35 消息
夏おじさんが再婚したばかりの頃、夏朦はまだ夏おじさんの誕生日の時にプレゼントを用意して、家に戻って一緒に祝っていた。アルバムに入っているあれらの家族写真はその頃に撮ったものである。新年の時も彼女の『家』であったあの場所に戻っていた。親戚と一緒におせち料理を食べて年を過ごしていた。夏朦はそういう日をずっと期待していたことを温奈は知っていた。それは一年中に家に帰れる正当な理由ができるのを待っていたとも言える。しかし、毎回夏朦が家から戻った時、一週間から二週間ぐらい落ち込んでいた。長い時は一ヶ月も。
「父さんはもう母さんのことを忘れて、私のことも愛さなくなったのかな?」ある年、夏おじさんの誕生日を祝った後、少し酒を飲んで寮に帰った夏朦は悲しい目で温奈に聞いた。
涙を我慢していた夏朦を見て、温奈は心が痛くてそのまま夏朦を腕の中に抱いた。それは温奈が初めて夏朦を抱擁したことである。今でも温奈はよく覚えている。少しお酒の匂いを帯びる痩せ細った体の抱き心地は悪かったが、温奈が夏朦の匂いに陶酔するには十分だった。
「そんなことないよ。彼はあなたの父さんだよ。あなたを愛してないわけないでしょ。いくら再婚して幸せに過ごせても、夏おばさんのことを忘れたりしないよ」
温奈は夏朦を慰めるために、一番憎い夏おじさんのフォローをしていた。
「じゃどうして父さんは私にあのおばさんのことを母さんと呼ぶように言ったの?今はもういないけど、私の母さんは一人しかいないよ」
無力な声が耳元に響き、夏朦はただ温奈の好きなように抱かせていた。抱きつくこともなく、両手はそのまま降ろしていた。その顎も温奈の肩に乗せていなかった。泣きたかったのに、ずっと温奈の見えなかった後ろを見つめたまま、我慢し続けた。
温奈は夏朦の疑問に答えることができなかった。似たような経験がない温奈には普通自分の子供に再婚相手を母親と呼ばせようとするのかわからなかった。温奈が唯一知っていたのは、夏朦がそのことを理解できなくて、拒んでいたことだけ。夏おじさんの要求は自分が知っていた定義と差が開いてしまって、その差が夏朦に夏おじさんの夏おばさんと自分に対する愛に疑問を抱かせるには十分だった。
「もし父さんがそう望むなら、母さんと呼ぶよ。もし二人共が私の母さんで、さらに妹が一人増えたなら、嬉しいと感じるべきかな、この世界での家族が二人も増えたから」
両目で夏朦を直視して『無理をする必要はないよ』というメッセージを相手に伝えたかった。温奈は夏朦から少し離して、泣き顔よりも醜い笑顔が見えた。温奈は夏朦が無理をして作った笑顔が好きじゃなかった。その顔を見てると苦しみしか見えず、自然と笑顔を見せるという喜びを全く感じなかった。
「泣いてもいいのよ。泣きたければ泣くといい」
「でも母さんは私の泣くところを見たくない。誰も泣き虫の『娘』を好かない」
夏朦が言った『母さん』はすでに夏おばさんだけではないということが、その時の温奈にはまだわかっていなかった。
それから、夏朦はあきらめたように現実を受け入れて、夏おじさんの要求に従ってあのおばさんを『母さん』と呼ぶようになった。その『母さん』の娘も『妹』と呼ぶようになった。夏朦は受け入れることを試み、新しい家族の機嫌を取ろうとして、良い娘及び良い姉の振りをした。温奈は夏家の家族の集まりに参加したことがないから、夏朦の言葉から推測するしかなかった。
温奈には『新しい家族』が夏朦のことを理解して受け入れようとしていないのを感じた。夏朦の誕生日を覚えていなくて、自分から夏朦に話しかけたりしない。いつも夏朦から膠着を破りに近付いている。だが会話も一問一答に限って、それ以上は続かない。偶に夏おじさんが離席している時に、普通の気遣いすらしてくれないのだ。
温奈はかなり後になってから、あの日夏朦は泣くのを我慢した理由を知った。それは夏朦が少し酔った時にしか聞こえない本音であった。あの日、夏おじさんがその要求をしたら、夏朦はその場で涙を流したようだ。そして、そんな場面を見た『母さん』は嫌な顔を見せた。その時、夏朦は新しい『母さん』も子供が泣くのが嫌いのようだと気付いた。
まるで輪廻のように、一人が去ったらまた一人が来た。同じように真面目に夏朦と向き合わない人だ。
そんな風に夏朦を大事にしない人たちは、よりによって夏朦の家族と呼ばれることができるのだ。でもそれは温奈が永遠に手に入れられない関係だ。
温奈は夏朦に、その『母さん』が子供が泣くのが嫌いではなく、そもそも夏朦を自分の娘だと思っていないと教えたかった。だが彼女はそれを口にすることができない。その事実はさらに夏朦の心に傷付くだけだ。
