第17話 嫌いな理由
二年生になってはや一週間が経過した。
クラスメイトたちと仲良く出来るはずもなく、僕が言葉を交えるとすれば天童さんか本田さん。そしてたまに水瀬君といったくらいだろうか。
そして今は休み時間。
僕は机に座りながら横目でとある人物の様子を窺っている。
「ちょっと私トイレ行ってくる」
「おっけー。私はいいや」
そうして席を立ったのは本田さんだ。
今がチャンスだと思い、僕は席を立ち本田さんの後を追いかける。
一応トイレに行くと言っていたため、本田さんがお花を摘み終わってからの方がいいだろうと思い、トイレ横の壁に背中を預けて本田さんを待つ。
程なくして彼女は姿を現した。
「……っ!? 和泉!? こんなところで何してんのよ」
ハンカチで両手を拭きながら、不意を突かれたといった様子で驚く本田さん。
「驚かしてごめん。ちょっと本田さんに話があって……いいかな?」
「べ、別にいいけど……」
「ありがとう。周囲にあまり聞かれたくないことだから……どっか良い場所とかあったりする?」
「……ならついてきて」
どうやら心当たりがあるらしく、本田さんは颯爽と歩き出す。
僕はそれについて行った。
廊下を少し歩いたところで本田さんはピタリと立ち止まり、一つの教室のドアを開けた。
教室札を見る限り何も書かれていない。
中に入ると、埃被ったダンボールたちが山積みになっていたり、古びた本棚には汚れた教科書のような物がたくさん積み重なっていた。
空き教室が物置き部屋と化した場所らしい。
しかし窓の前に位置している三人くらいが座れそうなソファだけは綺麗な状態が保たれている。
「ここなら大丈夫でしょ」
「うん。ありがとう」
本田さんは何も躊躇うことなくソファの端に座る。
僕もその反対側に座った。
おそらく他の生徒が寝たり談笑したりするために愛用されているソファなのだろう。
「それで。話って?」
「天童さんのことなんだけど……」
「そんなことだろうと思った。それで?」
「どうして天童さんはあの呼び方をされることを嫌うのかと知りたくて……」
「その様子だと。沙月をあの呼び名で呼んでキレられたってところ?」
「まったくもってその通りです」
この間天童さんの家を訪れた時の一件から、なんとなく分かっていることはある。
しかしそれは繋がっていないパズルのピースのようなものに過ぎない。
確信を得れば、天童さんが僕に惚れるという目標達成のためのヒントになると思っていた。
かといって本人に直接聞くのは気が引ける。
親友的立ち位置の本田さんであれば、何か知っているだろうと思い声をかけた。
「そうね。彼氏の和泉ならその理由を知っておくべきなのかもしれない。あんたが沙月に聞くのも違うと思うし……」
そこから僕は何一つ喋ることなく、本田さんの口から語られる天童さんの過去についてひたすらに耳を傾けるのだった。
☆☆
「――と。こんなことがあったってわけ」
「そう……だったんだ……」
僕の予想はおおよそ的を射てらしい。
どうりであんなに父親が厳しいわけだ。
まず天童さんは昔から、次期に天童家を継ぐ跡継ぎ娘に値する人間になるためにあらゆるものを与えられてきたらしい。
それは実体のあるプレゼントといった意味も含まれているが、本筋はそこではなく、あらゆる分野でのハイレベルな教育だ。
そのような教育を施そうと動いていたのは基本全てあの父親だったらしい。
一方で天童さんの母親はそういったことに殆ど興味を示さず、ごく普通の家庭の母親のように接してきたとのことだ。
しかし天童さんが中学一年生になってしばらくした頃。
元々身体が弱かった天童さんの母親は、自宅で天童さんと会話をしている時に急に倒れ、病院に運ばれたものの、そのまま亡くなってしまったらしい。
原因は心不全だったとのことだ。
「私以前沙月に聞いてみたんだ」
本田さんは当時の様子を思い出しているような様子で続ける。
☆☆
とある中学校の体育館にて行われている体育の授業。
中学一年生の沙月と千夏は、自分たちの番ではないため端の壁に寄りかかりながら目の前の試合を観戦していた。
「ねえ沙月」
「何千夏」
「どうして沙月はそんなに頑張れるの?」
「頑張るって何を?」
沙月は意味が分からないといった表情で千夏の方を見る。一方の千夏は目の前の試合を見ながら続ける。
「放課後はいつも勉強漬け。束の間の休日も、家に凄い人たちが来て色々やってるんでしょ?」
「そういうこと? んーどうしてだろう……なんて悩む理由はない! それはね。お母さんのため」
「お母さん?」
思わず千夏は沙月の方を見る。
「そう。千夏も知ってるでしょ? 私のお父さんが滅茶苦茶厳しいこと。でもね。お母さんは違うんだ。とっても優しくてごく普通の人なの」
「それはなんとなく分かってたけど、それと沙月の頑張りがどう繋がるの?」
「例えばテストで満点取ったことを報告したらさ。お母さん笑顔で私の頭を撫でてくれるの。そんなの他の人からしたら普通のことかもしれないけど、私にはそれが一番幸せな時と言っても過言じゃない。だから私が頑張っているように見えるなら、それは全てお母さんのため」
「そうだったんだ。でも苦しいとか、何かあったらいつでも私を頼ってね。私はいつでも沙月の味方だから」
「うん! ありがと!」
☆☆
「沙月はそう言ってた。結局ないものねだりみたいなかんじなんだよ。沙月からすれば普通というものをずっと欲していた。けれど他の人から見れば沙月はあらゆるものを持っていて、それを羨ましいと思ってしまう」
「なるほどね。ちなみにだけど、天童さんの母親ってどんな人だったの?」
あの天童さんが心の底から好いていた母親という人物。
その人がどんな人だったのか分かれば、大きな手掛かりになるかもしれない。
「んーそうね。私も何回かしか会ったことがないからあんまりあれだけど……優しい人……これに尽きるかな」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
「別に。話はこれで終わり? なら私は教室戻るわね」
「うん」
そう言って本田さんは立ち上がると、先に教室を出て行った。
「優しい人か……」
天童さんが僕に惚れるという目標。これを達成するためにどう扱うべきヒントなのか。それについては十分よく考える必要がありそうだ。
ふと時計を見ると、もう間もなく授業が始まりそうな時間だった。
僕も戻ろうとソファから立ち上がる。
そして歩き出そうとしたのだが、その足が止まる。
「桃瀬さん……?」
中へと入って来て、開いていたドアを閉める桃瀬さん。
「どうしたの?」
こちらと目が合う気配が一切感じられない。
沈黙が漂うなか、口を開いたのは桃瀬さんだった。
「ねえ和泉君……」
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