11 悪夢
目をパッと開き、温奈が見たのは一面の暗闇だけだ。外にはまだ暴風雨が降っているが、その音は雨が屋根を叩いてる音とはちょっと違って、言い表せない奇妙な感覚だ。なぜ自分が立っているのかも、自分がどこにいるのかもわからない。電気を付けようと壁に手を伸ばしたら、指が感じたのはざらざらした感触で、予想外の感じに思わずびっくりした。
手をポケットに入れて、助かったように携帯を取り出した。急いでライトを付けて周囲を照らしたら、やっと自分がどこに立っているのかわかった。あの洞窟だ。彼女が死んでも忘れないあの洞窟だ。洞窟の中は乾燥していて、泥臭い匂いが漂っている。恐る恐るライトを下に向けると、まずはスコップが見えて、その横にライトを当てると、まだ埋められていない大穴が照らされている。
子供の体はほとんど埋められていて、ただ赤ん坊のようなぽっちゃりした顔だけが土の外に出ている。その鼻には少量の土が付いていて、深い色の土はその肌の真っ青さをより突出させている。例えその子供はすでに死んでいることを知っていても、なんだかただ眠っているだけで、今にも目覚めそうな錯覚がした。
早く埋めないと。自分が必ず夏朦を守るということを忘れてはいないので、体を振り向いてから、屈んで地面のシャベルを拾おうとする。
だが視線を移した途端、突然冷たい何かに足首を掴まれた。その冷たさは瞬く間に全身に広がり、彼女は真っ暗な洞窟をじっと見つめて、下を見るのが怖い。
「お姉ちゃん……」幼い声が下から伝わってきた。見るべきでないとわかっていても、彼女は取りつかれたように俯いた。
子供の上半身は穴から出てきて、小さな手で彼女の足首きっちり掴んでいる。顔を上げて微笑んでいて、「一緒にいてくれる?」と言った。純白の眼球には黒目がなく、止まったはずの血が再びぽたぽたと滴り落ちている。その首から子供の腕、さらにその指先までを流れて、べたりとしたつるつる感がまるでウジ虫が足首を這っているようだ。
彼女は悲鳴を上げようとしたが声が出なかった。それは気付いたら自分が何時の間に土の中に埋められていたからだ。全身は土に覆われていて動きが取れない。白い目の子供は彼と同じような高さのスコップを持って、笑いながら土を取って彼女に注いだ。土は助けを呼ぼうとする彼女の口に落ち続ける。口一杯の土がどんどん喉奥に入り込んで、彼女は窒息しそうになっている。
突如意識がフラッシュして、自分でもどこなのかわからない場所に飛ばされた。無駄に何秒経ったのかわからないが、彼女は突然目を開け、自由に戻った身体を起こして、冷や汗が額と背中から流れてくる。びしょびしょな感覚が思わず彼女にさっき足首に這ってきた鮮血を思い出させる。彼女はふらふらしながらベッドから降り、すべての電気を付けた。風呂まで行ってシャワーをして、別のパジャマに着替えてからベッドに戻った。
さっきの悪夢はあまりにもリアルすぎた。動悸がまだ治まっていない。視線をタンスに向けてその上の電子時計を見ると、表示が四時半だ。まだ一時間半しか眠っていない。だが眠気がすでになくなった。眠ってしまうとまた夢の中で埋められた子供に捕まれるのが怖いからだ。
この時初めて死体遺棄の真の恐ろしさを理解した。例え自分の手で殺したわけでなくとも、その死体を埋めた罪悪感を永遠に背負わなければいけない。毎日毎晩、悪夢に呑まれていく。だが彼女はその罪悪感に心を蝕まれるのを耐えなければならないとわかっている。例え時間を巻き戻せても、きっと同じ選択をするだろう。そして絶対に夏朦を一緒に行かせたりはしない。
夏朦、彼女は大丈夫なのか?
温奈はつい一つの壁の向こうにいる夏朦を心配し始めた。二人のベッドはまるで鏡のように互いを反射している。これは彼女のちょっとした思い付きである。自分の部屋の家具配置をデザインする時にわざとベッドを同じ壁の向こう側に置いていた。それで彼女は二人で一緒に寝ている様子を想像できるから。
暴風雨はすでに止んでいて、夜は静かだ。彼女は壁に耳を当てて、夏朦が泣いてたりしないのかっと考えている。自分と同じように悪夢で起こされたりしないのか。もしそんなことになっていたら……夏朦が今怖がっているのなら……自分は……夏朦のとこに行って一緒に寝てもいいのか?
一人だと怖いかもしれない。一人で耐えるのは辛すぎるかもしれない。じゃ二人ならば、すべての恐怖と苦痛を半分こにできるじゃないか?