温奈は夏おじさんが重大な決定を軽く語っていた姿を見ている。夏朦が彼らと一緒に海外に移民するかどうかという問題を、デザートをもう一つ取るかどうかのように適当に扱っている。衝動のあまりに、危うく手に持っているミルフィーユケーキを夏おじさんに投げつけるところだった。
なんとか怒りを抑えて、温奈が今一番気になるのは夏朦の反応だ。夏朦はその提案を受け入れるのか?もし受け入れると、彼女たちは無理矢理引き離されることになる。無理矢理と言うのもちょっと違うが、夏朦の家族と比べると、温奈の順位のほうが後ろにいるのは当たり前だ。
夏朦はまださっきの話を消化しているようで、大きく開いた両目には複雑な気分が満ちている。夏朦がかなりの時間戸惑っても一言も話せずにいた。夏おじさんも急かすつもりはなく、ただ笑って『母さん』と『妹』が彼を待っているから、先に席に戻る、それに考えがまとまったら彼に電話すると言った。、そして電話しなくても、数日後彼が店に訪れるという言葉を残した。
またあっさり立ち上がって二人と別れた。夏おじさんは自分の言葉が彼女たちの心にどれだけ大きな爆弾を投下したのかをまるで気付いていないようだった。温奈は振り向いて夏おじさんが向かう方向を見て、すぐにレストランの中で夏おじさんの『家族』の姿が見えた。温奈はなぜ最初に詳しく確認しなかったのかを後悔した。例え人混みの中でも、温奈はその三人の顔を見間違うはずがないからだ。
皿を置いて、温奈は自分の元の席に戻らずに、夏朦のそばまで歩いて、手を夏朦の肩に軽く乗せた。今の温奈の心は混乱しているが、夏朦の心はそれ以上に混乱しているに違いない。彼女の女神に動きはなく、まるでその心臓すら動くことを忘れたかのように静かだ。温奈は屈んで夏朦の反応を確かめようとした。顔を隠した長い髪をどいて、夏朦は透き通った目を温奈に向けた。その眼窩にはすでに涙が溜まっていて、少しの動きがあれば、そのまま涙を落とす緊急な状態だ。
温奈の慰めの動きがその細雨を降らすトリガーである。涙が落ちた瞬間、夏朦は慌てて夏おじさんが向かう方向を見た。それは相手が自分のことを見ているのか確かめたいようだ。温奈は夏朦が泣くのを見た次第に立ち上がり、夏朦の前を塞いで、堅実な壁になった。涙を流す夏朦のためにすべての人の視線を遮断してくれた。
夏朦の涙を見て、温奈は逆に冷静になった。彼女はずっと女神の追従者であり、守護者である。そして、月を見上げる地球でもある。夏朦がどんな決断をしても、温奈にそれを止めることはできないし、止める資格もない。幸せを求めて、離れようとする夏朦を引き留めることもできない。
夏朦の幸せが彼女の幸せだ。この世から去ることを選ばない限り、温奈はその決断を全力で応援するつもりだ。
そうなると、温奈にできることはただ一つだ。それは夏朦が決断をする前に、夏朦に付き添って、夏朦が温奈を必要とする時に立ち上がることである。壁になってもハンカチになっても、温奈は恨みも悔いもない。
人混みを背にした温奈はくずガラスで装飾した壁しか見えていない。さっきの全身鏡と違い、細かく切られたガラスは優雅な流線型のデザインになっている。温奈の五官はバラバラの欠片に映っている。自分の左目と目が合って、しっかりとした目つきは彼女自身を落ち着かせた。
もし温奈がそんな表情もできないと、夏朦を安心させることができないだろう。彼女の女神はいつも優しすぎた。温奈に望んで止まない感情をあげられなくても、温奈一人に店を任せることはできない。
でも大丈夫、大丈夫だ。夏朦がこの世界のどこかでちゃんと生きていることさえわかれば、温奈はちゃんと店を経営し、植物と自分の世話をする。じっと待ち続けて、もしかしたらいつの日か、夏朦は戻って温奈を見に来るかもしれない。
温奈は鏡の中の自分と向き合って、永遠に温奈の目に住んでいる夏朦しか見えなかった。その瞬間、彼女たちはまるで店から離れて、二人しかいない空間にいるようだった。そこには人混みもなく、時間の流れもなく、ただ二人だけがいた。
温奈にはあとどれぐらいの時間がある?
こんな風に夏朦と二人きりでいられるのは?
温奈は静かに考えていて、ゆっくりと夏朦の背中を撫でていた。そして、温奈は心の中で鼻歌を歌っていた。そのメロディーは彼女たち二人がよく馴染んだものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます