06 アルバム
今日のお客さんは暴風雨のせいでとても少なかった。鳩おじさんが去った後、朝食を食べに来たのは二人のサラリーマンだけで、二人とも天候に文句を言いながらも、台風による臨時休暇でない限りは大人しく出勤せざるを得ない。昼過ぎにはもうお客さんは来なくなった。多分この暴風雨の中、通行人も服についた水分で店内に小雨が降ることを恐れて店に入るのをためらっただろう。
温奈は植物置き場と反対側の席に座り、夏朦の背中を見ながらぼーとしていた。夏朦は小さいスコップで鉢植えの植物を別の鉢に移したが、何やら思いをはせているようで、半分土を移したときに動きが止まった。鉢に土をすくい入れるのはほんのわずかな時間だったが、小さなレモンの木を移したのに一時間かかった。
温奈は手伝いたかったが、夏朦が首を振って温奈に小さいスコップを持たせなかった。時々彼女は頑固になって、自分のしたいことを他人にやらせないのだ。
「アイスコーヒーでも飲んで一息つかない?それとも愛玉入り冬瓜茶はどう?昨日、冬瓜茶を作ったばかりで、珍しいと思ったから、愛玉も作ってみたよ。愛玉は好きでしょ?」夏朦が軍手を外すのを見るや否や、温奈は自分が作った飲み物を売り込む機会を得た。
「うん」
小さな声の「うん」を聞いて温奈は跳ね起きて階段を登った。一時間も待って、ようやく夏朦の声が聞けた。
愛玉入り冬瓜茶は二階の冷蔵庫の中にあった。一階の冷蔵庫はすでに店の食材でいっぱいで、一リットルのピッチャーを入れるスペースはなかった。二階には二人の個室以外に小さなキッチンと冷蔵庫があり、たまに一階に降りたくないときは二階で料理だけして、ほとんど運動せずにのんびり過ごすことができる。
二階に上がると、夏朦の部屋のドアが開けっ放しになっており、その隙間から微かな明かりが見えることに気づいた。今朝、急いで一階に降りようとしたときに消し忘れたのかもしれないと思い、温奈は夏朦の部屋に向かった。
最初に部屋を選んだとき、廊下の端にある部屋を夏朦に譲ったのは、そこに夏朦が鉢植えを置ける小さなバルコニーがあったからだ。しかし、残念なことに最近は軒先のツルは伸び放題で、どれだけ切ってもまたすぐに生えてくるので、日光が届かなくなったそうだ。夏朦は毎日光合成のために日光を浴びる必要がある植物を一階に持って来なければいけなかった。
最後に夏朦の部屋に入ったのはいつだっただろう。ドアを押しながら、温奈は静かにそう思っていた。
夏朦の部屋も白ずくめだ。白い机、白いデスクランプ、白い寝具、白いクローゼット、クローゼットを開けても白い服ばかりだ。ベッドの上の掛け布団は広げられ、抜け殻のように彼女がベッドから降りた前のままの状態であった。温奈はそれをだらしないと感じず、むしろ愛おしいと思った。
机の上のランプを消した温奈はそこに置かれたアルバムに気づいた。手を伸ばして開こうとしたが、ドアの方向を見て、部屋の主が突然戻ってこないことを確認した。
アルバムを一ページずつめくっていくと大半は風景や動植物の写真で埋め尽くされた。無数の植物や空、猫や犬、そして後半のページになってようやく人物の写真があった。
温奈は麦わら帽子にサングラスをかけた自分の姿を見た。数少ない学校行事でクラスメイトと海に行った旅行の時に撮った写真だった。その時、夏朦に『似合うね』と褒められ、それが心にずっと残り、自分をかっこよく見せるためサングラスをかけてよかったと思った。
他の人との集合写真もあるが、夏朦がカメラを担当しているため、人混みの中で白い姿を見つけることはできなかった。他の人との集合写真よりも、むしろ夏朦とのツーショットを撮りたかった。
懐かしい。卒業してからまだ二年しか経っていないのに、学生時代がもう遥か昔になったような気がした。
アルバムの中に家族の写真がないわけではないが、その人たちが夏朦にとって『家族』といえるのかどうか、よくわからなかった。法的には家族であっても、表面的なつながりが欠落していれば、単に無関係な他人ということになるだろう。
