12 来客
顔を洗って一階に降りたら、温奈は冷凍庫の中から食べ残したご飯を炊飯器に入れて蒸し、柔らかくなったら鍋に入れてお粥にした。夏朦に栄養補給をさせるため、工夫をして赤身肉、里芋、卵とキャベツを入れて、夏朦の一口一口が十分に濃縮された栄養を撮れるようにした。
シャッターは上げているとはいえ、今日は定休日なので、全部は上がり切ってはいなくて、さらにお客さんが営業していると勘違いしないようにオープン札を裏返した。休息とはいえ、植物たちには日差しが必要なんだ。毎日光合成をするのが彼女たちの唯一の仕事だからだ。大雨が降った後に地面には結構な水溜まりができているが、元気満々の太陽がいれば、水溜まりもきっと昨晩の痕跡すべてと一緒に蒸発させてくれるはず。
夏朦は無気力な様子で荼蘼の前にしゃがんでいた。荼蘼の葉には水玉がついている。つい先夏朦がすでに水分を必要とする植物たちに水をやって、まだ健康を回復していない荼蘼もその中に含まれていた。温奈は今日夏朦がタンポポを一階に運んでいないことに気付き、荼蘼にかけた時間もいつもより長くて、彼女が鉢植えを見つめる姿はまるで心の中で荼蘼と会話しているように見えた。温奈は夏朦が荼蘼に何を話したかわからなかったが、その輝いていない目を見て、夏朦が今かなり落ち込んでいることを察知した。
それも仕方ないか、まだ一夜しか経っていないからだ。その時の出来事は二人の頭の中で暴れていて、彼女たちが勝手に忘れないように存在感をアピールしている。
温奈はお粥をスプーンと共にテーブルに運んだ。彼女の胃袋はその耐えがたい飢えを落ち着かせるために今にも自分の肉を食らいつくようになっている。それでも彼女にとっての優先順位は夏朦が先だから、夏朦の肩を叩いてお粥はもうできているよっと教えた。夏朦がスプーンで最初の一口を食べ始めたのを見届けてから、厨房に戻って自分の分のお粥を持って夏朦の向かい側に座った。
里芋とキャベツの甘さは温奈の期待を裏切らなかった。彼女はすべての食材を小切れにして、赤身肉もコマ切れにしていた。これなら飲み込みやすいし、香りもしっかりお米の中に溶け込める。ぱくぱく食べていた温奈と違い、夏朦の舌はまるで猫舌のようで、一口分だけ掬って何回も分けてやっと飲み込んだ。温奈はこっそり彼女が掬った回数を数えていた。夏朦はもっと食べてほしいと思った。
まだ二口分の途中だけど、温奈は玄関に人影がいることに気付いた。彼女は警戒して席を立ち、無意識に夏朦の前に立っていた。まだ起きたばっかりであの手この手で夏朦に食事をさせるのに苦労していたから、ニュースを見て、子供が失踪している、あるいは山で遺体を発見したという報道があるかをチェックすることを忘れた。その人影の姿をはっきり確認できたら、それは彼女が恐れている警察ではなかったが、会いたいと思う人でもなかった。
ジャケットを着ている中年男性が外できょろきょろしていた。反射させた太陽光で店内の状況が見えていないようだ。彼は両手を目の周りで光を遮断しようとしていて、探したい人が店内にいるかどうかを確認したかった。
なぜよりによって今に。温奈はシャッターを上げたことに後悔している。それであの人に彼女たちが店にいることを知られたからだ。でも他の日ではなく、よりによって今日に来るなんて。ただ今回は電話だけの連絡ではなく、少しはあの人に拍手でもするべきか、わざわざ店まで来ているし。
「誰か来たの?」後ろから夏朦の声が響いた。
「うん、ちょっと待っていてね」
あの人が来たという事実は隠せないとわかっていても、せめて先に自分が「挨拶」をするほうが良いと思っている。扉の鍵を開けて店から出て、男性が口を開ける前、また扉を閉めた。温奈はまるで城門を守る衛兵のように扉の前に立っていた。彼女は無表情の顔で目の前の男性を観察していた。前回会うのはもう一年前だ。彼がいつも三月ぐらいに現れることを温奈は当然忘れていないが、ただ毎回の来訪はいつも突然だ。
「朦朦はいるか?」夏おじさんは当たり前のように聞く。
朦朦、なんの権利があってそのような親しい呼び方をしているのか。夏おじさんが最初の一言で彼女の神経を苛立たせた。夏おじさんがそのように夏朦のことを呼ぶのが嫌いだ。例え夏朦の実の父親でもダメだ。
「夏おじさんは今回、去年より早く来ましたね。夏朦は具合が悪いなので、何かあれば私が伝えておきますよ」彼女は二人の接触を極力減らしたかった。
「朦朦の具合が悪いのか?医者には見せたか?」その口調から特に気遣いや心配を感じられなくて、普通の人みたいな反応だ。
「そこまではありませんから、私が看病します。何か用ですか?おばさんの命日は四月の初めのはずですが」
「命日のことなんだけど、今年は早めに墓参りに行きたいから、来週の土曜日に、朦朦に休暇を取らせてくれないか?給料は補填するから、或いは助っ人がいるなら探してきても……」
「その必要はありません。ただどうして今年の墓参りを早めます?」
