34 晩餐

 まだ食べてはいないが、見る限り、ここの料理は少なくとも五十種類以上ありそうだ。温奈は壁に貼ってある小さい紙に載る説明文から、実際に八十種類があると知った。夏朦は皿を取って温奈に渡してから、自分の皿を取った。


 白い皿のサイズはどう見ても夏朦に似合っていない。小食ではない温奈にとっても少し大きすぎる。他の客たちが皆うきうきに料理の山を持って席に帰っているのを見て、この赤字を恐れないレストランに思わず感服した。


 温奈は片手で皿を持って、もう片手で夏朦の肩を軽く突いた。夏朦が手に持つ大皿を受け取り、デザート用の小さい皿を渡した。実は小さいとは言っても、比較的に小さいだけで、デザード用の皿のほうが通常サイズの皿だ。


 彼女たちは一つ一つの料理を見て回っていた。刺身エリアとサラダエリアを通って、お惣菜エリアまでに行った。料理を見るより、彼女は夏朦の表情を観察することに集中していた。些細な変化に気付けたらすぐに足を止めて、その場に置いてある料理を少し取って自分の皿に置いた。


 温奈は好き嫌いせずに何でも食べるから、一回りしたら皿に置いてあるのは全部夏朦が「興味がありそう」な料理だ。そして夏朦の小さい皿にはサラダとフルーツが置いてある。元々夏朦は盛り付けが得意で、ビュッフェ料理であっても、レストランが出すような正式な料理のように盛り付けられる。


「重くないの?」彼女たちは一緒に片手でアイスコーヒーを持って席に戻った時、夏朦は温奈が片手で持っている、ほとんど空きスペースが残っていない皿を見ていた。

「いや、これぐらいの重さはなんともないよ」


 本当に何ともないんだ。それに例え重くても、好きの人の前に重いなんて言えない。


 温奈は自分が夏朦に対して特別な感情を持っているのに気付いてから、過去に小学校から高校までの男子たちの無理をしても格好つける行動が理解できた。男でも女でも、好きの人に好印象を与えたいんだから。


「食べたい料理を好きなだけ取ってね」席に戻って、温奈は皿を向こうのほうに数センチぐらい押して、皿をテーブルの中央の位置に置いた。


 夏朦はフォークとスプーンを取って、ブロッコリーを一つ掬って、そしてパプリカを取って自分の皿に置いた。夏朦がまるでリスのように食べているのを見て、温奈は料理もっと取るように夏朦に対して催促をせず、皿を自分のほうに戻すこともせずに、フォークでサイコロステーキに刺して口に入れた。


 おいしい肉汁とちょうどいい塩味は味蕾を刺激したから、温奈の口は唾液を分泌して食欲をそそる。野菜もすべて新鮮でさくさくだ。ビュッフェとは言え、料理は皆冷めることなく、出来立てのように熱々だ。


 いくつかの料理を試した後、美容師のセンスは髪のことに対してのみならず、食べ物に対しても相当なセンスを持ち合わせていることを認めた。


 温奈は微笑みながら手を伸ばしてミニサイズのピザを取った夏朦を見ている。スモークチキンとマッシュルームの上に金色のチーズがたっぷりあった。夏朦がそれを噛んでもチーズはすぐに千切れることなく、逆に長く伸びた。夏朦は驚いて少し目を大きく開いた。千切れそうなチーズを一目を見てから、温奈を見た。面白いと思ったか、夏朦は笑顔でまたチーズを数センチ伸ばした後、やっとチーズが切れた。


「おいしい?」


 夏朦はうなずいて、ピザを温奈に渡した。夏朦に見られながら温奈も一口を食べた。スモークチキンはパサパサじゃないし、燻製の香りと濃厚のチーズとよく合っている。マッシュルームは窯で焼かれたことで水分が抜くことがなく、依然として水分をたっぷり含んでいる。温奈が噛んでからも長い糸を伸ばしたのを見て、夏朦は軽く笑って、声を出さずに記録を更新した温奈に拍手した。


「奈奈が食べて」


 温奈は断ることなく、気前よく残ったピザを食べ切った。一口でも二口でもいい。多くは望まない。夏朦が食べてくれさえすればそれでいい。温奈は小食の夏朦と食べ物を共有するのが好きだ。普通の人はレストランで料理をシェアする習慣はないかもしれないが、温奈は他人の目を気にせずに、夏朦と過ごす時間をしっかり堪能するほうが大事だ。


 皿に乗せた料理は少しずつ減っていった。一種類の料理に対して一口や二口の量だけを取ったのは大正解だった。夏朦は取ったサラダとフルーツも半分ずつに分けて、温奈と共有した。二人はまるで軽い料理の冒険でもしたように、同じ味を共有し、未知なる美味を一緒に体験した。それに温奈に新しい発見がある。温奈が美味しそうに食べている表情を見れば、夏朦もその料理が気になるように、もともと試そうとしなかった料理を食べてくれる。