もちろん、その楽しそうに笑う『家族』の中で、温奈が最も愛する人物はいなかった。
夏朦は、どの写真にも写っていないのに、まるで自分の存在よりも他人を大切にするように、これらの写真を大切に保管している。
何ページかめくると、アルバムのページに固定されていない写真一枚がポロッと落ちた。それは古い家族写真で、裏には日付が書かれていた。その文字は小さく、鉛筆の跡はかすれてしまって読めなかった。
温奈は写真の中の若い夫婦と手をつないだ幼い女の子を見つめた。幼いながらも、その特徴に夏朦の面影を見ることができる。温奈はその若い父親の顔にも見覚えがあった。一昨年、夏朦の引っ越しの手伝いに行った時に少し言葉を交わしたことがあり、昨年も一度会った。ただ、この写真は二十年前のもので、かつてハンサムだった顔にはしわが増え、その目も昔ほど輝いてはいなかった。
そして、その若い母親のスリムな姿が今の夏朦とまるで双子の姉妹のように見えた。たとえ初めて見たとしても、すぐに夏朦の実母だとわかる。
しかし、その美しい姿は最近の家族写真には写っていない。夏朦の母親は、この古い写真の中に永遠に残るだけの記憶になってしまったからだ。
夏おばさんが六年前に亡くなり、そのわずか一年後に夏おじさんが再婚し、夏朦の家には新しい『家族』―新しい『母』と新しい『妹』、そして多くの新しい『親戚』が増えたことを温奈は知っている。
もしかして、昨夜の月を見て、夏朦が急に夏おばさんに会いたくなったのだろうか?月はいつも人をホームシックにさせる。楽観的な温奈でも、少しは両親を恋しく思わずにいられなかったのだ。温奈はその古い写真を見つめてそう思った。
温奈はその写真をアルバムに挟んで閉じると、アルバムを静かに元の場所に戻して、あまり音を立てないで部屋を出て行った。
夏朦は自分のことを何でも話そうとしなかった。たとえ知ってしまったとしても、何も知らないふりをして、夏朦がそのことを話したいと思う日をじっと待つしかないのだ。
簡易キッチンまで歩き、冷蔵庫を開けた温奈は冷たい愛玉入り冬瓜茶を取り出した。今夜の食事に使うスパイラルパスタを昨夜下の段に入れたことを確認して、さっさと下の階に向かった。
自分が二階にずっといたことに対して夏朦が疑いを持たないことを願った。温奈は夏朦に対して嘘をつくのが苦手だ。夏朦はそんなに質問はしないものの、自分が本当に聞かれると困ってしまって答えられないのだ。
温奈は一階に降りたが、店内に夏朦の姿はなかった。
「夏朦?」ピッチャーをキッチンに置き、声を出して彼女の名を呼んだ。
植物置き場を見ると、軍手と小さなスコップは道具箱に、小さなレモンの木も所定の位置にあったが、探していた人物はそこにいなかった。鳩おじさんの言葉が頭をよぎり、不安な気持ちでいっぱいになった。胸が詰まって気が狂いそうになりながら、もう一度店内を見渡したが、やはり誰もいなかった。
「夏朦!」そう叫ぶと、降りしきる雨の中にぼんやりとした人影が見えた。
温奈は、それが自分の探している人だと気づくと、傘立てから傘を取り出し、雨の中に飛び込んだ。雨は傘の表面を打ちつけ、その一滴一滴が重たくて、傘の柄を持つのがやっとだった。サンダルが水たまりだらけの路面を踏みしめる音がカタカタと音を立てながら、あの白い人影のそばにようやくたどり着き、夏朦を雨の攻撃から守った。
夏朦は温奈に気づかず、雨水が自分の体に当たらなくなったことすら気づかず、地面を見つめ続けた。その虚ろな瞳が温奈の心を凍らせた。温奈が質問をする前に、その視線が地面に向き夏朦の視線を追っていると、自分を黙らせる光景が一瞬にして目に入り込んだ。
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