24 出会い

 彼女たちの初めての出会いと言えば、夏朦の答えは温奈の答えと違うかもしれない。温奈は夏朦が多分学食で初めて自分に会ったと答えると思う。だが実は彼女はそれ以前から夏朦のことが気になっていた。


 同じ学科にいても、皆は全員と知り合うわけじゃない。それに人類は小さいグループを築くのが一番好きだ。普通は自分と気が合う人を探して、快適な環境で楽しく学生生活を過ごす。しかし、温奈は常に一匹狼だった。それが大勢とじゃれ合うことを好まないというより、自然の流れと言うべきかもしれない。自分からコミュニケーションを行わないと、人と知り合う確率は大幅に下がるから。このことについて彼女もそんなに気にしてはいない。元から友達ごっこに大した興味はないから、一人でいるほうが楽でもある。


 放課後は友達と一緒にカラオケに行くや話題の店にアフタヌーンティーを楽しむ必要もなかったから、温奈には十分な時間があって自分のやりたいことをすることができた。その頃、温奈は映画館でバイトをしていて、授業以外の時間はほとんどシフト一杯にしていた。別に金が必要というわけではなく、何か買いたいものがあるのでもなかった。温奈はただ忙しさで家族を失った痛みを忘れたかった。自分を一日中学校とバイトの事に専念させ、わざと自分の心にある出血している傷口に向き合わないようにした。


 学科のビルから駐輪場に行く途中、温奈は偶然学校の中庭を通った。あの時は十二月で、温奈は毎日長袖の服とコートで自分を包んで、皮膚を直接冷たい空気に触れないようにしていた。だが中庭には袖の短いワンピースを着ている女の子がいた。彼女は一人で寒い風が吹いている室外で、ベンチに座ってその上の大樹を見上げた。


 木の上には数枚まだギリギリ枝に繋がっている葉っぱがあって、まるで風前の灯火のように揺れていた。温奈はその子が何をそんなに集中して見ているのかわからなかった。長い時間上を向いて首は痛くないのかって疑った。もっと早く駐輪場に行くため、温奈はいつも中庭を抜けている。女の子の前を通りそうな時に温奈は女の子が泣いているのに気付いた。大樹を見つめた瞳は悲しみに濡れていた。


 その細い体はそんな葉っぱと比べればそれほど丈夫じゃないのに、女の子は落ちそうな葉っぱのために涙を流していた。でも温奈は心の中で女の子の奇行を笑わなかった。むしろ共感に満ちた女の子が気になっていた。女の子はまるで精霊のように顔が整っていて、その肌は雪のように白かった。温奈はまるで自分が冬の日だけに現れる精霊でも見たような気がしていた。


 その白い姿はずっと温奈の頭の中から離れなかった。温奈がある授業でその子の姿を見かけた後、自分が見たのは精霊ではなく、正真正銘の人間であることを確定した。


 その無垢な純白さは色鮮やかな服を着る生徒の中ではかなり目立っている。同時に静かすぎる故に透明にも近く、気が付かないと消えてしまいそうだ。異性を引かれそうな見た目を持っているのに、その自然過ぎた浮世離れの感じは、人を簡単に近寄れないようにした。まるで遠くで見ることしかできて触れることのできない蓮の花のようだ。


 温奈は長い間その子を静かに観察していた。彼女と話す人を見たことがなく、彼女の声も聞いたことがない。放課後、両目は確かにその子の姿を追っていたが、いつの間に女の子の姿はまるで風のように視界から消えた。それは温奈が初めて自分から近付き、知り合いたいと思った人だった。温奈はよく、その女の子は自分と友達になってくれるのかなと思っていた。


 ある日、学食でトレイを持っている温奈は窓側の席でその女の子を見つけた。足は無意識にその子に向かって歩いた。そして、温奈はごく自然な感じでその子の傍にあった椅子を引き出して「ここに座ってもいい?」と聞いた。


 一連の動きはスムーズすぎた。温奈は迷いを忘れ、足に躊躇いはなかった。ただ早くその子の傍に行きたくて、その子の注意を引きたくて、その子の声が聴きたかった。


 女の子は振り向いた。その悲しく落ちそうな葉っぱを見つめていた瞳はまるで透き通った水のように、緊張している温奈が映っている。女の子が軽く頷くのを見て、ほっとした温奈は自分が彼女に拒まれることを心配していたことに気付いた。


 二人の話題がどこから始まったのか温奈はもうよく覚えていない。唯一覚えているのは自分が必死に喋っていたことだ。ずっと女の子の興味がありそうな話題を探していた。それはつまらない人と思われて、その子との繋がりを断たれるのを恐れていたからだ。でも実際温奈はそこまで心配する必要がなかった。女の子は良い聞き手だった。口数は少なかったが、温奈の言葉一つ一つを真剣聞いていた。


 女の子の声は柔らかくて、温奈の想像と少し似ているが、全く違うとでも言える。実際に声を聞いたその時に、温奈は自分の想像力が足りなすぎたことに気付いた。その声に大した温度と起伏がなく、自然でありながら淡い悲しみを隠し持っている。その子と話す度、温奈はベートーヴェンのソナタ『月光』の第一楽章を思い出した。それは静謐で、霞んでいる。