「それは……」夏おじさんは気まずそうに数秒間沈黙した。「実は四月の初めに有給が取れて、家族を連れで海外に遊びに行くんだが、日付がうっかり被ってしまった。朦朦にはこれを言わないでくれ、用事があるから早めに墓参りに行きたいとだけ伝えてくれ」
蔑むような表情をしそうになったが、なんとか顔に出ないように我慢した。海外に遊びに行く?まさかそんな理由だなんて。
「わかりました。さよなら、夏おじさん」
彼女は直接別れの挨拶で追い出そうとした。夏おじさんも夏朦に会うことに固執せず、あっさり振り向いて去った。実は夏おじさんが心配するまでもなく、温奈が夏朦に墓参りを早めた本当の理由を教えるわけがない。そのような馬鹿馬鹿しい理由で夏朦が泣くのを見たくないから。
振り向いて店内に戻ったら、丁度夏朦の疑惑の目と合った。お椀の中のお粥は減っていなくて、どうやら自分が出てから食べてないようだ。
「お父さんどうして入らないの?」夏朦は彼女が座った後にすぐに聞いた。
温奈も自分じゃガラスの扉を全部隠せるわけがないとわかっていて、来客が夏おじさんだということを隠すつもりもなかった。
「おじさんはまだ仕事があるから、ついでで伝言を言付けるために来ただけ。墓参りは来週の土曜日に早めるだって」
「どうして早めるの?」
「わからない。おじさんはただ用があるって」
「そうですか」
夏朦の落ち込んだ目から、透明の涙が前触れもなく零し、一瞬で具が豊富なお粥に吸収された。一粒の涙、続いてまた一粒が落ちた。真相は言わなかったが、結局夏朦が泣いてしまった。見慣れた日常とは言え、心が痛む感じは少しも減っていない。
「奈奈、今年は墓参りに付き合ってくれる?あっ……でも土曜日に店が……」
「一日の臨時休業なら大丈夫よ。あなたさえよければ、毎年付き合うよ」
「ありがとう。もし泣いてしまったら教えてよ。お母さんに嫌われてはいけないから」
温奈は了承の言葉を出せずにいた。喉が苦しいほどに乾いて、ただ頷くことしかできなかった。本当のことを言うと、わかったなんて全然言いたくなかったし、頷きたくもなかった。夏朦には我慢しなくていいって、普段通りでいいって言いたかったが、良い娘でいたい夏朦に聞き入れるわけがない。
この時夏朦が言ったお母さんとは実の母親のことなのか、それとも夏おじさんと再婚したお義母さんなのか、温奈にはわからなかった。夏朦は義母をおばさんではなく、お義母さんと呼んでいる。これは夏おじさんの要求って聞いた。もしかして夏朦はどっちのお母さんを指しているのではなく、お母さん「たち」を指しているのかもしれない。
「奈奈、どうして死はいつもこんなに私たちの身近にいるの?私たちのそばにはいつも命が苦しんで、死んでいる。それでも私がまだ生きている。これで本当にいいのかな?」
「いいのよ、いいに決まっている。その時が来ればこの世を離れなければいけない。これは皆そうだし、私たちもそうだ。ただ今はまだ運命の女神が私たちに終止符を打つ時ではないだけ」
「運命の女神は作曲家なの?」
「かもしれないね。彼女は一つ一つの音符の高さとリズムを設定する。ある者はメジャーで、ある者はマイナーだ。またある者の楽章は短くて、ある者にはいくつの楽章も持っている」
「じゃあの子供は?」
「彼も……運命の女神に引き取られたのよ。彼の終止符はすでに書き記されていたので」
「あの黒い子猫ちゃんも?」
「あの黒い子猫ちゃんもだ」
「書き換えることはできないの?」
「できないね。運命の女神が書いた楽譜に、誰も触れられないし、見ることもできない。皆はただ耳を傾けることしかできない。それに誰も書き換える度胸なんてないでしょう」
夏朦は思わず軽く笑って、「それもそうね」と呟いた。手の甲で頬に付いた涙を拭いて、お粥を掬って口に入れて、少し眉をひそめて「しょっぱくなった」と言った。
「新しいお粥に変えようか」涙が入ったお粥を引き取ろうとしたが、夏朦は首を振って断った。
「大丈夫、まだ美味しいよ」
夏朦の褒め言葉を聞いて、温奈はやっとさっきの怒りで引き締めった神経を緩めた。夏朦がまた二口を食べたのを微笑みながら見た後、音響設備の前に行ってボタンを押し、午後のシューベルトに彼女たちを癒してもらおう。
作曲家……か。
作曲家なんてロマンチックに聞こえそうだが、運命の女神なんてただの性格の悪い神だ。彼女はいたずらの専門家で、いつも彼女たちを手のひらの中で弄んでいる。彼女たちが苦しむのを見るのが好きだ。温奈の女神でさえそれに逆らうことができなくて、ただ静かに書かれた旋律に流される。
気のせいかもしれないが、温奈には今日の夏朦が少し違うように感じた。以前と同じ涙を落としているとはいえ、彼女との距離は少し縮んだようだ。事件の翌日でもまた夏朦の笑顔が見れるのも、予想外のサプライズだ。
温奈はその変化は好きで、夏朦がずっと自分のことを奈奈と呼んでほしい。例えおねだりしている時の甘えた口調でなくても、ただ何気なく呼んでいるだけでも、夏朦の呼び声であれば、彼女は飽きずに心の中で大事に仕舞っておく。
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