15 聞き込み

 子供の失踪事件はますます頻繁になった。あの事故が起きてから、数日のうちにまた二件の失踪事件が起きた。今まで失踪した人数はすでに合計十人に達した。犯人の魔の手は広く及んで、失踪場所が特定のエリアに集中しているのではなく、まるで犯人が旅行のついでに子供を誘拐しているようだ。


 犯人は今のところ被害者の家族に身代金を要求したことはない。消えた子供たちはまるで神隠しでも遭ったように、人知らずに消えっていた。


 警察は全力で捜査しているが、増えすぎた失踪者も世間の世論も彼らのストレスになっている。容疑者どころか、手がかりすら見つかっていない。大勢の国民は警察の無能さを叩いていて、挙句になぜ苦労して稼いだ金でこんな税金泥棒を養わなければいけないと、政府に説明を求めるようになっている。


 保護者たちも危機意識を持つようになって、大抵は自ら子供の送迎をするか、あるいは子供の安全のためにお金を集めて運転士や警備員を雇うようになっている。


 温奈は常連客から捜査している警察がこの近くまで来ていたのを聞いた後、時々扉の外を見ていた。彼女は心の中で、警察の聞き込みに対してどう答えるかを何回も練習した。夏朦にも予め口裏を合わせていた。もしあの日のアリバイに関することを聞かれてたら、二人とも店にいたと答えることを。店内も店外も監視カメラを設置していないから、アリバイがないとはいえ、彼女たちの行動を疑える証拠もない。


 あの日は暴風雨で大抵の人は家にいたはず。彼女たちだけがお互いのアリバイを証明できるから、それ以上の有利なアリバイが出せないのも仕方のないことだ。


 それに彼女たちの店の所在地は田舎といっても過言じゃない。田舎の警察は大抵面倒事に関わりたくないから、交通違反の切符すら切らなくて、事件があっても無視できれば無視する。犯人を捕まえられれば当然功績になるが、誤認逮捕でもしたら、自分の名誉が傷付く上、人々からの信頼も失って、以前のように近所のおばさんと呑気に雑談して日々を過ごすことができなくなる。それ以外、一番困ったのが上からの罰なのだ。


 金曜日の午後、遂に警察は彼女たちの店にやってきた。当時店内に二組の客がいて、片方は月桂樹を持ち帰った若い女性とその友達、もう片方はママ友のグループだった。両方共常連客で、挨拶するぐらいの知り合いでもある。警察が入るのを見てすぐ騒ぎになって、喋り声が相手の邪魔になることをまったく気にしていない。


 警察が子供の失踪事件について調べに来たのを聞くと、ママ友たちはすぐ鬼の形相で未だ犯人を捕まえていない警察を目つきで責めていた。その凶悪な目つきで気まずくなっていた二人の巡査は温奈の方に向かい、そのまま任務を遂行することにした。


 温奈は警察が店に入る前からその目立つ制服を見かけて、夏朦に合図をした。ミルクティーを淹れている夏朦は少しピクッとした。温奈は調理台に置いてる夏朦の手を弱くつねって、自分が傍にいるから心配しなくていいという意味を伝えた。


「営業の邪魔をして申し訳ありませんが、少しお時間頂いても構いませんか?」警察は自分の立場が微妙なのを知って、余計な面倒を招きたくないから、言葉遣いも慎重になっていた。


 彼女は冷静に頷いて、頑張って自然な表情を維持した。夏朦は彼女の傍にいたけど、同時に聞き込むために、植物たちに近い隅っこで話を聞くことになった。


 これはただの聞き込みだから、冷静を保てればうまく警察の目を誤魔化せて疑われずに済む。温奈は心の中で自分を落ち着かせようとした。何を聞かれても狼狽えてはいけない。自分のためではなく、夏朦のためだ。


 最初の質問は思ったより簡単で、ただ怪しい者を見かけないかって聞かれた。怪しい者を見かけなかった。それは事実だから、安心して答えることができた。警察が俯いてメモを取っている時、彼女は素早く視線を夏朦に向けた。夏朦の様子は普段通りで、体に震えもなく、言葉にも異常はない。


