25 明るさ
冬瓜茶の温かい香りは温奈を現実に連れ戻した。彼女は火を消し、冷却のために冬瓜茶を静置した。その後、彼女は店舗シャッターのスイッチを押して植物たちに太陽の光を与えた。タンポポも太陽の光を堪能していた。よく見るとやっとできた小さな蕾を見つけられる。その中に隠れている黄色い花びらがちらっと見える。
昨日動物病院から戻ってから、夏朦は子犬がいないことに寂しさを感じていたのか、タンポポの鉢を抱いて一階でずっと星を見ていた。満月を過ぎて数日間月の姿が見当たらなかったが、夜空はそんなに寂しくなかった。星々は依然として輝いていた。そんな時に、夏朦はタンポポの緑葉の間にいくつの蕾ができたことに気付いた。もうすぐ花が咲きそうだ。
「タンポポはすごく喜んでいる。彼女はもうすぐ花を咲かせるから」夏朦は嬉しそうに教えた。
「彼女たちも自分が何時咲くの知っているの?」
「すごく正確ではないが、予感はあるよ。花が咲く時、枯れる時、そして実が実る前には予兆があるの。彼女たちは自分に変化が起こりそうなの知っている」
「人間にもそれがわかればよかったのに。そうなれば彼女たちが頑張って咲く美しい姿を見逃せずに済むよね」
「見逃せてもいいの。彼女たちはそれを気にしない。ただ静かに咲き、そして静かに散る」
「彼女たちは寂しさを感じないの?」
「彼女たちはもう慣れている。人間が彼女たちの声が聞こえないの知っているから」
「じゃあなたに出会えた彼女たちは幸運だね、やっと彼女たちの声が聞こえる人が現れたから」
夏朦は急に黙り込んだ。まるでタンポポの声を聴いているようで、植物そのものになったようだ。そんな夏朦に触れれば繋がることができ、その普通の人間には聞こえない小さな呟きが聞こえると、そう温奈は錯覚していた。
「あなたに出会えた私も幸運よ」
「タンポポがそう言ってたの?」
夏朦はただ何も言わずに笑っていた。夏朦は謎めいた表情でニヤリして、葉っぱを軽く撫でていた。そして振り向いて窓の外の星空を見ていた。
最後に夏朦は温奈の肩に寄り添って眠りに落ちた。温奈は慎重にタンポポの鉢を夏朦の懐から取り出してから、夏朦を抱き抱えて二階へ上がった。夏朦は軽い。温奈が簡単に夏朦を抱き抱えるぐらいに軽い。温奈は俯いて夏朦の髪の香りを嗅いでいて、抱えている時にしか人の暖かさを感じられない。夏朦のベッドの前まで来ても、夏朦を降ろすのを惜しんでいた。最後は夏朦がよく眠れていないの見るに忍びないから、夏朦を自分から離して、ベッドに降ろした。
結局タンポポの鉢はそのまま下の階に忘れ去られ、夏朦と一緒に部屋に戻ってベランダに置かれなかった。
「もっと太陽を浴びて水を飲んで、早く咲いてね。あなたが咲いてる姿を見れば、夏朦もきっと喜ぶから」温奈はタンポポの蕾に言った。
前に夏朦の誕生日プレゼントを選ぶ時にタンポポの花言葉を調べたことがある。その黄色い花は陽気を意味する。温奈はこのプラスエネルギーに満ちた可愛い黄色い花も自分のように、自身の喜びを夏朦に共有できるようにと信じた。最後の一枚の花弁が枯れて、もこもこの丸い毛玉になった時には少し悲しみの意味が込められているが、少なくとも今は、すぐに咲く蕾は来るべき明るさを意味する。
「タンポポはここにいるのか」
温奈は振り向いて声の主のほうを見た。夏朦の瞳が笑顔に満ちている。彼女の大好きなえくぼは可愛い弧度で少し凹んでいる。彼女はもっと眩しい笑顔でおはようって答えた。
彼女はタンポポの花が要らない。とっくに彼女を照らしている光があるから。
「冬瓜茶を作ってるの?」
「そうよ。愛玉も作ったよ。夜まで冷やせば食べれるよ」
夏朦は笑顔で良かった、丁度今日は冷たい甘い物を食べたかったって言った。
「今日は定休日だけど、臨時営業でもしないか?」夏朦の突然の提案に温奈は驚いた。
「休まなくて大丈夫なの?」
夏朦は首を振った。高揚した声はまるでバレエでも踊っているように軽快で、音響設備のほうに歩いて朝のリストの曲を再生して「大丈夫。今はすごく元気なんだ。昨日は臨時休業だし、今日は臨時営業としょう」と答えた。
予想外の答えは彼女を笑わせた。了承して携帯を取って二度目の臨時通知をファンページに送った。夏朦は扉の前に行ってプレートを裏返った。
「朝食は何が食べたい?」
「奈奈が食べたいものを食べるよ」
