第19話 最悪のタイミング
放課後。
僕は家に帰ろうと席を立つ。
「ねえ和泉。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
そう言って僕の前に来たのは本田さんだった。
「何かあった?」
「これなんだけど」
本田さんは片手に持っていた大きめな封筒を僕に見せる。
「さっき先生から沙月のところに届けてほしいって頼まれてね。一応引き受けたんだけど、私より和泉が行った方が沙月も喜ぶと思うし私これから部活もあるからさ。頼めない?」
「分かった。僕が行くよ」
「ありがと」
そして僕は本田さんから封筒をもらい、鞄にしまう。
「それじゃよろしくね」
そう言い残すと、本田さんは教室から出て行った。
僕も教室を後にし、玄関で靴を履き替えて帰路とは逆の方へと歩いていった。
☆☆
また来ちゃったな。
見慣れた豪邸の入り口の前で、道中寄った薬局で買った解熱剤といくつかのゼリーが入ったビニール袋片手に立ち尽くす。
朝のメッセージに返信がきて、天童さんは熱で欠席していたことが分かっていた。
インターホンを押せばいいのだが、僕はなんだか緊張している。
一呼吸おいて、なんとかインターホンを押せた。
『はい? 和泉君ではないですか』
何度か聞いた優しい口調の声が聞こえる。
おそらく旭さんだろう。
「すいません。天童さんに届けなければならないものを持って来たんですけど……」
『わざわざありがとうございます。今行きますね』
そして一分も経たないうちに、中から旭さんが姿を現し、僕を迎えてくれた。
旭さんは前とまったく同じ格好をしている。
「わざわざすいません」
「いえいえ。あ、これが預かっていたプリントで。あとこれ。つまらないものかもしれないですけど……」
何故か無意識に旭さんが全て渡してくれるだろうと思い込んでいた。
これなら本田さんが僕に託した意味が消える。
「せっかくですから和泉君本人が沙月さんに渡してみては? その方が彼女も喜ぶと思いますし」
「そ、そうですね」
「では中へご案内します」
僕は大きな門をくぐり、初めて天童さんの家の敷地内へと足を踏み入れる。
そして無言で歩き続ける旭についていった。
す、凄い……。
家の中身は、外観と同じで白を基調とした壁や天井。リビングと思わしき広い場所には高価そうな家具がいくつも設置されていて、おまけにピアノまで置いてある。
「こちらです」
そんな格の違いを見せつけられながらも、僕と旭さんは二階へとあがる。
そして少し歩いたところで、旭さんは立ち止まった。
「こちらが沙月さんの部屋になります」
白いドアには金色のドアノブがついている。
「では私はこれで。せっかくですからサプライズみたいな感じで登場してみては? あと帰宅する際は私にお声がけください。一階にいますので。では」
そう言って旭さんは一礼し、この場から立ち去ってしまった。
やばい。ここまできておいてなんか緊張感が凄まじい。
僕はドアノブに手を伸ばすがなかなか開けられない。
一度生唾を飲み込んでから呼吸を整える。
考えてみればこれはチャンスだ。
熱で苦しい中、颯爽と現れて薬と食べ物をくれる彼氏。天童さんの中で僕の評価が上がるかもしれない。
よし。行くぞ和泉春!
胸中で己に喝を入れ、僕は勢いよくドアを開いた。
「天童さん! だいじょ……」
ドアを開けた先に広がっていたのは広い部屋。
そして角にあるベッドの上には、天童さんがいた。
現在進行形で上半身を濡れたタオルで拭いている。
つまり彼女は今上半身裸といううことである。
腕とタオルでかろうじて肝心な部分は見えない。
「…………」
僕たちは互いに無言のまま見つめ合う。
「………ば」
「て、天童さん……」
「バカ和泉! 出ていけ!」
そう大声をあげて、天童さんは横に置いてあった、おそらくお湯が入っているであろう桶をこちらに投げてきた。
「ご、ごめんなさぁぁい!」
僕は反射的に身体を動かして部屋から出る。
☆☆
「それで。なんで和泉君がここにいるわけ?」
今度はしっかりとパジャマを着た状態の天童さんが、ベッドに腕を組みながら座っている。
対する僕は目の前で正座だ。
「えっと。先生に頼まれたこれを届けに来た。正確には先生から本田さん。そして僕に周ってきたんだけど……」
そう言って僕は持ってきた封筒を鞄から取り出して、天童さんに渡した。
「そういうことね。お疲れ様。ありがとう」
「あとこれ。途中で買ってきたんだけど、よかったら食べて」
そして色々入ったビニール袋も渡す。
「あら。気が利くのね」
「それじゃあ僕はこれで……」
今回のミッションは達成できた……はず。
僕はゆっくり立ち上がって部屋を出ようとした。
「ねえ和泉君」
「何?」
「私の裸を見て興奮した?」
「……してしまいました」
全部が見れたわけじゃない。それでも悩殺寸前にまで僕の脳を追いやった天童さんの裸は凄かった。
男子だったら皆そうだよね?
「今すぐにでも私を襲いたい?」
「え……?」
「別にいいけど? 和泉君ちゃんと上手く彼氏やってくれてるし。ご褒美にする?」
なんか度々矛盾することを言うよな。
「したいんでしょ?」
僕は無言のまま鞄を床に落とし、天童さんの前へと行く。
そして天童さんの両肩に手を伸ばし、勢いよく押した。
そのまま倒れた天童さんの上に跨るように身体を動かす。
目の前の僕の彼女は、驚きと恐怖が交わったような顔をしていた。それに、かすかだけど身体が震えているようだ。
「前にも言ったけど、そういうことは本当に好きな人とするものだと僕は思っている」
「…………」
「だから天童さんもさ。いつか本当に好きな人が出来た時に同じことを言ってあげなよ」
「……ばか」
「え……?」
わずかに天童さんの口が開いたが、何を言ったのかは分からなかった。
「それじゃあ。僕は帰るから。風邪早く治るといいね」
今度こそ帰ろうと、ベッドから離れ鞄を拾う。
「待って和泉君」
「何かあ……」
くるりと身体を百八十度回転した僕。それに合わせてちょうど天童さんが目の前までやってきた。
そして両手で僕の頬をおさえ、彼女はそっと唇を僕のそれに押し付けてきた。
っ!?
約十秒ほどその状態が続く。
そして天童さんは顔を離した。
「どうして……」
「だから言ってるでしょ。ご褒美だって」
もうわけが分からない。
「どう? 初めてのキスの感想は」
多分だけど、初めてキスをしたのは天童さんの方だろう。
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