 警察は次に数枚の写真を見せた。その写真は全て子供の写真で、明るくて元気な顔を見せて、カメラに向けて微笑でいるか可愛いポーズをしている。彼女は一枚一枚を捲って見た。あの子供の顔を見ると、やはり頭の中で土に埋めたあの小さい顔が浮かんだ。心臓は制御聞かずにバクバク動いていた。それでも写真を捲る動きを止めなかった。前と同じ速度で何事もないように次の写真を見た。すべての写真を見終わると、写真の束を警察に返した。


「みんな見かけたことはありませんか?」警察は再び聞いた。


 彼女は真っすぐな目で警察を見つめて、打たれるように痛い心臓の痛みと罪悪感の叫びを無視して、迷い無く首を振って、少し残念そうな表情を見せた。これが行方不明の子供に同情する、普通の人の反応だ。


 警察は全く疑わずに、温奈の協力に感謝をした。そして嫌々ながらママ友たちの方へ向かった。彼女は心の中で少し安堵したが、まだ気を緩めてはいけないと思った。夏朦に聞き込んでいる警察はまだ調査を終えていない。彼は手に持った写真を一枚一枚夏朦に見たことがあるのか聞いている。一枚目を見せたとき、警察は夏朦の顔に変化があることに気付いているように見えて、温奈はびっくりして、厨房を出て彼らの方へ向かった。


 もしバレたら、自分はどうすればいい?銃を所持している警察からどうやって逃げればいい?温奈は無意識に園芸の工具箱にスコップとハサミが入っているのを確認した。万が一の場合それを武器として使える。


 夏朦に手を伸ばした警察を見て、温奈は息が止まりそうになった。彼女は夏朦の前に駆けて、自分の体で丸腰の彼女を守りたくてしかたなかった。でも警察の手が夏朦の肩に触れる前に止まった。彼は狼狽えているように見えて、その両手は浮いたまま、どうするべきか困っていた。


 温奈がよく見ると、夏朦の目に涙があって、声もなく涙を流していた。もう一人の警察は異常に気付いて早歩きで近寄った。夏朦が泣いているのを見て、恐らく彼の部下であろう若い警察の頭を叩いた。


「聞き込みをしろとは言ったが泣かせるなんて言ってないよ。なにやってんだ」

「いや……自分は何も……」若い警察は困ったように言った。

「言い訳すんな!シッシッ、他の人の聞き込みをしに行け。すみません、お嬢さん、あいつは元から強面なだけだから、許してくれませんか?」警察はすぐ振り向いて温奈に言った。「営業の邪魔をした上で人を泣かせたりして申し訳ない。すぐ終わらせるから、このことは他の人に言わないでもらえませんか?帰ったらしっかり叱るから」


 温奈は頷いてから、彼らの傍に行った。夏朦の頭を撫でて、安心感を与えようとした。少し年長な警察は笑顔で感謝を述べて、ママ友たちの聞き込みに戻った。あのママ友たちも良い機会でも掴んだように、我先に自分の子供がどれだけ心配なのか、警察なら仕事をちゃんとして、治安を守らないと安心して暮らせないとか言っていた。


 幸い警察が来たのはいいタイミングで、このママ友たちがいて、彼らの注意を引いてくれた。集中砲火を受けた警察たちは一刻も早く店から出ようとしていた。彼らは聞き込みをしている者というより、尋問されている犯人のようだった。


 俯いてまだ涙を零している夏朦を見て、女の涙は同情を誘えることに喜んだ。彼女の女神が涙をした可憐な姿は、誰が見ても心が痛んで自責の念を感じる。


 女は軟弱ですぐに泣き、涙を武器にしていると思っている男の思考は気に入らないが、この状況ではむしろそういう偏見を喜んで受け入れた。温奈は両手を夏朦の骨感の肩に乗せて、彼女を階段の方へ押していた。警察たちの申し訳ない視線を見て、無表情で頷いて謝罪を受け入れて、安心して白い姿がゆっくり階段を上るのを見ていた。


 警察が店から出たのはそれから二十分後のことだった。ママ友たちは普段子育ての鬱憤も彼らにぶつけて、事件とは無関係のことも話していた。年長な警察がやっと隙を見つけて、任務を続けないとという口を入れて、逃げるようにマシンガン掃射の範囲から離れた。

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