温奈は厨房に入り、冷蔵庫を開けて少し考えた。後ろで夏朦がコーヒーメーカーを起動した音が聞こえた。温奈はヨーグルトとバナナを取り出して、薄くバターを塗ったトーストをオーブンに入れた。スライスに切ったバナナを二人分のヨーグルトに乗せて、砕けたナッツを振りかけて蜂蜜をかけた。サクサクに焼いたトーストに合わせると、簡単に作れる栄養満点な朝食はすぐ食卓に並ばれた。
夏朦は二人分のコーヒーを出して、温奈の向こうに座って動かずに、ただ笑顔で温奈を見つめている。おかげで温奈の心臓がコントロールできないぐらい加速した。
「どうしたの?」ずっと見つめられて、温奈は我慢できずに声を出した。
「なんでもないよ。ただ自分は毎日奈奈が作った朝食が食べられて、幸せだなって思っただけ」
「ならちゃんと完食してね。今日のトーストは半分こだよ。私が半分を食べるから、もう半分は任せたよ」
「うん、任せて」
二十代の大人二人が子供じみた会話をしていて、お互いの言葉で笑い出した。リストの連続した十六分音符は彼女たちの影響を受けずに、激しい音を奏で続けた。
夏朦は小さく一口ずつトーストを食べている。二口を食べたら皿に戻して小休止し、蜂蜜とナッツを混ぜたヨーグルトを一匙掬って口に入れた。鏡に映ってるように、温奈も手を上げてヨーグルトを一口食べた。蜂蜜の優しい甘さと無糖のヨーグルトは両手を上げ、お互いを受け入れて、完璧に融合して新たな味へと変わった。口の中の冷たさは心に沁みて、さくさくのナッツでさらに風味が増した。
温奈は夏朦と食べ物を共有することが好きだ。お互い同じ時間で同じ美味しさを味わうのも、生活の中でのロマンの一種である。ともて小さなことで、平凡過ぎる日常でしかないが、その些細な日常は温奈の幸福を築いたから、温奈は夏朦のために料理を作るのが好きだ。例え同時に料理は温奈の仕事でもあっても、飽きることを感じたことがない。
トーストの最後の一口が夏朦の口の中に消え、温奈は惜しまない賛賞と拍手を贈った。今日の彼女たちはとても楽しい。すべての行為が幼くなっているが、それでもかまわない。最初に恥ずかしそうに微笑んだ夏朦を見るのも、その後夏朦がトーストを完食した時の小声の拍手も、例え世界中が彼女たちを幼稚を笑っていても、大好きな人と一緒に幼稚な行いを続けようと思う。
午後になってから、初めて通知を見たお客さんが来店した。鳩おじさんが扉を開けたのを夏朦が見た時、少し驚いて温奈を見向いた。温奈もまた驚いた顔をしている。鳩おじさんは毎日一番に朝食を食べに来るお客さんではあるが、それも平日に限る話だ。鳩おじさんが休日で彼女たちの店に来店したのはこれが初めてだ。
「土曜はいつもメモリアルパークに嫁を見に行くのだが、今日はあなたたちが臨時営業したから、暇を持て余した俺にも行ける場所ができたのさ。やはりここはいいな!奈奈と朦朦の店は私にとってのオアシスだ。毎日通えたらよかったのにな」鳩おじさんは笑いながら夏朦に熱いカフェラテを注文した。
「オオタニワタリは元気にしてる?」夏朦が鳩おじさんにカフェラテを出す時ついでに聞いた。
「元気だぞ!写真も撮っているんだ。ほら!ずっと見せようと思っているんだから。ほらほら、元気に育ってるでしょ!言われた通りに水をやって世話をしているぞ」
二人が楽しそうに携帯の画面を見ているのを見て、温奈も思わず近付いて覗いた。オフィスの隅っこに置いてある山蘇が見える。元々はその場所に置いた訳じゃないらしいが、風通しが必要だと夏朦がそう言っていたことを思い出して、温奈がわざわざ窓辺に移動したそうだ。写真では鉢の横に小さいスプレーボトルが見えて、鳩おじさんがちゃんと植物を世話していることがよくわかる。
「朦朦、もう一つ植物を会社に持っていきたいのだ。オオタニワタリ一つだけでなんか寂しそうだから、もう一つ持って行ってもいい?」
夏朦は微笑んでうなずいた。鳩おじさんを植物エリアに連れて、植物たちを詳しく紹介した。他のテーブルのお客さんも一緒について行って、一瞬で小さな植物教室になった。店内に笑い声が絶えずに、明るくて軽い雰囲気に満ちている。
その日に多くのお客さんが植物を選んで持ち帰った。夏朦は急いでカットをしていて、世話する方法を書いて植物たちに祝福を贈った。温奈はその植物たちの姿と色を覚えるのに大変だったが、夏朦の笑顔を心の中のコレクションに加えることも忘れなかった。
彼女の女神、今日は楽しい。その全身が人にあるべき色彩に染まっている。忙しい夏朦が彼女の横を通る度に、微かなクチナシの花の香りを感じられる。
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