28 新しい家

 夏朦は店に戻り、タンポポを元の位置に戻して、ひなたぼっこをさせた。今、鉢の中には緑色の葉っぱしか残っていない。でも長い間見てきたから、例え緑色の葉っぱしか残っていなくても、温奈はそれがかつて小さい黄色い花を咲かせて、小さい毛玉を出したタンポポであるとわかる。荼蘼の傍に置かれて、タンポポはより小さく可愛く見える。この数日間、荼蘼は夏朦の世話で元気溌溂だ。葉っぱの一枚一枚につやがあり、再び夏朦の園芸スキルを証明した。


 しかし、温奈が荼蘼の花言葉を調べてから、荼蘼に対する気持ちも少し複雑になっていた。夏朦は日に日に衰弱して透明になっていき、荼蘼はそんな夏朦の世話で徐々に成長していく。それはまるで夏朦の生気を吸い取って自身の養分にしているようだ。まだ花が咲いていないとは言え、以前よりは生い茂っている。実際にその元気のない姿を見なかったら、荼蘼が病気にかかっていたなんて信じられないだろう。


 おかしくて恐ろしい想像だ。それでも温奈は思わずそう思った。だが絶対に夏朦に温奈の考えを勘付かれてはいけない。夏朦がそれを知ればきっと悲しむからだ。世話された植物たちに非はないから、このような非難を受けるべきではない。


 店の扉は開かれ、鳩おじさんはいつも通り来店一位の座を手にした。


「おはよう!奈奈、朦朦、今日は天気がいいね!」鳩おじさんは元気そうに彼女たちに挨拶をした。

「おはよう。おじさんは相変わらず元気だね。今日も大根もちと豆乳でいい?」

「もちろん!一年中食べ続けても飽きないよ。あなたたちの店はずっと続けて欲しい。そうすれば一年、二年はおろか、三年、四年でも大根もちと豆乳を食べ続けるぞ」


 温奈は笑いながら彼が飽きるのが先か、それとも彼女たちの店が潰れるのが先かと言った。


「おや、奈奈はなんて弱音を吐いてるんだ。潰れるなんてありえないさ。もし店が潰れるピンチになったら絶対俺に教えてくれよ。会社の人全部朝食に連れてくるから!」


 店内は二人の朗らかな笑い声に満ちていた。鳩おじさんと談笑しながら、温奈はチラッと豆乳を注いでいる夏朦を覗いた。その浅い笑顔はすでに消えて、夏朦は再び静かで儚い状態に戻った。でもその頬にはもう涙の跡が見当たらない。


 ゆっくりでいい。少しずつでも前に進んでいれば温奈は嬉しく感じる。


 温奈は自分がまるで悪魔と綱引きをしているようだと感じた。悪魔は夏朦の左手を引っ張っていて、温奈はその右手を引っ張っていて、悪魔の手の中から必死に自分の女神を取り戻そうとしている。


「はぁ、今の社会は本当……何か嬉しいニュースがないのか?」携帯の画面を見ている鳩おじさんが呟いた。

「何があったの?」黄金色に焼いたサクサクな大根もちを出し、温奈は少し緊張していたが、気にしないふりして聞いた。

「例の誘拐犯の事だよ。まだ捕まっていないぞ。現在は合計ですでに十二人の子供が行方不明になっている。その子供たちと親たちは可哀そうすぎる」


 温奈はびっくりして、振り向いて夏朦を見たい衝動を何とか抑えた。自分が振り向いたらまた夏朦が自責で押しつぶされるのではないかと恐れた。早く話題を変えないと、と温奈は慌てて考え、視線を植物エリアに向けてから戻した。植物は温奈の専門ではないから、他の話題を出さないと。そしたら急に鳩おじさんが一人暮らしであることと、この前に夏朦が鳩おじさんの定年退職後の生活を心配していたことを思い出して、いいアイデアがひらめいた。


「おじさんは犬を飼う気はないか?」

「犬を飼う?」


 話を切り出すとやはり鳩おじさんの注意を引いた。温奈は最近怪我をした子犬を一匹拾ったことを説明した。当然事情と経過はぼかして、子犬の新しい家を探している要点だけを教えた。


「引き取る人は見つからないのか?」鳩おじさんは口を開いて聞いた。


 温奈は鳩おじさんが躊躇っていて、しかもちょっと乗り気だったことを知っている。もう少し頑張って説得すれば、相手はきっと折れるはず。この一年間の付き合いで、温奈は鳩おじさんが明るくて、愛に満ちた責任感のある人だとわかる。子犬が鳩おじさんの家にいればきっと幸せな一生を送れるはずだ。


「ないよ。それに私たちも飼えない。おじさんは一人暮らしだから、子犬が付き添えば退屈しないと思って」

「わかった。少し考えさせてくれ。今晩は時間はあるか?その子犬を見てみたいのだ」


 即答ではないにせよ、考えてくれるだけで彼女にはありがたく感じる。鳩おじさんと夜に動物病院で合う約束をした。鳩おじさんは何時ものように速いスピードで朝食を済ませて、笑顔で手を振って彼女たちと別れた。


