【KAC20236】奈々未ちゃんは、今日も何かと忙しい。

マクスウェルの仔猫

に、二センチほど!近くなりました!


 まだ誰もが通学してこないような、早朝。

 県立丸ヶ角高校1-A組の教室で。


 例えるなら、美しいままに成長した座敷童のような。


 見目麗しき、前髪ぱっつん黒髪の少女が髪の毛をフリフリと揺らしながら、机をきゅい!きゅいいいいい!と丁寧に磨き上げていた。

 

「よい、しょ!よいしょ!なのです!……おお!今日もピカピカにできました!」


 ニッコリと、本当に嬉しげに笑った少女、朧月奈々未おぼろづきななみ


 自分の顔がうっすら反射する机を、右から左から、伸びあがって上から、ちょっと冒険して机の下から?と屈み込んで覗き込む。


 ついでに、机のふちに頭をぶつけて悶絶する。


「痛いですよ?!痛いです!何するんですか!めっ!」

「……」


 涙目で頭を押さえながら、机に向かってピン!と人差し指を立てた奈々未。

 もちろんの事、机がしゃべりだしたり溜息をついたりする筈がない。

 

 毎日、奈々未は絶賛片想い中の男子、穂村大輔ほのむらだいすけが楽しく心地よく高校生活を送れるようにと、その机磨きから始まって思いつく限りの努力と献身を怠らなかった。


 机磨きも奈々未のルーティンとして、毎日続けてきた事だった。

 額の汗と、ぶつけて半べそを掻いた瞳をハンカチで拭き拭きしながら奈々未は満足そうに机を見やる。


「えへへ!えっへへ!ぴっかぴか!昨日より頑張り……うひゃあ!なあに?なあに?!目がヒリヒリします!これはまさか……曲者!曲者です!皆の者!」


 汗と額を拭く順番が順番だった為に奈々未は悶絶し、ぴょんこ!ぴょんこ!と飛び跳ねながら慌てて人を呼ぼうとする奈々未だったが、人があまりいない時間を狙ってきている為、当然の事、誰もいるはずがない。


「痛いです!痛い……あれ?ハンカチさん!どこに行かれましたか?!」


 ハンカチを取り落とし、幸運にも使っていないハンカチで目から拭く事ができた奈々未が、と眉根を寄せて、俯いた。


「あ、そういうことでしたか……不覚っ」


 無念!と言わんばかりの表情をした奈々未。


「いたずら好きの妖魔さんを連れて登校しましたか。邪魔をしたら、めっですよ?」


 濡れ衣だった。


「それはさておき、ここまでぴっかぴかにしたならば!ふふふ……目に浮かびますね!机の輝きの中に映る、私の笑顔に驚く穂村君が!」


 ただの怪奇現象である。


「さてさて、ご褒美を頂いても良いでしょうか。穂村君の机をこうして……」


 んしょ!いっしょ!と穂村の机をズラした奈々未。


「よし、ですね!……むむ。時には冒険が必要、と聞いたことがあります。虎穴に入らずんば虎子を得ずっ!もう少し、踏み込みましょう」


 ずずっ。

 奈々未は、緊張の面持ちで机を動かした。


「……成功ですっ!私、やってやりましたです!記録更新しました!穂村君と私の席……に、二センチもお近づきになりましたですよ!……あ。不純異性交遊で補導されてしまったらマズいですね。ここは一センチに戻しましょう。ぐぬぬ、です」



 今日も、朝から。


 奈々未ちゃんは、何かと忙しい。


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