第16話 二年生に進級
「和泉君和泉君和泉君和泉君……」
私、桃瀬碧は自室のベッド上で枕を抱き身体をゴロゴロさせ、大好きな人の名前を口にする。
「明日はクラス替え……」
横に置いてあったスマホを手に取り、写真フォルダを開く。
「和泉君。私たちは今年もまた一緒のクラスになれるよね?」
数枚ではなく、軽く百を超える写真たちをスクロールして流し見していく。
映っているのはもちろん全て和泉君だ。
「私は君から告白されるのを待つ……そう決めたけど、やっぱりこの時間は苦痛で仕方がないよ」
ここ最近は和泉君への接触を可能な限り避けてきたつもりだ。
けれどそうするうちに、彼と会うのが怖くなってきた。
今溜まっている欲求が、彼の前では抑え込められないくらいに大きくなってきている。
だからお願いします神様……いや教師の方々。
どうか私と和泉君を同じクラスにしてください。
さすれば和泉君を終始視界に入れて目の保養を行えます。それでもう少し我慢できそう……な気がする?
なんか何言ってるのか自分でも分からなくなってきたけど、どうかお願いします。
そうして胸中で何度も祈ってるうちに、私の意識はプツンと途切れた。
☆☆
長いようで短い春休みが終わりを告げ僕、和泉春は今日から晴れて高校二年生になった。
桜並木の下を、天沢君と共に歩きながら学校へ向かう。
「今日から晴れて二年生かぁ。なんか変な感じ……てか今日クラス替えの発表あんのか」
横を歩く天沢君はいつも通りといった調子だ。
「そうだね。僕はまた天沢君と同じクラスになれたらと思ってる」
「ありがとよ。俺もそう思ってるけど、和泉は天童とも同じクラスになりたいっしょ?」
「それもそうだった……」
本音を語るならば桃瀬さんとまた同じクラスになりたいけど、それは心に秘めておく。
そんなこんなで一学期登校初日に皆がするであろう会話をしていると、僕と天沢君は学校に到着した。
校内へと入り靴を履き替えていると、目の前の大きなホールが騒がしい。
掲示板の周辺が多くの生徒で溢れかえっていた。
「よし。パパっと確認していきますか」
「そうだね」
僕と天沢君もそこへ近づき、自分たちのクラスを確認しようとする。
しかし人が多く、なかなか前に進めない。
「っしゃ! 今年もよろしくな!」
「あー。離れちゃったね」
終始あちこちから自らの結果を喜んだり残念がったりと色々な声が聞こえてくる。
そしてなんとか人混みを掻き分けながら、名簿を視認出来る位置まで来た。
僕の苗字は『い』から始まるため、見つけるのにそこまで時間はかからない。
そして端からざっと目を通そうと思ったら、すぐに僕の名前は見つかった。
どうやら僕は今年一年一組で生活することになるらしい。
そのままクラスメイトの名簿も流し見していく。残念ながらそこに桃瀬さんの名前はなかった。
代わりにあったのは天童沙月と本田千夏という二人の名前だった。
そして後退するのにも若干手こずりながら、人混みからの脱出に成功する。
「お。和泉」
先に結果の確認を終えたらしい天沢君は柱となっている場所で僕を待ってくれていたらしい。
「今年は違うクラスだな」
「そうだね。僕は一組だったけど、天沢君は?」
「俺は隣の二組。知り合いとかいた?」
「一応天童さんと本田さんが一緒だった」
「一応ってなんだよ一応って。めっちゃいいじゃん! 千夏の奴も天童とはめちゃ仲良いから……めちゃ良いメンツじゃね?」
「ははっ。そうかもしれないね……」
僕は下手くそな苦笑いをしつつも何とか喜ばしいといった様子で返す。
「まあ。とりま教室行くか」
立っていてもしょうがないと思い、僕と天沢君はそれぞれの教室に向かうことにした。
☆☆
教室に入ると、既に多くのクラスメイトたちの間ではいくつかの輪が出来ていた。
仲良さげに談笑している。
やっぱり皆凄いな。
全員が全員知り合いなわけではないだろう。
それなのに今日知り合った仲であんな風に出来るなんて。
僕は特に誰かに話しかけようという気はしないので、黒板に貼られている席が記載された紙を確認しに行く。
またこの席か。
一年最後の席と同じで、僕の席は再び窓側の真ん中らしい。
そこへ向かおうと身体の向きを変えた時だった。
「和泉……だよね?」
「は、はい……」
僕の目の前には、話したことがなくても顔と名前を知っている男子が立っていた。
紺色で格好良い髪は随分と見覚えがある。
確かあの日、天童さんに告白して玉砕した人物だ。
「えっと……」
「俺は水瀬
「よ、よろしく……僕は和泉春……」
「そんな緊張しなくていいって! クラスメイトだし仲良くしようぜ」
そう言って水瀬君は握手を求めているのか笑顔で片手をこちらに差し出してきた。
特に拒否などはせず、僕も片手を差し出して握手する。
……なんとなくだけど、初対面の人同士がするような力の籠め方ではない気がしたけど、気のせいだろう。
「んじゃまたな」
そうして水瀬君は男子たちの輪へと入っていった。
今度こそ僕は自分の席へと着席する。
そして鞄から荷物を取り出そうとしていると、男子二人が僕の机前へとやって来た。
「和泉! お前この間天童さん駅でデートしてたろ!」
「え? ま、まあしたけど……」
「いいよなぁ。あの女王様と付き合えるなんて……」
名前は存じ上げないけど、どうやら僕みたいに冴えない感じのクラスメイトと思わしき男子たちは、この間のデートを目撃していたらしい。
つまり天童さんの行動は功を奏したということになる。
「えっと……僕はどうすれば?」
「そんなのどうやって天童さんに好かれたか聞きに来たに決まってるだろ!」
「うんうん。一体どうしたらあんな人と付き合えるんだ!?」
「えっ!? そんなの分からないよ」
そもそも僕は天童さんには好かれていない。だからこの質問には答えようがない。
「なんだよそれ」
「ていうかもうキスとかしたのか?」
「それはまだ……してないけど……」
相手をすることに戸惑っていると、二人の間の後ろには話の話題になっている人物が佇んでいた。
「水を差すようで悪いけど、和泉君を借りてもいいかな?」
救世主のように現れた天童さんは、満面の笑みで二人に聞く。
「「す、すいません天童さん!」」
「和泉君。ちょっといい?」
「うん」
僕は天童さんと共に教室を出た。
どうやら飲み物を持ってくるのを忘れたらしく、それを自販機に買いに行くためのお供をさせたかったらしい。
ちなみにこれは余談なんだけど、今日の朝のホームルーム開始はけっこう遅延した。
後に周囲の声を聞いて分かったことだけど、一人の女子生徒が職員室へと赴き、教師たちにある事を直談判したらしい。
その内容というのが自分と他クラスの女子生徒を入れ替えてくれっといったもので、もちろん教師たちは不可能と主張し続けたが、一向に女子生徒には引く気配がなかったらしく時間を要したとのことだ。
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