穂村君の平穏な一日は私が守りましょう


 お勤めが今日も無事に終わり、朝のホームルームが始まる迄いつものように机に突っ伏し、奈々未は満足げに微睡まどろんだ。


(むにゃうむにゃ……うふふ、穂村ほのむら君の驚く顔が目に浮かびます……ぴっかぴか……ぴっかぴか……)


 すると予鈴の5分前に、部活の朝練を終えた穂村が息を切らせて教室に駆け込んできた。


「間に合った……!」

「お、穂村セーフ!珍しいなギリギリなんて」


(来た!……うふふ、うふふふ。穂村君の声を聞くとどうしても顔がニヤケてしまいます。周りからは私の顔が見えない事ですし、この嬉しさを堪能するといたしましょう。うふ、えへ、うふふふふふふふふふふふ」


 可憐な座敷童風女子が発する怪しげな桃色波動の矢印を一身に受けながら、穂村は端正な顔立ちをやんわりと歪ませて苦笑いをした。


「今日は朝練キツくってさ。さすがに汗臭いままで授業受けられないからシャワー室に寄って……って、うわ!机眩しい!」

「だなー。どうやったかわからんくらいに綺麗だし」


(よしっ!今日も朝五時に起きた甲斐がありました!)


 穂村の叫びに耳を熱くし、『してやったり!』と笑みをこぼす奈々未。だが『私が掃除しました!』などとはアピールをしない、したことがない。


 もとより、そんなつもりがなかった。穂村が学校で、その日一日を気分よく過ごす事ができればいいとだけ思っての行動でしかないからだ。



 奈々未は今まで目にしてきた映画やテレビ、アニメの世界では恋するヒロインとともに一喜一憂しつつその物語に没頭した事はあったが、いざ自分が初恋を手に入れてみると謎だらけであった。


 もちろん、恋をしているという気持ちは自覚している。穂村に会える事が嬉しいから自然と学校に来るのが楽しくなった。落ち込んだ時や元気が出ない時も穂村の顔を見れば元気になった。そんないい事ずくめの毎日。


 けれどろくに口も聞いた事がない穂村に対して、実際に自分が何をすればいいかが思いつかない。


 挨拶から始めたらいいのか。

 どうしたら会話ができるのか。

 

 好きな人はいるのか。

 彼女はいるのだろうか。


 もし告白したらどう思われるのか。

 その結果フラれたらどうなるのか。


 この『好き』という気持ちは消えてしまうのか。

 この楽しい毎日が無くなってしまうのか。


 そんなの、嫌。


 家族譲りの一風変わった話し方と人見知りの性格のせいで自分の魅力に気付く機会がなかった奈々未は、今の幸せな毎日が長く続くにはどうしたらいいかを精一杯考えた。


 そして出た答えが、『好きな人が毎日笑顔でいれるようにこっそりと頑張る』という事だった。


 だが、人の目というものはそんなに甘くはないという事に奈々未は気づいていない。


 毎日丁寧に時間をかけて穂村の机やロッカーを拭き、黒板を綺麗にし、教室の片隅に花を飾り床の掃除をする奈々未のその姿は一部の教師や朝練に来る生徒達に目撃されていた。


 知らぬが仏、である。



「すごいなあ、机今日もツルツルのぴかぴか」

「それな。またどこかのめちゃめちゃ可愛いちゃんが磨いてったんだろ。羨ましいぜ」

「あ、はは。あはは。本当に申し訳ないなぁ……」


 穂村と男子生徒のそんな会話を、うつぶせのまま左に離れた窓際の席から聞いて唇を尖らせる奈々未。


(むぅ。いつも美味しいところを座敷童さんに持っていかれますね。座敷童さんはそんなに可愛くてお掃除好きなのでしょうか。お掃除犯は私なのですよ?あうー)


 奈々未は、自分の事を言われているのも穂村達にチラチラと見られているのも気づいていない。


「そういえば穂村、朝の『チョン太の占い』見た?何かヒドイ言われようだった星座あったよな?朝から草生えまくってたわ」

「っていうか僕の星座だよ。大アンラッキーの日だって」

「マジか!」

「うん、マジで最悪らしい。でもさー……」


 穂村の星座の話になり、奈々未は目を輝かせた。


(穂村君は何座ですか! いっそお誕生日が知りたいです!)


「えっマジ?……へえ……」

「うん……何というか…………で……」

「それは、悩みどこ…………大チャン……」


 一生懸命聞き耳を立てるも、穂村達の声のトーンが落ちた事で聞き取れなくなった会話に奈々未は唇を尖らせた。


(うう、聞こえないです。穂村君のお誕生日プリーズなのです。もっと情報を……王様の耳はカバの耳……カバの耳……)


 惜しい。


 奈々未が見当違いの事を考えていると、予鈴が鳴った。



(うう……こそこそ話なんてズルいです。私も穂村君とこそこそ話がしたかったです……うひゃあ!奈々未はそんなふしだらな行いはしないのです!お耳がこそばゆくなっちゃいます!」


 至近距離の穂村を想像し、紅潮した頬に手を当ててクネクネと体をくねらせる奈々未だが、すぐに思い直して眉に力を籠める。


(ですが、今日は穂村君にとても良くない事が起こる日なのはわかりました。これは一大事。ならば穂村君の平穏な一日は私が守りましょう!)



 その後、奈々未は休み時間や異動の際に穂村に付いて回った。


 その結果。


 穂村に向かって飛んできたサッカーボールを頭で打ち払い悶絶。

 女子達の穂村への視線を白刃取り。


 前方に落ちていたバナナの皮で穂村の代わりに奈々未が転び。

 食パンをくわえて走ってきた女子を受け止め。


 穂村に向かう災厄をインターセプトしたと信じる奈々未はガッツポーズと共に喜びを噛み締めた。


(危ないところでしたね。先読みの先回りをしていなければ、不幸の数々で穂村君が危険でしたっ。ヘタをしたら穂村君が異世界に飛ばされていたかもです)


 数々の危険から穂村を守りきっている、という自信が奈々未を高揚させる。


 だが。


 最大の危機が、に迫っていた。



 放課後。


 部活に向かうであろう穂村の姿を見ながら、胸を撫で下ろす奈々未。


(よかったです。地球の平和はこの私によって守られました)


 その達成感に怪しげな創作ダンスに身を任せる奈々未。


 そこに。


朧月おぼろづきさん!」

「む。腕の振りが足りませんね。ツンタカてってー♫るんたったーです♪……え?は、はい!」


 スポーツバッグを持つ穂村から奈々未に声が掛かった。


「ご、ごめん。話があるんだ、けど時間ある?」



(何でしょう、この流れは。全く想定外でした)


 屋上。


 赤い顔をしている穂村が、奈々未と向かい合う。

 

(こ、これは……)


 シチュ的に告白が始まろうとする気配。

 奈々未とて、流石に気付かない訳がない。
















(果たし合いっ……!)

















 ……多分。

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