過去にこれほど夏朦に飢えていたことはない。彼女はその淡い香や抱きしめたらちょっと痛そうなぐらい細い身体が恋しい。たとえ体温が冷たくても関係ない、自分の体温で夏朦を温めるから。その温度さえあれば、もうあの足首を掴んだ冷たくて小さな手を思い出さずに済むだろう。
彼女は、もしすすり泣く声が聞こえたら、すぐにでもベッドから飛び出し、夏朦の部屋のドアをノックして、入ってもいいのかと聞くと思っている。ノックは何回がいいのだろう?三回してから二回?二回してから二回?
コンコンコン、コンコン?
一緒に寝よう、ね?
コンコン、コンコン。
怖がらないで、私がいるから。
それとも……
コンコン、コンコン?
愛して、お願い?
最後の暗号はただの妄想だ。何年も友達として夏朦のそばにいるから、夏朦を知れば知るほど、それが唯一の禁句であるとわかっている。今の関係を利用して夏朦に愛を求めてはいけない。それは自分をどうしようもない卑怯者にしてしまうからだ。
このままでいい。彼女は再び自分に言い聞かせた。夜で倍ぐらい感じた心の寂しさを抑えて、静かに微かな声に耳を傾け続けたが、自分が聞きたかった声が聞こえなかった。喜ぶべきかがっかりするべきかわからなかった。どうすれば夏朦が泣いてるのかどうかを確認できるかもわからなかった。
泣く声がないということは、つまり夏朦に会いに行く理由を失ったということ。彼女は壁に額を当てて、夏朦の呼吸を想像した。それは同じようなリズム吸いったり吐いたりしたいから。彼女が呼吸を数えているうちに、何時の間にか心臓が治まっていた。夢から伝わった足首の冷たい感じも大分消えた。
温奈は壁に手も当てた。少し冷たいが、夏朦とちょっと似ている。彼女は手の甲で小さい弧形を作って、一回と一回と静かに叩いていた。もし夏朦が眠れていないのなら、少しでも自分の背中を叩いているみたいな手を感じ、そのリズムで心を落ち着かせて眠れるかもしれない。
叩いているうちに、手の動きは徐々にゆっくりにしていく。頭の中ではまだその旋律を歌っていて、まるで自分に子守歌を聞かせたように、温奈は安心して瞼を閉じた。
*
コンコン。
ノックする音が外から聞こえてきた。それは熟睡していた温奈の意識を呼び覚ました。目を開けると、見慣れた天井が見えてきた。窓のない部屋は暗いままだが、視線を扉に向けると、その隙間から外の光が少し見えてくる。
「奈奈、起きた?」夏朦の声はノックが止まった後、二秒経ってから響いた。
普段の夏朦は奈の一文字で呼んでいたが、今朝はやたら親しく奈奈と呼んでくれた。何か起きたのか?それともまだ夢を見ているのか?ようやく願いが叶い、夏朦のいる良い夢を見ているのか?
温奈はベッドから出て扉を開けた。夏朦はすでに着替えて扉の前で彼女を見ていた。温奈が扉を開けると少しだけ微笑んできた。小さいえくぼが夏朦の頬に現れた。それはとても甘くて可愛い。温奈は思わずキスしたくて、その甘さが果たしてそれほど美味なものであるか確かめたかった。だが彼女はこっそり後ろから自分の手をつねってみて、夢ではないと気付いて衝動を抑えた。
「どうした?もう朝ごはんの時間なのか?」温奈は慌てて起きて扉を開いたから、時計を見る暇もなかった。
「大丈夫、お腹は空いてないから。ただずっと起きてないからちょっと心配になって」夏朦は首を横に振りながら言う。
「今何時?」
「ちょうど十二時過ぎてるよ」
十二時?
温奈はもう何年も十二時を超えるまで眠ったことはなかった。アラームを設定していなくても、遅くても九時には起きていた。昨日はあんなにも怖い夢を見たのに、そこまで深い睡眠につけるとは、自分でも不思議と思う。
「今すぐ昼ご飯を作るね。お腹空いたでしょ?」温奈は二人が昨晩から何も食べてないことを思い出した。
自分が十二時間以上も食事を取っていないことに気付き、思い出したかのようにお腹が脳に空腹の信号を送った。だがそれでも夏朦は首を振った。どうやら本当に空いてないようだ。
「食べたくない」
温奈は心配そうに夏朦の目を見つめた。目の下には少しクマができた。どうやら昨日もちゃんと眠れなかったようだ。昔の夏朦ならただ単に小食か食欲がないだけで、食べたくないなんて言ったことはない。いくら小食でも、人として生きていれば食事は必要だ。たとえどんなことが起きても、機嫌の良し悪しにかかわらず、それが体の機能を維持するための本能だからだ。
「少しでも食べて、お粥でも作ろうか?軽い食事のほうが口に入れやすいでしょ」
夏朦の表情を見ると、まるで食べないと駄目なのっと言っているように見えた。温奈は突然、夏朦のもう一つの自分と温奈を同時に傷つける方法を見つけたことに気付いた。わざとかどうか、それが体に与える影響は軽視すべきではない。
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