 その時、温奈はその子は思ったほど近寄りがたくなくて、ただ誰も近寄ろうとしなかっただけということに気付いた。


 夏朦、それがその子の名前だ。温奈の目には、その子は朧気な月で、柔らかい光を発している。遥か遠くの空にいて、一人で無数の星々を数えている。亡くなった季節を悲しんで、落ちる星々のために涙を流す。


 その時の夏朦は母親を失ったばっかりなのも一部の理由かもしれないが、全体的にさらに虚弱で透明になるほど無気力だった。人は常に自分も同じ悲しみに染まることを恐れているから、負の感情に影響されることを避けている。もしかしたらそれも誰も夏朦に話しかけなかった理由の一つかもしれないが、温奈がそれを知ったのはあとの話だ。


 その日から、温奈は授業で夏朦を見かける度、必ず夏朦の隣に座るようになった。二人はすぐに親友になった。もっと多くの時間を使って夏朦と一緒に散歩や勉強をするため、温奈はバイトのシフトを減らして、ほとんどの時間を夏朦に注いだ。


 平穏な日常は長く続かなかった。その後すぐに彼女たちは大学に入ってから、初めての運動会を迎えた。誰もが参加する必要があるわけではなかったが、温奈は学科長に買われて百メートル競走に駆り出された。大学に入ってからは運動する習慣がない温奈は背が高く足も長いが、平日の鍛錬に欠けていたから、筋肉の量があまりなくて瞬発力もなかった。どう考えても学科長の期待に応えそうになかった。


 そのことを夏朦に話したら、夏朦から温奈の訓練に付き合うと提案した。一緒に走ることはできなくても、木陰で温奈に応援することはできると言った。温奈は最初、夏朦が適当に言っているだけで、数回練習に来れば飽きるだろうと思った。まさか夏朦は本当に毎週温奈の走りに付き合っていた。夏朦は温奈が疲れて諦めそうな時に優しく、もう少し頑張って、一周でも走ろうとさえ励ました。


 ランニング練習の時、温奈はいつも夏朦のいる大樹を目標にしていた。一周するのは夏朦が微笑んで温奈に手を振る姿を見るためだった。夏朦は真剣で、携帯や本を見ていなくて、ただ温奈の走る姿を見つめていた。それはまるで違う形で温奈と共に一周また一周を走っていた。


 積み重ねた感情は運動会の当日に爆発した。温奈は自分がずっとその瞳に見つめてもらいたくて、永遠に夏朦の優しさを独り占めしたいことに気付いた。夏朦は温奈の初恋の人で、温奈が誰にもスペースを残さなかった心に入り込んできた。皆は初恋が青春の中で苦くて甘い思い出で、青臭さとテンパったせいで、碌な結果にはならないと言う。


 温奈にとって、自分の片思いは実らないと予測しても、それが青臭くておかしいぐらいだった。しかし、温奈はこれが青春の思い出にならないと確信している。温奈は一生夏朦以外の人に恋しない。その感情はすでに温奈の全身に融け込んで、一つ一つの細胞に、一滴一滴の鮮血になっていたからだ。


 不幸で幸運なのは、温奈の夢が叶う日が来ないと知ってても、少なくとも夏朦と温奈との縁は簡単に切れることはないことがわかる。彼女達の友情は卒業まで毎年安定していた。夏朦が一緒に店を開く誘いに応じた時、温奈はまるでプロポーズが成功したようにうれしくて興奮していた。それは彼女がこの縁が未来へと続くと知っているからだ。


 彼女たちは一回も喧嘩したことがなく、互いの傍にいるのが心地いい。温奈は心の扉を完全に開いた夏朦を独り占め、夏朦の可愛いところをもっと発見した。感傷になりやすくて、涙を流せば一時間も止まらない。でもそれがすべて声の出ない泣きで、誰の邪魔にもならない。普段の感情は水のように静かなだが、偶に温奈に甘えもする。そん時に温奈はいつも甘える夏朦をレアバージョンと認定する。珍しいからこそ貴重だ。


 夏朦に聞かれたことがある、もしその時学食で温奈から話しかけなかったら、彼女たちはずっと他人のままなのかって。

 温奈は迷わずに答えた。それはありえない。あの時に温奈から話しかけていなくても、次に話しかけていたって。


 もしパラレルワールドが存在していれば、その世界では彼女たちは別の場所で知り合っていたのかもしれない。その場所は教室、図書館、廊下かもしれない。或いはその大樹を見上げる女の子を見て、温奈はそのまま女の子の傍に近付いてハンカチを差し出したのだ。


 きっかけはどうであれ、温奈は他のパラレルワールドでも自分は同じ行動に出ると信じている。それは彼女たちの本質は同じだからだ。彼女たちはその子の涙に深く惹かれて、一生その蓮の花をただ眺める、その明るい月の信奉者になる定めだ。そして寒い季節の中のその瞬間こそが、すべての彼女が持ってる『芯』となるだろう。

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