている。たとえあの家は私の想像した家でなくても、それでも手放したくないんだ」

「朦がそれを望むなら、手放す必要なんてないよ」

「でももし奈奈が警察に捕まって、私だけが逃げたら、もっと悪者になるじゃないか」


 温奈は結局体を夏朦のほうに向けた。拡大した繊細な顔は鼻先から十センチもないところにある。温奈は夏朦の目に映った自分を見ている。なんとなく自分が見ているのは夏朦ではなく、自分だと錯覚しそうだ。


「あなたが悪者になることは永遠にないわ。もし私たちの中の一人が悪者になる必要があるのなら、その悪者は私がなればいい」

「奈奈、優しすぎるのも、時には自分を傷付けるんじゃないの?」


 温奈こそ逆に夏朦に、いい加減他人のためだけに考える女神をやめてもいいんじゃないかって聞きたいのだ。女神にも色んな種類があることを覚えている。中には性格が悪い者もいて、彼女たちが最も知っている運命の女神がそうなのだ。


「考えるのやめて、早く寝よう」


 温奈は一方的に会話を終わらせた。目を閉じて夏朦にこれ以上色んな考えで自分を責めるのをやめさせた。悪者でも善人でもいい、夏朦のためならば、そんな定義なんて温奈は一向に構わない。定義というものは、温奈にとって意義のある解釈だけは喜んで受け入れる。


 小さなため息が聞こえて、その後夏朦の呼吸音は徐々に規則的かつ平穏になっていた。温奈はこっそり半目を開いて、その透き通った瞳が彼女を見ていないのを確認してから完全に目を開いた。


 まるで時間が巻き戻っているかのように、温奈はあの大学三年生の時の夜と同じように、静謐な夜に、朝までずっと夏朦を見つめていた。温奈は夏朦の夢を覗き見ることができなくて、会話を通して夏朦の選択を推測することもできなかった。だけど今の温奈の心は穏やかだ。最後の最後に、大切な二人の時間を過ごせたことに十分満足している。

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