「鳩おじさんが小黄の新しい家族になってくれるかな?」夏朦は鳩おじさんの背中を見つめていた。

「わからない。でも、彼らがお互いの新しい家族になれるといいな」


 温奈は夏朦の隣まで歩いてきた。その細い腰に手を回して、泣いている夏朦に温かい拠り所を与えたい。


「奈奈、もし小黄がうまく新しい家を見つけたら、小黄の絵も描いてくる?」

「もちろんさ。何枚でも描いてあげるよ」

「一枚でいいよ」

「わかった」


 いつもと変わらない会話は温奈を安心させた。温奈はそれに飽きることがなく、毎日繰り返しても喜ぶだろう。この前のお客さんたちのおかげで、植物エリアの植木鉢はかなり減った。彼女たちは皆新しい家を見つけた。その日に温奈はたくさんの「一枚でいい」絵を描いて夏朦にあげた。


 夏朦はそれらの絵をどこに仕舞ったのか温奈にはわからない。合計で何枚描いたのかもわからない。きっとかなりの量があることだけは知っている。このまま溜め続ければ、店中の壁に貼り尽くせるかもしれない。


 *


 その日の閉店後、温奈は夏朦に見送られる中、裏口の扉を開いた。足を踏み出す前に、彼女は再び振り向いて夏朦を見た。


「本当に一緒に行かないの?」


「いいの。家で待っている」


 夏朦の気が変わらないのを見て、温奈は夏朦にちゃんと扉を閉めて、勝手に出ないと言いつけた。温奈はすぐ戻ると言ってから、やっと店を出た。鍵をかける澄んだ音を聞いてから、彼女は夜の中を歩んで行き、ハマーを動かして動物病院へ向かった。


 温奈が到着した時には、すでに鳩おじさんが動物病院の入り口で待っていた。約束の時間まではあと二十分もあるのに、どうやら鳩おじさんは誰も引き取ってくれない子犬のことをすごく気にしているようだ。今日中に子犬は新しい家が見つかると温奈はさらに確信した。


「ごめん、待たせたね」

「いえいえ、俺が早かったんだ」


 彼女と鳩おじさんが店外で会話したのは初めてで、なんか変な感じがする。人の慣れには本当に不思議な力がある。今の鳩おじさんは彼女たちの店にいないから、何とも言えない違和感がある。


 温奈は数日前の夏朦の状況が心配で店を離れられなかった。この前に子犬を病院に連れてきた後、再び会ってはいない。ただ病院からの電話を頼って子犬の近況を確認していた。温奈は内心少し後ろめたいと感じている。今、子犬を助けられるのは温奈と夏朦の二人しかないのに、子犬のことを放っておいた。子犬はすでに彼女たちのことを忘れたのか、それともずっと迎いに来ない彼女たちを恨んでいるのかわからない。


 子犬が入っている檻に近付いてすぐに、子犬は温奈のことを認識し、前へと飛び跳ねってきた。小さい尻尾を嬉しそうに振っている。子犬は温奈のことを忘れていないどころか、その黒真珠みたいな黒い瞳からも怨念が見えない。傷つけられた後ろ足はほとんど完治して、目も見る限り正常だ。医者はその視力が怪我のせいで弱まりかねないと言ったが、大した問題はなさそうだ。


「この子がそうか?可愛いね」鳩おじさんは驚いて声を上げた。彼は子犬を見てから、声も柔らかくなった。


 檻を隔てて子犬と遊んでいる鳩おじさんを見ていると、温奈は自分と夏朦がもう子犬のことを心配する必要がないとわかった。子犬はもう新しい家、新しい家族を見つけた。子犬は全く人を怖がらなくて、初対面の鳩おじさんにも好意を示していた。嬉しくて鳩おじさんの踊る指と共に、檻の中で跳び回っている。


 動物には善人と悪人の区別が付けるらしい。誰が彼らによくするのか、愛してくれるのか知っている。もしかしたら子犬にも同じ能力を持っているかもしれなくて、鳩おじさんが一生信じていい人間だとわかっている。


 誘拐された子供たちにも善人と悪人の区別ができればなあ。そうなるとこんなにも多くの悲劇が起きらなかったかもしれないと、温奈はひっそり思っている。


 しかし、子犬も最初は暴力で連れ去られていた。この世界では、力さえあれば、悪人は好き勝手にできる。人間だろうが、動物、植物たちの心も体も傷付けることができる。


 悪人……

 どんな人たちが悪人なの?


 植物を雑に扱って、気に食わないと捨て、あるいは植物を放置して自滅させる人たちか。十二人の子供を連れ去った誘拐犯か。子猫をいじめて死なせた子供か。子犬と夏朦を傷付けた若者か。夏朦に精神的な脅迫をした夏おばさんか。新しい家族ができたら夏朦を置き去りにした夏おじさんか。子猫と子犬を救うために故意なく人を殺めた夏朦か。それとも最愛の人を救うために共犯となって死体を埋めた自分か……


 誰が悪人か?誰がそうではないか?

 それとも、これらの人全員が悪人なのか?

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