第15話 なんとなく、分かった気がする

 今この部屋に人間は三人しかいない。

 そして音の発生源が僕ではないため、候補としてあげられるのは天童さんか小春のどちらか。


 しかしすぐに答えは出た。


 音がした瞬間から、天童さんの頬がもの凄い勢いで赤く染まった。


「ハハハッ! 沙月さん可愛い!」

「ちょっと小春ちゃん! 笑わないでよ!」

「仕方がないですよ! 沙月さんだって人間なんですから!」


 小春は壺にはまったらしくゲラゲラと笑い続ける。


「そ、それはそうだけど……」


 刹那、天童さんは僕の方へと視線を移す。

 その力強い眼差しは『聞いてないわよね』といった言葉を体現しているようだった。


 僕は二度小さく首を縦に振る。


 どう考えても聞こえる音だったことは、伝えない方が堅実だと判断した。


「そうだ! どうせならこれから夕食作るので沙月さんも一緒にどうですか?」

「え? でも……」


 小春の提案に天童さんはそれほど乗り気のようには見えない。


「時間も時間ですし……一緒に食べましょう! 私。こう見えて料理にはけっこう自信あるんで」

「……分かった。じゃあ頂くことにしようかしら……」

「そうと決まれば、さっそく作ってきまーす!」


 小春は立ち上がって部屋を出ようとする。


「なら私も何か……」

「いえいえ! 沙月さんはここで兄貴と一緒に待っててください! 出来たらお呼びしますので!」

「わ、わかったわ……」


 小春はニコッとした笑みを浮かべると、ドアを開けて部屋を後にする。


 再び訪れた天童さんと僕の部屋での二人きりという空間。

 僕は特に話しかけることはなく、黙々とスマホをいじっていた。


 寝っ転がりながら横目で、天童さんはどうするのかと様子を窺っていると、彼女はゲームのコントローラーを手に取った。


 一人でプレイするのだろうかと思っていると、空いていた方の手にもコントローラーが握られる。


 そして僕の方を向いた天童さんと目が合った。


「一緒にやらない……?」


 片方のコントローラーを僕に差し出しながら天童さんはそう言った。


「……いいよ」


 僕はその誘いに乗る。

 そして初めて彼女が家に来た時みたいに、一緒にゲームをした。


 ☆☆


「……そういえばさ。和泉君にあんな立派な妹がいたなんてね」


 ゲームの真っ最中。横からそんな言葉が聞こえてきた。


「確かに、これまで喋ったことなかったからね」

「まあ私から聞くこともなかったか」


 僕たちは目の前のテレビ画面を観たまま会話を続ける。


「天童さんは兄弟とかいるの?」

「私はずっと一人っ子」

「へぇ。そうなんだ」

「そうなの」

「……」


 どう返したらいいか分からず言葉に詰まる。


「兄貴と沙月さーん! ご飯できたよぉ!」


 一階から、小春の大きな声が聞こえてきた。

 ありがとう小春! と心中で感謝を述べておく。


「ちょうど終わったし。行こっか」

「そうね」


 僕たちはコントローラー等周辺機器をしまい、一階へと向かった。


 ☆☆


「ごちそうさまでした」


 隣に座る天童さんは、小春の作ったシチューやらおかずやらを食べ終え、両手を合わせて挨拶をする。


「お粗末様です!」


 僕たちに対面するように座っていた小春は、嬉しそうな表情で言った。


「とっても美味しかったよ小春ちゃん。また食べに来てもいいかな?」

「もちろんです! いつでもどうぞ!」

「ありがとう」


 僕は食後のコーヒーを堪能しながら思った。また天童さんがうちに来るのだということを。


「天童さん。もうけっこう遅い時間だけど、帰らなくても大丈夫なの?」


 壁掛け時計を見ると、既に時刻は夜九時を上回っていた。

 別に早く帰ってほしいとかではなく、純粋に家の人が心配するのではと思っての発言だ。


「そうね。そろそろ帰るわ」

「そっか……」


 そう言いつつも、立つ気配のない天童さん。

 分かってますよ言いたいことは。


「兄貴! ちゃんと沙月さんを家まで送り届けないと駄目だよ!」

「分かってるよ。じゃあ行こうか天童さん……」


 そうして僕たちは外に出る準備をさっさと済ませ、小春からの『また来てください!』という天童さん宛ての言葉を最後に家を出た。


 ☆☆


「あれ。誰かいるけど……」


 見慣れた天童さんの家……豪邸の入り口に差し掛かったあたりで、門付近に二人の男性の姿が見受けられた。


「今日はここまででいいから……」

「え。でも……」


 いつもなら門の目の前まで送り届けないといけないはずなのに、今日は違うらしい。

 僕は天童さんによって身体を百八十度回転させられ、背中を押される。


「おい! 沙月!」


 後方から、力強くてハリのある声が、天童さんの名を読んだ。

 その瞬間。僕の背中を押す天童さんの手が、ビクッと反射的に動いた気がした。

 

 僕も天童さんも後ろを振り返る。


 そこには白い髭を生やした、初対面でも記憶に新しい中年くらいの男性と、黒いスーツのようなものを身に纏った黒髪の高身長イケメンが立っていた。

 髭を生やした男性は確か政宗という名前だった気がする。

 新聞でもしょっちゅう記載されている名前と顔だ。正真正銘天童さんの父に当たる人物である。


「今日は遅かったようですね。沙月さん」


 イケメンは明らかに僕たちより年上だと思われるのに、天童さんに丁寧声を用いる。


「門限は九時だと何度言ったら分かるんだ! それにその男は一体……」

「まあまあ政宗さん。一応何もなく帰ってきたんですから、お咎めはこれ以上……」


 イケメンは隣の天童さんの父を人を止めに入る。


「うるさい! おい沙月。その男は誰だ」

「……彼氏」

 

 隣の僕がギリギリ聞き取れる声量。


「なに!?」

「だから彼氏だってば!」


 天童さんが声を荒げたのは本日兼累計二回目。


「まさか沙月! 今日一日彼氏と遊んで勉強はすっぽかしたってことか! しかもそんな冴えない奴と!」

「私の彼氏にそんなこと言わないで! くそ親父……」


 そう言うと天童さんは歩き出して二人の横を通り過ぎ、敷地内へと入っていった。


「待て沙月!」


 そんな天童さんを追いかけ、天童さんの父も中へと入っていってしまったため、僕とイケメンの二人きりになった。


「えっと君は……」

「あ。天童さんとお付き合いさせていただいてます。和泉春といいます」

「そうでしたか。ついにあの沙月さんに彼氏さんが出来たんですね。私はあさひかえでと申します。天童家の使用人を務めています」

「し、使用人ですか。凄いですね」

「いえいえ。そんなたいしたものではないですよ」


 やはり天童さんの家ほどの財力を持ち合わせていると、使用人というのも存在するのか。


「わざわざ沙月さんを送っていただきありがとうございます。よければ私が和泉君を家までお送り致しましょうか?」

「いえいえ! 歩いて帰れる距離なので。お気になさらないでください」

「そうですか。では今日はこれで」

「はい!」


 そして旭と名乗ったイケメンさんも、天童さんの家の中へと入っていった。

 

 なんとなくだけど、天童さんが『絶対女王』と称されることを嫌う理由が分かった気がする。


 僕も踵を返して歩き始めた。


 ☆☆


 薄暗くて、無駄に広い寝室のベッドに寝っ転がりながら私、天童沙月は天井を仰ぐ。


「ごめんね。和泉君……」


 そのまま、私は彼氏の名前を呟くのだった。

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