第18話 表現できない感覚
銀色の前髪が、桃瀬さんが若干下の方を向いているためにどんな顔をしているのかよく見えないようにしている。
それに若干、桃瀬さんの息が荒いように思えた。
かろうじて見える頬も少し赤くなっている気がする。
もしかして熱でもあるのだろうか。
「大丈夫桃瀬さん。体調悪そうに見えるけど……」
「…………」
桃瀬さんからの返事はない。
ここはどうするのが正解?
どうしたらよいか考えていると、桃瀬さんはゆっくりと右足を踏み出してこちらに近づき始める。
「も、桃瀬さん?」
身体は動き始めたが僕の問いかけには何も答えず、黙々と歩く桃瀬さん。
そして僕の目の前に差し掛かった桃瀬さんはゆっくりと顔を上げた。
やはり頬が赤く染まっている。
「ねえ和泉君……」
「何? 桃瀬さん」
桃瀬さんの綺麗なブルー色の瞳には僕が映っていた。
「今から私がすることに、絶対抵抗しないでね」
「え? それってどういう……」
どういうことか聞こうとしたけど、桃瀬さんの両手が僕の左右の肩に添えられたため途切れてしまう。
何をする気なのか分からないが、抵抗してはいけないらしいのでそのまま立っていると、僕の肩に触れていた桃瀬さんの両手が勢いよく動き、その衝撃で僕はソファに座らされた。
「ちょ!? 桃瀬さん?」
そして桃瀬さんは僕の下半身の上に跨るように身体を移動させた。
目の前には桃瀬さんの綺麗な顔がある。
「駄目だよ。抵抗したら」
「う、うん……」
ここに来てようやく桃瀬さんが何をしようとしているのか理解できた気がする。
案の上桃瀬さんはそっと顔をこちらに近づけて、僕の唇に自身のそれを優しく押し付けた。
初めて好きな人との口づけを交わして僕は思った。
なんて幸せな気分なんだと。
数秒くらい唇が触れた状態が続くと、桃瀬さんはそっと顔を離す。
「和泉君ごめん。もう我慢できなくて……」
「……謝る必要なんてないよ」
いくら桃瀬さんが僕の現状を理解しているとはいえ、フラストレーションを溜めさせていることに間違いはない。
「和泉君……」
「桃瀬さん……」
今度は互いが互いの唇を求めるように顔を動かす。
僕は空いていた両手を桃瀬さんの背中へと回し、ギュッと彼女を抱きしめる。
……っ!?
今回のキスは唇を重ねるだけではないらしい。
桃瀬さんの舌と思わしき感触の物が、閉じている僕の口を開けろと言わんばかりに突いてきた。
僕はそれに応えるように少しだけ口を開く。
すると桃瀬さんの舌が僕の口へとお邪魔してきた。
僕も負けじと自分の舌を頑張って不器用に動かす。
やばい……なにこれ……。
僕と桃瀬さんの唾液と舌が複雑に絡み合い、クチュクチュという音が互いの口内で鳴っている。
僕は全身が熱くなってきている気がした。
こんなところ誰かに見られたら一発で停学……いや退学だって十分あり得る。
けれど、脳では理解しても身体はそう思っていない。
桃瀬さん桃瀬さん桃瀬さん……大好き。
初めてのディープキスは、多分一分以上続いた。
☆☆
「本当にごめんね。いきなりこんなことしちゃって。和泉君を見ているとどうしても我慢できなくなっちゃって……」
「だから謝らなくて大丈夫だよ。むしろ桃瀬さんとキス出来てよかったっていうか……」
「本当に?」
「本当本当」
僕たちはソファに座って互いに肩を密着させながら話していた。
「和泉君が良かったらなんだけど、これからも週に一回くらいでいいから私とキスしてくれない?」
「わかった」
なんとなくだけど、天童さんに異性として好いてもらうにはまだ時間がかかる気がする。
その間に、僕が桃瀬さんに何もしてあげられなければ桃瀬さんの欲求が高まるだけでいずれ良くない方向にでも爆発しかねない。
「よかった。そういえばさっき本田さんと何話してたの?」
「天童さん攻略のヒントを貰おうと思って話してたってかんじかな」
「そっか。まさか彼氏持ちの子を好きになったとかじゃなかったんだね」
「もちろんだよ!」
時計を確認すると、既に授業が始まっている時間だった。
僕たちはタイミングをずらしてそれぞれの教室へと戻っていった。
☆☆
それから一か月とちょっとが経過した。
僕は相変わらず本田さんから頂いた、自分ではヒントと称しているあれについて頭を悩ます日々を過ごしていた。
桃瀬さんとはあれ以来、週に一回のペースでキスをしている。
回数を重ねていくうちに、舌の絡み合いが上手くなってきている気がしていた。
そういえば今日、天童さんいないな。
今は朝の自由時間。
ホームルーム開始まであと五分ほどしか残っていない。
いつもなら天童さんは教室に姿を現しているはずだが、今日はその気配が一切感じられない。
僕は雨が降っている外の景色を眺めながらボーっとする。
「どうしたんだよ和泉。そんな暗い顔して」
そう言いながら僕の肩に腕を回してきたのは、二年生登校初日に声をかけてきた男子二人のうちの片方だ。
僕と同じように冴えない見た目で、緑色のツンツンヘアは相変わらず健在である。
「別に何もないよ。相変わらず森田君は朝からテンション高いね」
「まあな。テンション低くしてても意味ねえし」
森田君はこのようにいつもハイテンションだ。僕もそう出来たら良いのになと何度か思わされた。
「そういえば。今日天童さんいないね」
菓子パンを頬張りながら僕たちの間に割って入ってきたのは、あの日僕に話しかけてきた二人の森田君ではない方である。
「うん。ていうか原田君は朝から良い食べっぷりだね」
「まあねぇ。今日これで三つ目」
元々体型が肥満気味だった原田君の身体。
一か月とちょっとの間でまた丸くなった気がするのは僕だけ?
「お! 今日もいいもん食ってんじゃん! 今日朝食わなかったから俺にも少しくれよ!」
どうやら空腹だったらしい森田君は原田君の菓子パンを食べたいらしく、それに手を伸ばした。
あと一歩で届きそうになった森田君の手を、原田君は勢いよく払いのける。
「僕の食べ物に一発でも触れたら許さない!」
「はいはい。すまんすまん」
最初からそう言われるのを分かってたような様子で森田君は謝る。
二人は約三週間前から僕に話しかけるようになり、今では毎日のように会話する仲になっていた。
一応友達のような関係といえるだろう。
「てか原田の言う通り。和泉の彼女いねえけど、風邪かなんかか?」
「分からない。今日はまだ話してないから」
「はぁ!? 今すぐ連絡して確認しろ! 熱でもあったらどうすんだ!」
「わ、分かった……」
仮に熱で寝込んでいたとしても、今すぐ僕に出来ることなんてせいぜいメッセージで言葉をかけるくらいだと思っていたが、確かにそれは重要なことだった。
キーンコーンカーンコーンとホームルーム開始を告げる鐘の音が鳴り、森田君と原田君が自分の席に戻ったところで、僕はこっそりメッセージを送っておいた。
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