 夏朦のために自分ができることをまた見つけた。それは表情と感想で夏朦に食べさせるように誘導することだ。


 大半の料理はやはり温奈が食べたが、夏朦は普段よりも多く食べた。温奈は再び心の中で美容師を感謝した。次髪を染めに行く時にちゃんと礼を言うつもりでいた。


「何かデザートでも取りに行かない?」彼女はそう聞いた。

「もうお腹がいっぱい」

「じゃ少し待っててね、すぐ戻るから」


 夏朦は温奈に手を振った。小さな動きと意外と真剣な表情は温奈の頭の中で何度も再生された。温奈は笑みを隠せなかったから、前方に誰かが歩いてくるのを見て、思わず手で自分の口元を隠した。その手を振る動きはあまりに可愛すぎるせいで、何度目かわからない再生をした時、微笑みはバカ笑いに変わっていた。鏡の前を通った時は自分のバカみたいな表情に驚いた。


 愛は人をバカにするというのは本当のことだね。


 ようやく過剰な笑顔が収まって、温奈は小さい皿を持っておいしいデザートを物色している。夏朦はもう満腹のようだが、温奈はさっきと同じ技でもっと食べさせることができるかもしれないと思っている。


 爽やかなレモンケーキを取った。コーヒーゼリーを見かけて、迷わずに手を伸ばしてそれを取り、皿に置いた。夏朦はどんなデザートが好きなんだろう?温奈は考えながら、二十種類以上もあるデザートを観察した。最後はフルーツのミルフィーユケーキで残りのスペースを埋めた。


 楽しそうに席に戻ろうとして、つく前に夏朦の向こうにある人物が座っているのを見た。


 誰?


 心の警報機が鳴り、温奈は足を速めて歩いて行った。そして、慎重に夏朦の表情と招かざる者の背中を観察した。夏朦は困った顔をしていなくて、どうやらその人は知り合いのようだ……


 知り合い?


 近付けば近付くほどその背中に見覚えがあると感じた。温奈の頭の中には急に一つの名前が浮かんできた。温奈の観察と判断を通して、その正確率は九十パーセントぐらい高い。間違いない、その人物は彼女たちの知っている人だ。


「夏おじさん、どうしてここにいますか?」

 一見礼儀正しく聞こえるが、その口調は不快そのものだ。温奈はその言葉で勝手に席についた招かざる客に『挨拶』をした。作り物の笑顔と礼儀をひねり出すために、口角が少し震えている。

「ちょうど家族を連れて食事に来たところだ。まさかここで会うとは思わなかった」


 夏おじさんは笑顔で答えた。彼が言った『家族』という言葉は何故か耳障りに聞こえた。夏朦だってお前の家族ではないか、どうして普段は実の娘を気遣おうとしないのかと突っ込みたいのだ。夏朦の表情が暗くなったのに気付いて、温奈の胸には火が燃えさかっている。夏おじさんは温奈を怒らせるのが上手だ。もちろん当の本人にはその自覚はないが。


「それで夏おじさん、今日は何か用でもあるのですか?」温奈はイントネーションで『用』を強調して、相手が彼女の皮肉を理解して欲しかった。


 温奈は夏朦の隣の椅子に座らなかった。夏おじさんが座っているのは『彼女の』席だ。彼女にはカバンを置いてある席で妥協する理由はない。今の高低差の優位を利用して、温奈は自分の勢いが劣っていると思わない。例え相手が夏朦の実の父親でも、礼儀正しく接するつもりはない。


「そうだね。君のおかげで思い出した。危うく要件を忘れるところだった」

 夏朦は困惑した顔で夏おじさんを見ていて、温奈と同じように、その「要件」に対して心当たりはないようだ。

「直接店に行ってあなたたちを訪ねるかを迷っていたが、今日ちょうど会ったから先に言おう。上司は私をアメリカの分社に派遣するんだ。母さんと妹を連れてこのままあっちに引っ越して、落ち着いたらそのままあっちで定住するつもりだ。朦朦、私たちと一緒に行かないか?」


 夏おじさんの言葉はまるで雷のように、彼女たちの安寧を切り裂いて、楽しい晩餐の時間を壊した。いや、正確に言うと、夏おじさんもこのレストランにいることだけでも最悪の偶然だ。もし温奈が一足早く夏おじさん一家も中で食事していることに気付けば、絶対に夏朦を連れてここに入ったりしない。


 夏朦を失うことを恐れて恐怖を感じた温奈が避けるべきなのは警察ではなく、より大きな脅威――水よりも濃い血縁だ。

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