第21話 隠し通せるか

「て、天童さん。一体どうしたの?」


 昨日までとは打って変わって、すっかり元気といった様子の天童さんがそこに立っていた。


「和泉君が風邪引いたって聞いてさ。一応原因に心当たりがあったから謝っておこうかなと思って……」


 下を見ると桃瀬さん同様何か買ってきてくれたらしく、ビニール袋がぶらさがっていた。


「とりあえず中入っていい?」

「いや! 移してもあれだし!」


 いつもなら別に断らないが、今日は桃瀬さんが中にいる。

 おそらく隠れてくれているだろうけど、万が一がある以上あまり中に入ってほしくない。


「何よ和泉君。彼女の気遣いを断るつもり? それに和泉君が引いているであろう風に対する免疫は私持ってるし」

「ちょっと! 天童さん!?」


 天童さんは強引に中へと入ってきた。

 そして靴を脱ぐと、迷うことなく僕の部屋目指して二階へと上がっていった。


 僕は慌てながら彼女の背中を追う。


 部屋の前に到着した天童さんは、そのまま扉を開けて中に入った。

 僕も続いて中に入る。


 先ほどまで置いてあったゼリーなどはしっかり姿を隠していた。

 多分だけど、クローゼットの中に桃瀬さんは隠れている。


「なんか。いつもと違う匂いがするような……」


 部屋をさっと見渡した天童さんはそんなことを言った。


「そ、そうかな? 芳香剤変えたからかも」

「そんなもの前からないでしょ」

「あははっ」


 僕は下手くそな演技で誤魔化そうと試みる。


「ほら。一応色々買ってきてあげたから。これあげる」


 そう言って天童さんは持っていたビニール袋を僕に手渡す。


「ありがとう」


 中を見ると、桃瀬さんは買っていなかった解熱剤がしっかりと入っていった。

 桃瀬さんはクラスが違うのだからしょうがないのだけれど。


「「…………」」


 おそらく天童さんの用はもう済んだに違いない。

 彼女には悪いけど、今日は早く帰ってほしい。


「……ねえ和泉君」

「何天童さん」

「……もう一回キス、してみる?」


 バタンッ!


 勢いよくクローゼットが開き、中から桃瀬さんが出てきた。

 そのまま床へと倒れる。


 僕も天童さんも、あまりの出来事に驚いた様子だ。


「ねえ和泉君。今のはどういう……」


 桃瀬さんは倒れたまま僕に聞いてきた。


「ち、違うよ桃瀬さん。僕と天童さんがそんなことするわけ……」

「そ、そうだよね……」


 桃瀬さんは僕と天童さんの裏側を知っている。

 だからこそ嘘だと言えば信じてくれると思った。それに昨日のあれは僕からしたキスではない。


「あれ? じゃあ和泉君。なんでいきなり風邪なんて引いたの?」


 煽るような口調で、天童さんはそう言った。


「そ、それは……」


 真相は誰にも分からない。

 けどおそらく、今日僕が風邪を引いたのは天童さんとのキスが原因だ。


「同じように風邪引いてた私とキスしたからじゃないの?」

 

 その言葉を聞いた途端に、座り込んでいた桃瀬さんは勢いよく立ち上がり、天童さんの胸ぐらを掴み上げて壁と押し付けた。


「なんでそんなことしたの!?」


 今まで聞いたこともなく見たこともない、鬼の形相のような桃瀬さん。


「ちょっと桃瀬さん!」

「そ、それは和泉君がしたいって言ったから……」

「嘘だ!」

「ちょっと二人とも落ち着いてよ!」


 僕の一言が原因なのか、怒りが押さえられそうになかった桃瀬さんの勢いがピタッと静まる。

 しかし依然として天童さんは胸ぐらを掴まれたままだ。


「ねえ天童さん」

「…………」

「今回だけは見逃してあげる。でも金輪際。和泉君に害を及ぼすような真似はしないで」


 桃瀬さんはそう言うと、天童さんからそっと手を離す。

 天童さんはそのまま床に崩れ落ちた。


「ごめんね和泉君。今日は帰る……」


 そう言って自らの鞄を拾い上げると、桃瀬さんは先に帰ってしまった。


「……何よ。人の気も知らないで……」


 天童さんは座り込んだまま、何かを呟いているようだったが、上手く聞き取れなかった。


「あの、天童さん……」


 僕の言葉には応じず、天童さんは勢いよく立ち上がり自分の鞄を拾い上げると、颯爽と僕の部屋から出て行った。

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