第20話 これはまずい
僕の部屋は窓から差し込む夕日でオレンジ色に染まっていた。
そんな中、僕はベッドに寝っ転がりながらじっと天井を見つめる。
ピピピピ。
脇に挟んでいた体温計の音が鳴った。
取り出して体温を確認する。
「八度五分……」
今朝目が覚めると、なんだか具合が悪かった僕。
悪い予感の中体温を計ると、体温は七度六分だった。
それから熱が下がらず今に至る。
妹の小春は帰りに色々と買ってくると言っていたが、今日は塾があるはずだから帰りは相当遅くなるだろう。
そんなことを考えていると、枕元のスマホが振動する。
手に取って通知の内容を確認すると、森田君からメッセージが届いていた。
『昨日は天童が休んで今日は和泉って。なんか羨ましいな!』
そんな内容だった。
僕は自分が風邪を引いたことを知らせる文章を入力して、それを送信する。
するとすぐに既読がつく。
『まじ! 恋人がほぼおなじタイミングで風邪って。まさかお前ら!』
僕は森田君の飛躍しすぎた妄想を払拭しようと『それはない』とだけ送っておいた。
スマホをいじるのも疲れたので、そのまま枕横に落下させる。
「それにしても。久しぶりに風邪引いたな」
元々身体が強いのか、僕はあまり風邪を引くタイプの人間ではない。
そんな僕が今回このようなことになったのは、昨日の天童さんからのキスが原因だと踏んでいる。
桃瀬さんとするみたいに舌と舌を絡めたりとかはしなかったけど、わずかな隙間からウイルスが侵入してきたに違いない。
かといって天童を恨んだりとかはしないのだけれど。
「こんな時。桃瀬さんとかに看病されたいなぁ……」
天井を仰ぎなながら、自身の望みを呟く。
ピンポーン。
一階からインターホンの音が聞こえた。
一体誰だろう。
母さんも小春も鍵は持っている。
だからそれ以外の人物ということになるが、誰なのかまったく分からない。
僕は重たい身体をなんとか動かして、一階へと向かった。
「……も、桃瀬さん!?」
インターホンを見ると、今ドアの前に立っているのは桃瀬さんだった。
一体全体何故桃瀬さんがここに!?
僕はあまりの嬉しさに、インターホンからではなく、いきなりドアを開けて桃瀬さんを迎えた。
「和泉君!?」
いきなり飛び出してきた僕に驚いたといった様子の桃瀬さん。
「だ、大丈夫? 顔赤いけど」
「ちょっと風邪引いちゃって……」
「そうだったんだ。なら解熱剤も買ってくればよかった……」
ふと下を見ると、桃瀬さんは色々と入ってそうなビニール袋を両手で持っていた。
「別に大丈夫だよ。僕は桃瀬さんが来てくれただけで十分嬉しいし」
「そう? せっかくだし、中入ってもいい?」
「風邪移ったら大変だけど……」
「いいよ。和泉君からの風邪ならむしろ欲しいから」
「はぁ……」
そうして、初めて桃瀬さんは僕の家に入った。
「部屋。綺麗だね」
「ありがとう」
僕の部屋に入るや否や、桃瀬さんはそう言った。
僕は立っているのが厳しかったのですぐにベッドへと腰を下ろす。
「ゼリーとか色々買ってきたんだけど、一緒に食べない?」
「うん。食べよう」
桃瀬さんは鞄とビニール袋を床に置くと、中からイチゴ味のゼリーを二つ取り出した。
それ以外にも色々なお菓子が入っているように見えた。
「はいこれ」
「ありがとう」
僕はスプーンとゼリーを受けとる。
「あ、そうだ! せっかくだし、これ口移ししない?」
「え!? いきなりどうしたの?」
まさかの提案に動揺を隠せない僕。
「だって元々は今日キスする予定だったでしょ? せっかくゼリーもあるしどうかなって……」
「それこそ風邪移ったら大変だよ」
「だからそこは気にしないで」
「な、ならいいけど……」
僕がそう言うと、桃瀬さんは持っていたゼリーの蓋を開けて、一口ほどの量を口に含み、僕に顔を近づけてくる。
僕は抵抗せずに、そのまま桃瀬さんと唇を重ね合わせた。
そして口を開くと、桃瀬さんの唾液が混じったイチゴ味のゼリーが口へと流れ込んでくる。
すべてがこちらにきただろうと思い、僕はそれを飲み込んだ。
「どう?」
「凄い。なんか興奮する」
風邪を引いている時は三大欲求のうち睡眠欲が著しく高ぶり他の二つは下がる傾向にあるけど、今なら位置が逆転している気がする。
「よかった。じゃあ次は和泉君のを私にくれない?」
「分かった……」
僕は持っていたゼリーを開けて、一口ほど口に含み同じように桃瀬さんの口へと流し込んだ。
「凄い。私の中に和泉君が流れ込んできてる感じがする」
「そ、そう? ならよかった……」
最高の時間を過ごせているな。そう思っていた時だった。
ピンポーン。
再び家のインターホンが鳴るのが耳に入った。
それは桃瀬さんも同じらしい。
「誰だろう」
「私見てくるよ」
「僕も」
一人で行こうとする桃瀬さんに、僕もなんとかついて行った。
「……天童さん」
インターホンで確認すると、来ていたのは天童さんだった。
僕と桃瀬さんは無言で数秒見つめ合うと、互いが何を考えているか分かったように一度頷きあい、桃瀬さんは二階へ。僕は玄関の桃瀬さんの靴を隠して、ドアを開けた。
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